19頁目 鉄火竜と雷魔法

 私達の目の前で威嚇いかくしているのは鉄火竜てっかりゅうジャンドラナ。大型怪物モンスター飛竜種ひりゅうしゅに分類される。鉱石をえさとすることから火山などの山岳地帯に住むことが多い怪物で、こんな丘陵きゅうりょう地帯で現れるような飛竜ではない。


「何でコイツがここにいるんだよ! コイツの住処すみかは山じゃねぇのかよ!」

「いるのだから仕方ありません。で? 私をやといますか?」


 護衛ごえいの一人が取り乱しているのを軽くいなし、商隊のリーダーへ振り返らずにもう一度聞く。その視線の先には、一歩一歩と地鳴りを響かせながら近付いてくる。こちらを警戒しているのか、すぐに馬車を襲う様子はなく、臨戦態勢りんせんたいせいを整えている状態だ。


「わ、分かった! い、いち、キユ……だな? 雇う! だ、だから、助けてくれ」

「大丈夫ですよ。鉄火竜の狙いは馬車の積み荷です。アレにはルックカからの鉱石が積んであるんですよね?」

「あ、あぁ、そうだ」

「分かりました。では、これ持っていて下さい……持ち逃げしないで下さないね」


 リュックサックを降ろし戦闘開始。私の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、鉄火竜は咆哮ほうこうを上げながらドシンドシンと一気に近付いてきた。

 私はまず牽制けんせいすべく雷魔法を撃ち、足下の地面に含まれている水分を電気分解する。そこにすかさず弓を構えて矢を放つ。矢は鉄火竜の足のうろこかすり火花が散った。その瞬間、大きな音を立てて地面が爆発する。その音と衝撃に驚いたのか、ジャンドラナはバランスを崩して転倒した。


「鉄火竜の狙いは、あくまで馬車の積み荷で、それを邪魔する者は排除しようということです。ですから最悪積み荷を捨てて逃げることを考慮こうりょして下さい。そうすれば少なくとも命は助かります。命あってこそです」


 そう言葉を続けながら、次の魔法を発動する。鉄火竜の周囲に雷が格子状こうしじょうまれ、鳥籠とりかごのように囲ってしまう。


「護衛さん達は、もしもの時があれば、商人さん達を誘導して避難して下さいね」


 護衛の冒険者達に指示を出しながら、矢をつがえ、矢の先端に雷を付与ふよする。そして相手の頭部目掛けて放つ。矢は格子状の雷の隙間すきまを通って、転倒から立ち上がろうと姿勢を直していた鉄火竜に命中する。

 刺さることはなく、あくまで先端が接触しただけだ。しかしその瞬間、周囲を囲っていた雷のおりが一気に矢に集中して落雷する。


「それと、あなた達は別に雇われている訳ではありませんから、逃げても大丈夫ですよ。もし手伝う気があるのでしたら、邪魔にならないようにお願いします」


 落雷による爆音の中、先程まで自身をナンパしてきていた男性五人組冒険者に向かって忠告するが、視線は鉄火竜に固定されたままで動く様子はない。

 商隊は守るが、あなた方も守るつもりはないので自衛はして欲しい。

 今の頭部集中落雷によって、一時的に意識を飛ばしたようだがそれも一瞬に過ぎなく、すぐに体勢を整えて私をにらみ付けてくる。本格的に私を敵と認識したようだ。


「今更遅いよ」


 雷魔法を自身に付与し、一時的に脚力を増強する。

 脳から身体各部への伝達信号は、神経に乗って行われる。この信号は電気信号であるので、雷魔法を応用して、一時的に脳の伝達情報を雷魔法によって制御コントロールし、リミッターを少しはずした状態にしたのだ。

 地を蹴り、わずかな間に鉄火竜の左側側面へと回り込む。

 同時に矢を三本、空に向かって撃ち出した。そして今度は雷魔法を地面に走らせて、鉄火竜を中心に魔法陣をえがいていく。円形の陣の周りにいくつか幾何学的模様きかがくもようきざまれ、更にその内側に正三角形と呪文を刻んでいった。

 一瞬私の姿を見失っていた相手は、すぐにこちらに頭を向け、口を開けて炎を吐き出そうとしたその時、空から落ちてきた矢が、魔法陣サークルの正三角形の三点の頂点へと突き刺さり魔法が発動する。


昇雷しょうらい


 本来自然で発生する雷は、空から地面へと落ちてくるもの。それを魔法陣で反転し、逆に雷を空へと撃ち出す陣を描いたのだ。その衝撃で後方へと十数ファルト飛ばされ、再び地面へと倒れる。

