第20話「トーマスの情報」
四大国の四人の使者、うち一人は外交官、の会議は特に大きな波乱なく終わった。
会議の後、マグダレーナはすぐにマリーナの所属する東の大国を目指して旅立っていった。
一方、マリーナの方は首脳陣と本腰を入れて宗教伝来の許可を求める交渉を行うらしく、残るそうだ。マリーナの目には殉教者のような熱きものが感じられ、長期戦を予感させた。
さて、ロクスレイとトーマスは十人会議の招集が行われ。そのまま円卓の会議室で待つこととなった。
しばらくすると、仏頂面の三大公と四大臣、マリアン王妃、ソルス、ノッディンガム宰相が集まり。最後に壇上には国王ノイル三世が現れた。
「では、十人会議を始めよ」
ノイル三世の命令の元、十人会議が始まった。
十人会議の最初の発言者は、ロクスレイだった。
「こちらの国賓を紹介します。西の大国であるアルマータ帝国からお越しいただきました。特使のトーマス・サンソンです」
「トーマス・サンソンだ。この度は外交官のロクスレイ殿のお招きもあり、こうして無事にたどり着けたこと感謝する。不躾で悪いが、早速アルマータ帝国からの要望を話させてもらおう」
トーマスはいつもの飄々とした態度を見せず、一介の特使として発言した。
「我が国は現在内乱状態にあり、皇位の継承をめぐって争っている。次期皇帝として選ばれた純粋なピエス人は、残念ながら愛人との庶子であることが正当性を脅かしている。そのため、本妻のノマデス人との間に生まれた子供である女性がアルマータ帝国の北で挙兵してしまったのだ」
ロクスレイは思い出す。聞いたところによれば、アルマータ帝国の中心はピエス人である一方、タルーゴ共和国の領土を占領するごとに現地住民のノマデス人を北の土地に移住させていたという。
今回の件はどうやらその占領政策が裏目に出てしまい、北に集められたノマデス人が女皇帝を担ぎ上げてしまったようだ。
「戦況は残念ながらピエス人の皇帝が不利であり、このままでは次期皇帝が女帝に変わりかねぬ。俺は皇帝に仕える以上、これを看過することはできぬ。そのため、皇帝支持派の援軍を促すだけではなく、こうして友好国候補のフサール王国に赴いたわけなのだ」
トーマスはそう経緯を説明してくれた。
ロクスレイは話を聞いても、正直疑問があった。同盟国に援軍を頼むこと自体はあり得る話だが、アルマータ帝国とフサール王国との国交は今回が初めてだ。いきなり援軍を要請されても首を縦に振りようがない。
その点は、十人会議のメンバーも同じのようだ。
「はっきり言ってしまえば、その要請は受けようがないな。まずアルマータ帝国とは同盟関係ではなく、派兵の動機はない。見返りがあれば可能性はなくもないとしても、今回の件は内乱だ。どちらが最終的な皇帝になるか分からない以上、危険は冒せぬ」
トーマスの後に発言したのは宰相のノッディンガムであった。
その次に、外務大臣のサトクリフが続く。
「第一、これが内乱であるなら派兵は内政干渉ではないか。派兵の要請側が許可したとしても、反乱軍は納得しない。もしも反乱軍側が勝利すれば、そのことでアルマータ帝国との大きな溝になりかねない。この要請、はっきり申し上げると害が多くとも、良き点は一つもありませんな」
散々な言われようだが、ロクスレイも同意見だった。
肝心のトーマスと言えば、致命的と言える十人会議の指摘は重々承知らしく、狼狽える様子はない。ならば、一体なんの確信を持って、フサール王国に訪れたのだろうか。
「首脳陣の方々の意見はもっともであるな。このままでは要請など受けようがない。そこで、フサール王国に伝えたい情報がある」
トーマスはここでやっと、焦らしていた情報の開示を行い始めた。
「俺がトーライ王国という国を通る際、モグリスタ共和国の斥候と出くわした。おそらく、ここフサール王国も同盟国として援軍に行くのだろう。ところで、何故この時期にモグリスタ共和国が攻めてきた見当はついているのかな?」
トーマスに問われても、その場にいる誰一人として答えない。いや、応えられないのだ。密偵からの情報が上がってい来ないだけではなく、モグリスタ共和国の凶行はいつもと違い全く予期せぬことなのだ。
何故、モグリスタ共和国が攻めてきたのか。それはここにいる誰もが知りたがっていた。
