58頁目 リギアのギルドと昔の仲間

「ジスト王国出身のフレンシアさんですね。おおすごいですね。金ランクですか。それではこちらでは銀ランクとして登録させていただきますね」

「はい、よろしくお願いします」


 ギルドに着くと、早速登録を行う。ジストでのランクは金であった為、エメリナでの活動は銀ランク相当の依頼まで受けることが出来る。金ランク以上の依頼なんて早々現れないので、銀ランクだとしても全然問題ない。ただし、金ランクだと単独受注が許可されても、銀ランクだと複数人による受注でないと承認されない依頼があるので、一人気ままが心情の私としては、ほんの少しだけだが、やりづらいと思っていたりする。

 登録も終えたし、今日は何しようかと考えるついでに依頼ボードに足を向ける。早朝ということもあり、大勢の冒険者で依頼の取り合いが発生していたので、遠巻きに様子をうかがう。


「あれ? フレンシアさんじゃないですか?」

「はい?」


 完全に依頼ボードに意識が向いていたので、横から声を掛けられたことで動揺どうようしてつい上擦うわずった返事をしてしまった。慌てて声のぬしを探すと、右隣に知らない人間族の男性が立っていた。


「えぇと、どなたです?」


 その言葉を聞いて、彼はガックリと肩を落とした。

 見覚えがあるようなないような。やっぱりないような。でも声を掛けてきたということは知り合い? うーん……

 そうやって頭をひねっていると、彼は溜め息をいて顔を上げた。


「覚えてないですか。一〇年以上前に一時期パーティを組んでいた、エスキュード・コレッリですよ」

「んー……あ、メトヌタの後輩か」

「はい、あの時はお世話になりました」

「お世話というか、そんな半年しか一緒じゃなかったし」


 当時は成人して間もなく、十六、七歳程度の、新米を卒業して銅ランクに上がって一年程活動していた、まだまだ少年らしさが残る人物の名前がエスキュードだったはず。ジスト王国王都の兵隊長を務めるメトヌタの後輩といっても、彼等が一緒に活動していた期間は三ヶ月程度だったので、そこまでハッキリと先輩後輩という感じではないと思う。

 というか面影おもかげなさ過ぎである。

 以前は少年らしい顔立ちで背も今よりも頭二つ分も低く、ひげなんて生やしていなかったし肌の色ももっと白かったはず。背が伸びただけでなく、しっかり訓練もしているようで筋肉の付き方も全然違う。共通点なんて、水色の毬栗頭いがぐりあたまと青色の瞳くらいだ。

 装備も昔の革製の防具ではなく、結構お金使っていそうな。一部ライトメタルをあしらっているであろう金属製の防具を身に付けていた。

 というか一〇年で身長抜かされた。別段ショックではないが、ついこの間まで視線を下にして会話していたのに、今は見上げなければならない。


「これだけ変わったら普通分からないと思うよ」

「そうでしょうか? フレンシアさんは変わりませんね。装備が多少違うようですが」


 まぁエルフだからね。極端な不摂生ふせっせいしなければ少なくとも後三〇〇年はこの姿のままだよ。

 しかし、男子三日会わざれば刮目かつもくして見よとは前世であったが、それでも色々と変わり過ぎ。変わっていない部分の方が少ないくらいだ。


「ところで、何でエメリナにいるの?」

「それはこちらの台詞せりふですが……いえ、俺は今ここに拠点きょてんを移して活動しているんです。三年くらい前からですね」

「そうなんだ。何でこっちに来ようと思ったの?」

「ジストは良い国ですが、もっと外を見てみたいと思いまして。それで仲間と一緒にこっちに」

「パーティで移動したのね」


 私と同じように外に興味を持つ人は他にもいたらしい。


「フレンシアさんはどうしてですか?」

「私も同じようなものよ。もっと世界を見てみたいと思って、それで今年冒険者に復帰して旅を始めたの」

「そうでしたか。しかし、冒険者に戻って下さって嬉しいです。良ければまた一緒にパーティ組みませんか? 世界を回る旅でしたら俺達も協力しますよ」

「パーティ組んでいるんでしょ? まずは、他の人達の意見をまずちゃんと聞くこと。単独で勝手に決定しない」

「あ、すみません」


 確か、昔も少々猪突猛進ちょとつもうしんな部分があったか。


「それに、私は一人で旅をしているの。依頼の関係で一時的にパーティを組むことはあっても、長い期間、それも旅までするのはちょっと出来ないわ」

「足手まといにはなりません。ジストで金ランクを得ましたし、ここでの活動も軌道に乗って無事、今年の初めにエメリナでも金ランクを獲得出来ましたから、戦力になりますよ」

「あの少年だったあなたが金ランクね。本当に人の成長って早いわね」

「だから……」

却下きゃっかよ」

何故なぜですか!」


 声を荒げたことで、数人の冒険者が何事かとこちらに注目する。それに気付いたのかエスキュードは「すみません」と言って、小さくなった。


「これは私に限らないのだけれど、エルフ族は他の種族と比べて生きている時間が違う。だから、足並みをそろえようとすると、どこかしらで不和が出てくる。そうなると、協調性が重要なパーティ活動にいて、連携に齟齬ミスが生じることに繋がって結果的に崩壊となる場合もある」


