20頁目 宴会とハーフエルフの魔法

「解放!」


 鉄火竜ビラジャンシンの頭部をつらぬいた状態のままでとなえた瞬間、内部で圧縮に圧縮を重ねた雷の塊が一気に膨張ぼうちょうし、まるで爆発したかのように拡散する。

 その瞬間に、私は右腕で穴をふさいで爆発エネルギーを効率良く拡散させようとこころみるも、一瞬で吹き飛ばされて地面へと倒れた。右腕を見ると、どうにか指などは繋がっているが、肉ががれて骨が見えていたり骨折していたり、また右腕全体が大火傷おおやけどを負うなど凄惨せいさんな状態であった。

 私は、寝転がりながらかろうじて動く左手で魔法薬ポーションびんふたを外し、一気に飲む。そしてもう一本を開け、今度は右腕へと振り掛け、回復魔法を使用する。

 見た目だけなら右腕のみの負傷であるが、接近する為に、かなり四肢ししに負担をいており、それによる靱帯じんたいの損傷なども見られたことで、今回大盤振おおばんぶいでの回復祭りである。

 右腕含めて全身の傷口がふさがり、骨折なども綺麗キレイにくっついたことを確認すると立ち上がり、身体の状態を確かめていく。

 右手に付けていた革製の手袋は焼け落ちてしまい、見る影もない。鉄火竜のコートを着ていなければ、民族衣装まで被害がおよんでいたかもしれない。いや、この衣装は強力な魔法耐性の術式が編み込まれているのできっと大丈夫なはずだ。しかし、腕を突っ込む際に腕まくりをしてしまったので、右手の被害はひどい物だった。

 生身の状態でもエルフの血を引いているので魔法耐性はそこそこ高いはずなのだが、それでもこの大怪我とは想定外の威力である。鉄火竜も力尽きる訳だ。

 脳だけでなく、おそらく頭蓋骨ずがいこつの中身が全てバラバラに吹っ飛び、シェイクのようになっていると予想する。うん、考えるだけでおぞましい。

 そもそも私がやったことは、田舎の小学生男子がカエルの口に爆竹を突っ込んで爆発させるという、非常に道徳的にも倫理的にも問題がある遊びの規模を大きくしたようなものだ。こちらは命が掛かっていたので、許してもらえると助かる。誰に許しをうたのかは不明だ。

 立ち上がった際は、気にならなかったが、いざ歩き出すと出血の影響か、微妙にふらつくのでまた地面に腰を下ろして、回復するのを待つ。

 すると、遠巻きに見ていた冒険者達が、私の所へ駆け寄ってくるのが見えた。


「おい! 大丈夫か!」

「ん、大丈夫ですよ。魔法薬と魔法で回復しましたので、今は体力が戻るのを待っているところです」

「そ、そうか」

「しかし、護衛ごえいさんはともかくとして、何であなた方は逃げなかったんですか?」


 座っているだけではひまだったので、戦っている最中に浮かんだ疑問をぶつけてみる。


「いや、本当はあんたを守ろうと思っていたんだが、情けないことに、鉄火竜の迫力で動けなくてね。その後のあんたの戦いもすさまじくて、とても俺達程度じゃ手が出せないと思って……それでも逃げるというのは、男のすることじゃねぇし……」


 どうやら、根から悪い人達ではなさそうだ。ナンパ集団であるが。


「そうですか。お気遣いどうもありがとうございます」


 口ではお礼を言いつつも、突き放すような態度で周りを見渡す。先程の戦闘から近付きがたくなってしまったのか、皆私の所へ集まってきているが、先程までよりも明らかに距離を開けているのが分かる。

 そんな違いなど興味のない私は、体力が回復したことを確かめる為に立ち上がり、荷物を取りに商隊の元まで歩く。


「あー髪汚れちゃったなー」


 母からもらった自慢の金髪が、戦闘や地面に倒れたり流血したりで汚れているだろうと思うが、毛先の方は見えるが全体を見ることが出来ないので、ちゃんと汚れを落とすことが出来ているか分からない。

 ただ、手でく限り所々引っかかりを覚えるので、その辺りに血が固まっているのだろう。近くに川があれば、街道からそれて水浴びに行くのも良いかもしれない。


「荷物の確認を行います」


 商隊に預けたリュックサックを受け取り、中身を検分していく。良かった。ちゃんと全部ある。下着とかは盗られてもまぁいいかで済ませることが出来るが、本や薬草、魔法薬作成用の道具などが盗まれてしまったら、非常に困る。