「俺はモグリスタ共和国が山を越えてまで攻めてきた理由を、知っている」
「!!!」
十人会議に居合わせたトーマス以外の誰もが、その発言に驚いた。
「実はモグリスタ共和国は既にアルマータ帝国と不可侵を結んでいる。正確にはアルマータ帝国の庇護下にある南のディアーヌ部族連合との不可侵であるがな。見当がついている者もいるだろうが、アルマータ帝国はディアーヌ部族連合を通してモグリスタ共和国と接しているのだよ」
ロクスレイは頭の中で地図を描く。そうすると、絶理の壁に接しているシラテミス王国と同じように、南側のモグリスタ共和国も西に絶理の壁が隣にある。おそらく、その北西にディアーヌ部族連合があるのだろう。
「しかし、それだけではモグリスタ共和国が攻めてくる理由にはならないのではないですか? モグリスタ共和国は新たな隣接国と不可侵を結んだだけでは勝算がありません」
トーマスはロクスレイの反論を当たり前のように頷いて同意すると、一つの仮定を切り出した。
「では、タルーゴ共和国がシラテミス王国に攻めた場合、どうなるかな」
「タルーゴ共和国が攻める?」
ロクスレイはハッと気づく。もしもモグリスタ共和国が先んじてタルーゴ共和国と国交を結び、参戦を要請したらどうなるだろう。
モグリスタ共和国側としては安易な参戦を躊躇するだろうが、後顧の憂いであるアルマータ帝国は内乱状態。戦況は同じ人種であるノマデス人との血が混ざった女帝が有利。これならば干渉するまでもなく、物資の支援だけでも事足りるかもしれない。
「しかし、それは仮定です。タルーゴ共和国としては宿敵のアルマータ帝国が混乱している今、攻めない道理はないでしょう。それともアルマータ帝国を攻めない確信があるのですか?」
「それは現状が説明している。内乱は半年以上続いているが、タルーゴ共和国が攻めてくる様子はない。これはノマデス人側の反乱軍のリーダーがタルーゴ共和国と密約を結んだと考えるのが正しいだろう。実際、こちらの密偵がその情報を掴んでいる」
「そ、それでもタルーゴ共和国側は不可侵条約を希望していました。同じ共和国同志と言えど、条約を破ってまで攻める道理がありません。自国の利益だけで外交上の信頼を崩す理由が――」
「その不可侵条約の要望、紙面として残っているのかな?」
ロクスレイはまたしてもトーマスの発言に気付かされる。確かに国の重鎮である外務大臣の口からとはいえ、条約の話は口約束だけだ。宰相や執政官クラスの口頭ならばまだ信頼度が高いとはいえ、大臣一人の戯言なら反故にしてしまえる可能はある。
それで執政官や宰相が出てこなかったのが合点がいく。不可侵条約はあくまでシラテミス王国とフサール王国の友好関係や援軍の実行力を確認するための戦略、もしくはタルーゴ共和国が攻めてこないと油断させるための口車だったのだ。
もし、これが事実ならばフサール王国はシラテミス王国とトーライ王国の二国家に援軍を送る必要がある。そうなれば、敗戦の危機もあり得る。
ロクスレイは愕然とした。この外交戦術を見抜けなかった責は自分にあるのだ。
「まったく不甲斐ない! この程度の謀略にまんまと乗せられ、日和見な手紙しか送らないとは。普段から宰相にあおべっかいをしているおかげで、甘い蜜に騙されましたかな」
声を荒げて叱責してきたのは三公爵の一人、アダン・テール公爵であった。
「そもそも、タルーゴ共和国と不可侵をその場で結んでおれば、このような危機などなかったであろう。決断力が低いとしか言いようがありませんな」
「それは早計と言うものでしょう」
反論し返したのは宰相のノッディンガムであった。
「外交官が独自に判断する領域を超えています。それに外交官と言う立場なら、本国に手紙を送って指示を仰ぐのが妥当だ。責められる非などない」
「そうやって責任逃れをするのか! こうなればそこのトーマスという男をタルーゴ共和国に引き渡して交渉材料にするしかありませんな」
「それこそ短絡的な考えだ。他国の使者を捕縛するなど、フサール王国の外交的威信を傷つけることになる。今回は二国から攻められる危機を事前に知れたと感謝すべきだ。そしてこれからは、最悪の中の最善を模索するべきなのではないか」