 しかしタフだ。これだけ攻撃を仕掛けているのに、相手には傷らしい傷を負わせることが出来ていない。流石さすが頑丈がんじょうさにあきれてしまうが、手を抜いたりはしない。

 矢の数は有限だし、出来れば狙撃銃ライフルは使いたくない。短剣や投げナイフは効果が薄い。もっと威力の高い魔法をぶつける必要がある。

 この世界の考え方では魔法の発展に限界があるが、前世で漫画やアニメ、ゲームを通して、様々な応用や技を見てきた私は、まだまだ魔法は伸びると確信している。


「それじゃあ、まだまだ行くよ」


 細々と雷を放ちながら移動し、観察する。

 大型怪物に分類されるが、その中でも一際ひときわ大きい部類に入る鉄火竜。大型の更に上である超大型には届かないが、それでも見上げる程の大きさ、そして小飛竜を鉄のような・・・硬さとするなら、コイツはまさに鉄。いや、鉄以上の頑丈さをほこる。

 ただ堅いだけなら衝撃でくだくことも出来るが、鉄火竜のよろいと言える鱗は、きたえられた鋼のようにねばりがあるので、中々攻撃が通りにくくて面倒くさい。

 その硬さは鱗だけじゃなく、鉱石を食べるだけあってアゴの力、そして歯の硬さも異常である。噛み付き攻撃をしてきた例は聞いたことがないが、警戒しておくに越したことはない。

 そもそも接近戦の武器のことごとくが通用しないのだ。もっと鍛えられた肉体と武器を持った冒険者なら可能かもしれないが、私では無理だ。だからエルフの特長である魔法で何とかしてみせる。外側がダメなら内側ということで、何度も筋肉や神経の部分部分を麻痺まひさせるが効果が薄いのだろう。一時的に動きが止まるか、もしくはにぶくなるも、しばらくすると回復したのかまた元気に暴れ回っている。

 鉱石を食べ、その成分を鎧のような鱗に反映させるので全身を鎧でおおわれた騎士のような飛竜であるが、その分重く地上での移動は鈍足どんそくである。

 飛び上がりと飛行の加速も鈍重どんじゅうであるが、最高速度は意外と速く、その硬さと重さを利用した体当たりを行ったあかつきには、たちまちに地面にクレーターが出来上がる。

 目の前の個体の全身は赤っぽい鈍色にびいろに輝いているが、これは食べる鉱石や山の環境などによって色が変わる。現に私の父の形見である鉄火竜のコートは、深緑色ふかみどりいろをしている。

 このガッチガチの硬さから、どのように加工したら頑丈さを維持しつつもこんなに軽く柔らかいコートへと作り替えることが出来るのか、本当に熟練の鍛冶屋かじやは訳が分からない。錬金術れんきんじゅつですと言われた方が納得出来る。

 鎧のような鱗は所々でトゲになっており、体当たりの際には多大な被害をもたらすことが出来る。転がった際のスパイク代わりとしてもちいられることもあるらしい。地面や岩などをけずり発掘した鉱石を食べる為に、鼻の上にはサイのような非常に立派な角が付いている。

 というかサイである。もちろんサイとは似ても似つかない。前足はなく自身の全高を超える程の大きな羽や、身体の半分はある長く大きな尻尾がそうだ。しかし特徴や部位を見ていくと、サイを連想させるような部分があるというだけだ。

 首は短く全体的にずんぐりとした体格だったり、鉱石を食べる為に進化した口は岩を削り取って食べられるように平べったくなっていたり、鼻の上の角であったりと進化の過程などは全く違うが、似たような方向性で進化していることを考えれば似ていると言えば似ている……と言えるのかもしれない。

 非常に高い防御力のおかげで、生半可なまはんかな攻撃は通用しない。だが一方で素早さは低く、攻撃を仕掛けても反応が鈍いことがある。攻撃力は、その防御力を生かした体当たりや、長い尻尾の振り回しは、非常に脅威きょういである。

 また火山地帯で過ごすことが多いことから、熱を体内に溜め込むことが出来るように進化しており、その熱を放出する時には、口から炎を吐くが、幼い個体は失敗することがあり、口元で爆発を起こすこともあるらしい。ただ顔周りが特に頑丈なので大したダメージは受けず、そこからまともに炎を吐けるように練習をするのだという。


雷紐らいちゅう


 稲妻いなづまを発生と同時に細長くひものようにまとめ、むちみたく振って鉄火竜の身体を巻き付ける。そして、そのまま稲妻をあやつって相手を引っ張って、無理矢理転ばせる。


