第515話

「……くかぁ~。……くかぁ~」

 食事を終えると、子供はすぐに眠りについてしまった。

 幼い子供の空きっ腹に五匹いた魚のうち四匹を詰め込んだなら眠くなっても仕方ないことだろうけど。てか普通飢餓状態に大量の食べ物詰め込んだら普通死ぬ。それがただ満腹になって眠るとかさすがに鬼の子ってとこかな。

 ちなみに蟹は見た目が気持ち悪くて手をつけなかった。全部彼女の腹の中。

 それにしても、得体の知れない化物が近くにいるのに豪胆なのやらなんなのやら。

 ま、えげつないモノを見せられても。それ以上に害を加えてこず、食事をさせてくれたこともあり、彼女の生来の気質に気づいたのかもね。この子供もいわゆる突然変異だし。

「……ふん」

(話を聞きたかったけど、仕方ない)

 彼女は眠ってしまった子供を抱えて洞穴に戻――。


 ――ぐぅ~……


(まず、飯)

 ……る前にまた魚を取りに行く。

 ほとんど食われちゃってたし。この頃の彼女は燃費が悪いし。



 彼女も食事を終え、洞穴に戻ってきたものの、まだ子供は目を覚まさない。

 地べたに寝かすわけにもいかないし、火の近くに藁を運び、その上に余ってる毛皮で子供をくるんで乗せておく。

 子供は目を覚まさず、そのまま日は暮れて、夜になり、彼女は火の番をしながら横で子供を眺める。

(起きない……死んだ……?)

 心配になって頬をついたり、口をいじったりしてると、息はしてるし体温も感じるので死んではないのはわかった。

 そういえば、長いこと生きてきて自分以外の人間を触ったことはなかったかもしれない。殺す以外で。

 そこに気づいてしまうと好奇心が出てきてしまう。彼女は子供が起きないのを良いことにツンツンツンツンひたすら顔をつつく。

「ん~……。んぅ……?」

 しばらくそうしていたら、子供が目を覚ます。といってもまだ寝ぼけているけれど。

 子供は寝ぼけ眼で彼女を見つめて、つい――。

「おっかぁ……?」

「……っ」

 そう呼んでしまった。

「……すぅ~」

「……」

 まだ寝たりないとばかりにすぐ眠りに落ちたけれど、彼女は数千年ぶりに動揺してる。

 何せ、天涯孤独にも関わらず。寝惚けているとはいえ母親扱いされたのだから。今日会ったばかりの子供に。

(驚いた……。でも、起きたら忘れてるだろう……)

 しゃべる相手がいなかったから独り言すら発することはないけれど。頭の中ではちゃんと色々と考えてるし感じている。

 残念ながら、今は多少枯れているけれど。

 でも。

(まぁでも、今夜くらいは……)

 母親代わりでも良いかなって、そう思うことにした彼女。

 この出会いが、彼女にとっての本当の始まり。

 枯れた心が潤いを得て、化物から、獣から、大妖怪となる……始まり。

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