「話題をすり替える気か! まずは責任を問い、それから対策を講じるべきだ。このまま曖昧に進めてはまた失敗を繰り返すことになるぞ」
ノッディンガム宰相とアダン・テール公の言い合いは、他の追随を許さずに続く。これでは新たな脅威であるタルーゴ共和国への対処を話し合う隙も無い。
そのことに気付いているのは、何もロクスレイだけではなかった。
「両人とも、対立はそこまでだ」
「っ!?」
二人の会話を見かねて割って入ったのは、壇上の上より見下ろしていたノイル三世だった。
「両人共、意見はどちらも妥当性がある。しかし今はアルマータ帝国の使者の話を聞くべきではないか。おそらく、妙案があるのではないか?」
ノイル三世の指摘を受け、皆トーマスに視線を集中した。
「はい、国王陛下。このトーマスには事態を打開するための相談がある。……あります」
トーマスは全員が傾聴していることを確認してから、言葉を続けた。
「まずアルマータ帝国に派兵し、内乱を鎮圧した暁にはフサール王国と同盟を結び、モグリスタ共和国との不可侵条約を破棄させる。そうすれば、モグリスタ共和国は側面からの挟み撃ちを注意しなくてはならず、停戦するだろう。続いて、タルーゴ共和国も前後の国家が同盟を結んだことで身動きが取れず、宣戦布告を躊躇うでしょうな」
ロクスレイは感心する。トーマスの派兵要求の交換材料とは、モグリスタ共和国とタルーゴ共和国の戦争を阻止する外交関係なのだ。これなら、相手を恫喝するようなやり方とはいえ手土産も必要のない上手い取引だ。それこそが、トーマスの単身でフサール王国にたどり着いた訳なのだろう。
「だがモグリスタ共和国と戦争状態に入った中。兵員を割くのは至難の技だ。あまり多くはだせぬぞ」
トーマスにそう忠告したのは、軍務大臣であった。
トーマスは兵数については承知の上で、こう答えた。
「兵数自体にはあまり大きく期待していない。俺はあくまで他国にこの内乱への介入を図ってほしいのだ。介入したという事実は国にとって後ろ盾を得たと言うことになる。反乱軍側がタルーゴ共和国の後ろ盾があるように、こちらはフサール王国に後ろ盾になってもらう。そうすれば戦況にも影響を与えるはずだ」
トーマスは派兵により戦力が上回ること自体は願っていない。派兵と言う事実による大勢、戦況の変化を望んでいるのだ。
その言葉を受け、ノッディンガム宰相が最終的なまとめを言う。
「ならば、迷うまでもないな。フサール王国とアルマータ帝国は同盟を結ぶため、派兵を約束する。そうすることで内乱を鎮圧し、戦争危機を回避する。他に意見のある者はおるか?」
ノッディンガム宰相の問いかけに、誰一人反論をすることはなかった。
「国王様にこの結論を承諾していただく。その前に、一つ忠告をしておきたい。よろしいかな」
そのまま、承諾の有無をノイル三世に確認するかと思っていた皆は、急なノッディンガムの話にざわめいた。
「実は先日より、このトーマスと言う使者を捕らえるようシラテミス王国内で要請があった。こちらの抗議により撤回させたが、これ以前より外交官のロクスレイは妨害を受けているのだ」
十人会議の皆は寝耳に水な話に、そしてそれを話した思惑に気付けず。誰かが疑問を呈した。
「それがどうしたというのだ。それは十人会議に上げるような内容なのか?」
「はい。これはロクスレイの行動が十人会議の決議によって動いている中、起きたことです。つまりこの中の誰かが十人会議の情報を外に出しているという証拠なのです」
今度ははっきりと十人会議の皆が動揺した。十人会議の決議は大変重要な項目だ。もちろん開示することもあるが、基本国王の猊下で行われる神聖な秘密会議。その情報を漏らすことは即ち、王への背信行為なのである。
「今は犯人探しなどはしない。しかし、これ以上外交官ロクスレイを妨害することは王への反逆だと思いたまえ。以上だ」
ロクスレイは秘密裏に犯人を捜すのではなく、こういった牽制の仕方もあるのだとノッディンガム宰相から学んだ気がした。。
「では国王様の証人を得ようと思う」
ノッディンガム宰相はそのまま会話を続け。国王は決議を承認し、話し合いはそこで終わった。
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