第513話

「……」

 武者は屍となり、残るは彼女と子供。

 殺しきることで頭も冷えたのか、まず彼女がしたのは身ぐるみを剥がすこと。

 もちろん。武器を回収するのも忘れない。

 鉄は貴重だからね。

(紐……ない。服は……もったいない……)

 くくれる物もあるにはあるが、十数名分からの戦利品では足りない。で、あれば――。

(肉不味いし、はらわたでも使うか)

 胴が無事な死体の腹を裂き、腸を引きずり出す。

 なかみをひり出して、思いっきり振り回して水気を飛ばし、編み込み、それで荷物を括る。

「……わらべ

「ひ、ひゃい!」

 虐殺を目の当たりにした子供に声をかける。生まれて数千年にして初めての会話。

 感動も緊張もないのがとても残念だね。

 ま、数千年も一人なら多少昂ることはあっても基本は枯れたものさ。

「……来い」

 荷物を背負いながらついてくるように促す。

 でも、子供はその場から動かなかった。

 いや、動けないんだ。

「……?」

「ぅ、うぉえぇぇぇえ……!」

 武者に追われ、彼女がそれをあっさり殺して、挙げ句に腸を引きずり出すのを見ればそりゃあね。

 腰も抜かすし、吐きもするし、失禁もするよ。

「……」

 そんな様子を見て、歩けないのを察した彼女は子供に近づく。

「……ひっ。た、たつ……立つから……すぐに立つからたすけ――うわ!?」

 言い切る前に、子供を脇に抱える。

 血まみれな彼女も、吐瀉物と尿がついた子供。

 汚いモノ同士。化け物同士。山の中へ消えていく。



「――いでっ」

 目的地に着いたので子供を離す。

 急に解放されたものだから受け身は取れなかったが、怪我はない。

 子供を抱えながら来たのは山奥の洞穴。今、彼女が住処にしている場所。

(このバケモンの巣……。おらをどうすっ気だろ……)

 逃げられないのはわかっていたから大人しくしていたが、この先を考えると。

(ま、まさか食う気じゃ……だったら武者に殺されたほうがマシ)

 機を見て逃げたほうがいいって結論になるよね。

 でも。

(逃げて……そのあとは……どうしたら――)

「なまえ」

「うぇい!?」

 洞穴の奥に行って荷物を置いて戻ってきた彼女は考えに耽ってる子供に話しかける。

 でも、唐突に話しかけられた子供は奇声をあげちゃって。彼女は勘違いしてしまう。

「うぇい? それ、なまえ、か?」

「い、いや、名前……は、ない」

「ない? が、なまえ? それとも――」

「もらってない」

「……そう」

 その子供にも名前がなかった。

「同じ」

「ぇ」

「わたし、も。ない」

「……」

 そう。同じ。同じだったんだよ。

 角だけじゃなく。名前がないことも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る