「ありがとうございます。それと護衛費として一キユ。お願いします」

「あ、あぁ、ほら一キユだ」

「確かに。では私は失礼します」


 そう言って立ち去ろうとした所で、商人のおじさんから話し掛けられる。


「お、おい、あんたまた継続して護衛しないか? 依頼料なら出す。なんなら王都までだけじゃなく、正式に護衛としてウチの商会で働かないか? あんたの強さと、その……」


 看板代わりかな? まぁ答えは決まっている。


「申し訳ないですが、私にはやることがあります。誰かの所でずっとつかえるつもりも所属するつもりもありません。ただ、冒険者としての活動はしていますので、今回のような緊急事態でなければ、ギルドで依頼を受注させていただくことがあるかもしれませんね」


 荷物を受け取った私は剥ぎ取り用のナイフを手に、倒した鉄火竜の元へ向かう。その際に周りの冒険者にも声を掛ける。


「一緒に剥ぎ取りましょう。これだけ大きいので、私一人で取り切れませんし、そもそも運べません。商人に売ればそれなりの値段になるでしょうから、旅費にもなります」

「そうだな。よし、お前らやるぞ!」

「おおー!」


 よろいのようなうろこの下にも頑丈がんじょう皮膚ひふがあるので、剥ぎ取りは中々に難航なんこうした。だが頭部の中以外はほとんど傷もなく、上質な素材がいっぱいなので、皆頑張って作業をしている。頭部は誰が解体するのだろうか。私なのかな? 犯人私だし。

 そうやって一刻。ようやく全ての解体が終わり、仕分けも終了する。


「さて、終わりましたが、これ馬車に乗りますかね?」

「肉や内臓を乗せなければ問題ないな。それでも全部は無理だが、良い部位を優先して乗せて、余った物を君達で分けてくれ」


 商人と内訳を話し合いながら、鉄火竜の肉や骨、内臓を放置は勿体もったいないと思う。骨は使えそうな部位は出来るだけ回収しよう。肉はマグロのトロのような味がして美味しいと聞く。食べている物や見た目からは全く想像出来ないが、とにかく美味おいしいらしいので是非ぜひとも食べてみたい。

 内臓を仕分けしている時に思ったが、鉄火竜は炎を吐くとはいえ火炎袋などがある訳ではないらしい。筋肉に熱をたくわえ、炎を吐く時に気管に熱を集めて酸素を送り込み、燃やしてから口から発射される仕組みらしい。

 熱をたくわえる仕組みがあると言われていたが、火炎袋がないと分かった時、魔法で炎を出しているのかとも思った。しかし解体を進めていく内に、そのメカニズムを理解してなるほどと感心してしまった。

 積み込み作業も終わり、そろそろ出発しようかという時、私はそれを引きめる。


「せっかくの鉄火竜の肉を残していくのは勿体ないので、今ここで食べていきませんか?」

「俺は良いが、あんた達はどうする?」

「そういえば、お昼まだだったな。じゃあ食べるか」


 護衛冒険者のリーダーらしき男性が、パーティメンバーや依頼者の商人達に確認を取っている間にナンパ組はすでに行動を開始していた。

 肉の解体と、調理セットを出して手際よく料理をしていく。お、胡椒こしょう。もしかしてそこそこかせいでいる冒険者なのだろうか。ナンパしつこかったけど、それなりに腕は立つかもしれない。

 解体の際に、血抜きは既に終えているので、臭みは感じない。それを冒険者の一人が水魔法で軽く洗い、一口サイズに切っていく。

 まずは刺身さしみだ。商人さんが持っていた醤油しょうゆをお借りして、皆で味わう。


「うお! うめー!」

「これは美味おいしいな」

「んだんだ」

「鉄火竜なんて食うの初めてだ」

美味うまいとは聞いていたが、ここまで美味いとは」


 それぞれ感想が飛びう中、私は一人黙々と食べていたが、心中では皆と同じ感想であった。初めて食べる味であるがなつかしい味。

 しかし、生前はインスタントか栄養食品しかまともに口にしていなかったと思うので、それよりも更に前……未成年の頃だろうか……うん、初めての味だ。ただ、元が日本人であるから懐かしい味と感じたということにしておこう。

 前世はそんな生活を、そして今世もほぼ素材の味そのまま食べるという生活をしているからか、私の家事能力は壊滅的かいめつてきだ。特に料理は無理だ。切って火にかける程度なら出来るが、細かい味付けや、炒める煮る揚げる等々の熱を通す手段、そして包丁での切り方などもサッパリである。一方でナイフを使って解体する技術は上がっている。女子力とは。

 他の人が何切れも食している中、私は一切れをジックリと味わっていた。朝食を食べてしまっているので、これで十分だ。いや、この後にあぶりやステーキを作るという。ステーキは流石さすがに入らないので、炙りを一切れ頂くことにしよう。