 エルフ族は成長が遅い。周りの成長に合わせて自分を高めることがどうしても出来ないのだ。よって、他種族との集団行動が苦手となり、私のように単独で行動するか同じエルフ族同士でパーティを組むことがほとんどである。

 ある程度経験を積めば周りに合わせることを覚えていけるので、パーティを組んで活動することが出来るが、そこまで成長するのに数百年を要する。

 エルフ族の冒険者が少ないのは種族として少ないのもそうだが、そういった種族間の違いから来るケースもある。ジストで友人になったロゾルフィアも、そういったことが原因で冒険者になることを諦めてしまったのだそうだ。

 私自身、人間の精神を宿やどしている上に前世の記憶がある。よって、フィアのように社交的ならば問題なくパーティに溶け込めるだろうにと思ってしまったが、後に話を聞いて反省した。私は、彼女を自分の物差しで見ていた。


「エルフ族は三日、四日の徹夜は問題なく、丸二日歩き続けることも苦にならない。食事も一日一食のみ。私は自分の目的で旅をしているから、依頼での一時的に組むだけなら周りに合わせて行動するけど、依頼でなければ基本好き勝手にやらせてもらう。それで着いて来れないとしても、私の旅に無理矢理同行するのだから、それなりの負担をいてもらうことになるわ」

「うっ」


 リンちゃんは果たしてその覚悟があるのかは分からないが、もしも、それでも一緒にいたいと言うのであれば、私の元まで辿たどり着けるはず。

 まぁ一人旅が良いので、出来れば来ないままでいて欲しいと思っていたりする。

 私の言葉を受けてエスキュードはうつむく。冷静に考える時間があれば彼は冒険者として申し分ない。少々頭に血が昇りやすい欠点があるが、そこを他の仲間がフォローすることで問題にはならないだろう。


「どうするかはあなただけじゃない。パーティの人達全員の問題だからちゃんと話し合ってね。出来れば一人にしてもらいたいというのが本音だけど」

「相変わらずハッキリ言いますね」

「言葉にしないと伝わらないからね」


 私達は覚妖怪さとりようかいでも読心術師でもないのだ。思いや想いは口にしなければ分からない。言わなくても分かってくれるだろうは、相手を信頼していると同時に、こう思ってくれているだろうという思考の押し付けになりかねないので注意が必要だ。


「分かりました。改めて皆で話し合います。ただ、俺はフレンシアさんとまたパーティが組みたいと思っています」

「んーそれは好意からかな?」

「ち、違います! あ、いえ、全然違うこともないですけど。そ、その、今も十分楽しいのですが、あの頃は大変でしたけど本当に楽しかったんで……フレンシアさん、一日に何件も依頼こなしていたからついて行けなくなってどんどん脱落していったんですけどね。俺もそうでしたし……でも、今度はちゃんと一緒に行けますよ」

「や、だから来なくて良いって」


 本当にこの猪突猛進さは変わらない。真っ直ぐなのは美点だが、少しは相手のことも考えて欲しい。

 昔から様々なパーティを組んでいたが、私が自分勝手な行動をするのが原因で、ブラック企業のように入れ替わりが激しい状態だったこともある。別に私一人で行くから休んでいてと言ったのに皆無理して着いてきて、それで疲れ切って去って行く。

 最初ルックカで冒険者になった頃は、周りに合わせるのもそうだが、自分が冒険者としてどの程度出来るのか、慣らし運転のように少しずつ段階を踏んで様々なことを学んでいったので、ジルのパーティとは一年ももったのだ。そこで動き方や考え方などを身に付けた私は、もっと上を目指したいと思って単独で王都へ乗り込んで、それからは聞いた通りだ。

 しかし、そんな無茶な冒険者生活を送っていたにも関わらず、何故か人が集まってきてパーティを組むことがあった。大体は一ヶ月も耐えられずに抜けていったが、中にはメトヌタや、目の前にいるエスキュードのように半年頑張った人もいる。まぁ一年を超える人は現れなかったが。

 一年近く一緒に行動した人も、同族のエルフであったり当時は自身よりも上の金ランクの人であったり。それも私が金ランクに上がる頃には、誰もそばにいなかった。

 それからは益々ますますブレーキの壊れた列車のように突き進み、一〇年という短い歳月でジスト王国にて最高ランクと称される紫水晶アメシストを手にするまでにいたったのである。


「それじゃあ、また会う機会があれば話でもしようか。依頼でも良いけど、しばらくは一人でやりたいからね」

「はい、諦めませんからね!」

「諦めてね」


 二人で話し込んでいたことで、すっかり依頼ボードの前の冒険者の数は少なくなっていた。

 残っていたのは、銀ランク以上だけど、簡単な依頼ばかりだ。やはり銅ランクの依頼は人気があってかほとんどない。残っているのは地味で収益も少ない採取さいしゅ依頼くらいか。

 この地域の植生についても調べたいから、ついでに受けようかな。

 そう思った私は、獣皮紙じゅうひしの依頼票を取り受付へと持って行った。

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