「重いっ」


 魔法で操っているだけなのだが、まるで自分で綱引きをしているような重みを感じた。


砲電ほうでん


 今度は雷を手から撃ち出して、倒れた鉄火竜の頭部へぶつける。

 ずっとこの繰り返しだ。相手の行動を制限しつつ、頭部へのダメージを蓄積ちくせきさせていく。

 狙いは、相手の脳や神経を焼き切ることだ。外傷による討伐とうばつが狙えないなら、内部から崩す。どんなに強い相手でも弱点はある。全く弱点がないというものは存在しない。生きている以上、苦手や弱点というのはあるものだ。

 当然、他にも攻略の手段はある。

 ただ単純に防御の上から叩ける攻撃力があれば、それを大いに振るえば良い。砕くのではなく貫通かんつうする力があれば内臓を傷付け重傷を負わせられる。斬鉄剣ざんてつけんという剣か、もしくは実力があれば切り裂くことも可能だろう。

 射撃にしても、今私が背負っているライフルを使用すれば、貫通させることは出来るかもしれない。その穴目掛けて雷魔法を放てば、確実に弱らせることが出来ると思う。それをしないのは、弾が勿体もったいないという、ケチ臭い部分が出ているだけだ。後は意地。

 魔法も私のような雷魔法は特に攻撃力が高いはずなのだが、今回の鉄火竜にはあまり効いていない。

 相手は、元々火山などに住む怪物である為、耐火性、耐熱性は抜群だが耐雷性もあるのだろうか。多少痺れはするものの、少し時間をおけば復活し、何事もないかのように動いている。仮に耐性があったとしてもこれだけ攻撃を繰り返せば、電熱により多少の火傷やけどを負わせることが出来るはずだが……

 最初に地面を爆発させた時も、あの巨体をわずかながら浮かせる程の威力を発揮したにも関わらず、足を負傷させることすらも出来ていない。実際に防具として活用しているので知ってはいるが、やはりその非常に高い物理耐性も厄介やっかいだ。

 当初の目標では一刻以内としたが、この調子ではどれだけ時間を掛けても倒せない可能性がある。相手の動きは遅いので、こちらが攻撃を受けることはほぼない。そもそも攻撃するひまを与えないように、今こうして連続で魔法を撃っているのだ。

 いっそのこと討伐ではなく撃退に目標を変更してみるかと考えるも、餌が目の前にあり、私という障害を排除出来れば食べ物にありつけるという状態で、果たして逃げることを選択してくれるだろうか。

 となると、やはり討伐しかない。本来なら他の冒険者にも協力をあおぐのだが、護衛の冒険者は、あくまで依頼主を守る為の行動をすることに専念させているし、仮に攻撃に回ったところで、有効な手段があるとは思えない。武器や防具などを見た限りの感想である。魔法はどのようなものがあるのか分からないが、有効手段を提案してこない辺り、ないのか、あっても相性の悪い私の魔法よりも威力が低くて期待出来ないのか。

 ナンパ組は、そもそも雇われている訳じゃないので論外。というか何故なぜまだいるのか。


「さて、考えるか」


 これまでの戦闘から、遠距離による足止めと、一時的な行動不能は実現出来ている。しかし、決定打がなくズルズルと長引いている。


「ゼロ距離で高威力の魔法を撃てば、耐熱性を貫通出来るのでは」


 実に脳筋的な発想であることは自覚しているが、遠距離戦ですでに半刻弱経っており、このまま続けても決着は付かないと思われる。よって、多少強引にも突破口を自らの手で切り開く必要があり、その手段ことが接近戦であるという結論にいたったのだ。


「狙いは頭部。一気に決めるよ」


 そう呟いてから弓をしまう。そして右手を開いた状態で突き出し、手の平の上に球状の雷を発生させる。邪魔にならないようコートは腕まくりしておく。


圧縮あっしゅく生成せいせい、圧縮、生成、圧縮、生成、圧縮……」


 左手では、無詠唱による牽制の魔法を放ちつつ、右手の雷玉は、圧縮されて小さくなった上にまた玉を覆うように新たな雷が生成され、それごと圧縮されてから、また生成するをひたすら繰り返す。


「こんな感じかな」


 それは、今にも爆発しそうな程、激しくバチバチと鳴る雷のかたまりであった。それから目標を見据みすえ、一気に駆け出す。

 先程の身体強化の真似事まねごとよりも更に無理矢理制御を行って、身体の限界の速度に達する。それと同時に、右手の雷の塊をあらゆる方向へと回転させる。かの有名な漫画に登場した、二つの技の融合である。


十雷丸とらいがん!」


 鉄火竜が反応することが出来ない速度で、左から一気に距離を詰めて、その勢いを保ったまま右手を頭部に押し付けた。まるで掘削くっさくドリルのように、表面装甲を削り、穴を開けていく。ほとんど抵抗なく行われ、右腕を深く突っ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る