「エルフさんはそんだけで良いのか?」

「えぇ、私達の種族は元々小食で、朝さえ食べれば、その日は食べなくても全然問題ないので。もうこれだけでも、ちょっとお腹が……」

「ほぅ、それはうらやましいと思うが、これだけ美味いもんをいっぱい食べられないのは勿体ないとも思うな」


 商隊のリーダーさんと話していたら、別の商人さんも話に加わり、名前を聞いてきた。


「ところでエルフの姉ちゃん、名前を聞いていなかったが聞いても良いか?」

「構いませんよ。フレンシアです」

「フレンシアか、良い名だな」

「ありがとうございます」


 名を名乗ったら、一〇年前の黒歴史と繋がる勘の良い古株の冒険者が、ルックカには何人かいたが、流石に若い冒険者やただの商人にまではそこまで名が知られていないようで、ただ単に私の名前を知ることが出来てラッキーとか言っている人もいる。


「しかし、魔法すごいな。雷魔法……だよな?」

「えぇ、そうですよ」

「雷魔法ってあんなに種類あったのか? 何か、知らない魔法を沢山撃ってたぞ。というか無詠唱むえいしょう出来るのか」

「そりゃエルフだからじゃねぇのか? 魔力高い種族なんだから」

偏見へんけんですね。私だって努力をしたんです。ただ、寿命が長いので一〇〇年弱も修行出来たというだけです」


 しかし、ただ闇雲に練習しただけでは駄目である。発想やひらめき、想像力、後は解釈かいしゃくの仕方を変えるのも必要な場合もあるのだ。ただ、私の場合はオリジナルで組み上げた魔法も少なくないが、その基盤きばんには前世のサブカルチャーの存在が大きく影響していることは否定しない。

 魔法陣まほうじんが良い例だ。

 魔法陣をもちいた魔法を使用するのに、わざわざ別の魔法で陣をえがくというのは中々しないことだと思う。イメージ通りに雷をあやつるのも、それを無詠唱で行うのも、そして正確に描くのもどれも非常に難しいことだ。しかしそれを身に付けたからと言って何が得をするかと言えば、私の場合は面倒臭い呪文の詠唱破棄はきをするのに使う。

 本来の詠唱破棄は、あらかじめ秘薬や呪具などの道具を用いたり、簡易かんい儀式などの行為を行ったりすることで、詠唱という手順を飛ばす物であるのだが、私の場合はそれを、直接魔法陣を描くことで省略している。

 元が面倒で長い呪文なのだが、その分、強力な魔法を放てるので利点はある。地面だけでなく、空中にも描くことも出来るので結構幅があるが、身に付けるまでがすごく面倒くさくて集中力が必要なので道のりは長い。

 普通に道具に頼っても良いのだが、かさばったりして荷物になるし何よりお金がかかる。貧乏びんぼうではないが、ケチ臭い性分であるので、努力で節約出来るならしておきたい。お金は、楽しんだりする時に思いっ切り使う物である。

 現在は詠唱破棄や簡易詠唱に頼っている物も、いずれは無詠唱で行えるようになりたい。今後も修行が必要ということだ。先は長い。


「うへぇ、俺達人間じゃあ無理な修行だな」

「人間や獣人の方が成長は早いので、ひらめきとか努力の内容、密度の問題かと思います。私もエルフの中では早い方だとは思いますが」

「ふーん。普通のエルフだとそんくらいになるにはどれくらい修行が必要なんだ?」

「さぁ? 分かりません。そもそもエルフの数自体が少ないですし、私のような子供はここ二〇〇年産まれていないらしいですし」

「ちょっと待て、お前さんいくつだ?」

「女性に年齢を聞くのは失礼ですよ。まぁ二〇〇歳未満とだけ言っておきます。これでもまだまだ成人して少し経っただけの子供です。あ、成人してるので大人ですね」

「俺達より年上かよ……」

年増としま……」

「ちょっと、それは聞き捨てなりませんね。エルフは成長が遅いのです。人間に換算かんさんすると大体二〇歳以下か未満ですよ」

「そう聞くと若いな」

「そうか? 成人超えて数年してるってことだろ? 結局年増じゃん」

「お前、幼女趣味ロリコンかよ」

「なっ! んな訳ないだろ! 俺はだな……」

「あーはいはい、こっち来んじゃねぇ、そっちで一人で食ってろ」

「だから違うって」

「私は年増じゃありません」


 本当に失礼な。

 そんなこんなで宴会えんかいは盛り上がり、その後は、またそれぞれのペースで王都へと向かうのであった。

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