第14話「初戦の結末」

 破裂音と共に弾き出された弾丸と白い煙は躊躇なく、敵の歩兵集団に襲いかかる。


 しかし、煙の向こうで微かに見えた攻撃の有効打撃は、十人にも満たない兵士の膝を崩すだけであった。


 更に問題はそれだけではない。


「右翼銃兵暴発! 二人負傷、救護を!」


 危惧していたマスケット銃の弱点の一つが露呈した。銃の暴発である。


 おそらく整備不良か、一発目が不発のまま継続して射撃を行おうとした結果だろう。銃の暴発は酷ければ十人単位で怪我人が出るため、今回は運がよかったといえる。


「二人の怪我の手当を! そのほかは近接戦闘準備!」


 ミリアはうろたえることなく迅速に指示を飛ばす。これで怪我人と手当の者で四人が動けなくなった。場合によっては怪我人を見捨てるような事態である。


 それでも救護を優先したのは人道的配慮ではなく、怪我をしても助けるという隊への意思表示であり、戦意を保つための手段なのだろう。


「そろそろ、来ますね」


 ロクスレイは矢筒から一番特製の矢を抜いて戦列の前に出る。


 今手にした矢が他とは違い特別なのは、加護が付与されていることだ。


 加護とは十二人と一人のマザーだけが刻める紋章のこと。その紋章は刻印した者だけではなく、一般人も祈りを捧げながら撫でることで発動することができる。


 発動の内容は様々で武器に火や氷を付与したり、単純に威力を上げることも可能だ。ただ加護の刻印は一度使えば基本消えてしまい、再度加護を付与しなければ効果を失うのである。


 これなら軍隊全員に加護を付与した武器や防具を与えたいと、どの国王も思うだろう。だがマザーは基本気まぐれだ。日々の祈りのように加護を様々な物体に付与しているくせに、人に従おうとせず。更にマザー自身身分の高い聖職者であるため、国王でさえおいそれとは命令できないのである。


 だから加護の武器を持つのは、マザーに親しい人物に限られているのだ。


 ロクスレイはその加護付きの矢を弓につがえて準備する。それは、おそらく次に降り注ぐ脅威に備えるためだ。


「投槍来ます!」


 誰かがそう叫ぶ通り、敵の重装歩兵が走りながら一斉に槍を空へ投じる。古来から使われる単純な武器とはいえ、これが怖い。兵器や銃を除けば、人が出せる最も威力の高い遠隔武器に入るだろう。


「破壊神デードロよ……」


 ロクスレイは短く祈りを捧げ、矢の柄に刻まれた紋章を触る。すると紋章は煌々と白い光を放ち、発動の準備が整った。


 ロクスレイはその瞬間、目にも止まらぬ所作で矢をつがえ、撃つ。


 矢はかつて敵の矢を撃ち落とした時と同じ構造をしている。矢は回転しながら細いロープが花のように開き、前方の投槍の集団に吸い込まれていく。


 ただ前回と違うのはその回転力。矢は洪水に晒された水車の如く狂ったように回り、自分よりも何倍も太い槍をいとも簡単に打ち砕いていく。


 矢にかけられた加護は強化と鋼鉄化。これなら矢自体が壊れることなく役目を果たすことが可能なのだ。


 そして任務を果たした矢は己の回転の威力で四散する。どうやら加護の紋章が途中で消えてしまったようだ。このように、加護は一度使えばほんの少しで消えてしまうのだ。


 だがこれで脅威は去った。


「近接戦闘準備っ!」


 槍を投げ終えた敵の重装歩兵はそのまま突進しながら、黒百合騎士団に向かう。それを黒百合騎士団は槍と銃剣で迎え撃った。


 この時も、敵の突貫を防いだのは鉄条網だった。


「なんだこれっ! 足に絡みやがる」


「剣で斬れねえ、細いのに何でだ!?」


 重装歩兵の機動力を奪い。茨のように足を捕らえて傷つけて、鉄条網は重装歩兵をその場に釘付けにしたのだ。


 そうなればリーチの長い槍や銃剣が有利だ。


 黒百合騎士団は長い槍で敵を叩いたり、突いたりする。同じように銃剣も敵の急所を狙い刺す。こうなれば一方的だ。敵重装歩兵は鉄の蔦の中で息絶えていく。


 しかし、敵もやられてばかりではない。


 突如として黒百合騎士団の間合いに重装歩兵が飛び込んできたのだ。


「し、死体を踏み台にするなんて!」


 そう。敵は鉄条網の上に重なった死体を乗り越えることで、足を絡め取られることなく接近することができたのだ。


 敵重装歩兵は近づけばこちらのものとばかりに、近くにいた黒百合騎士団の団員を斬り払う。このように手の届くような近さでの戦いは長槍や銃剣には不利だ。長槍にいたっては武器を下ろして剣に持ち替える他、対応する術はない。


「こちらですっ!」


 ロクスレイは弓を仕舞い、不意を打つ形で舞い込んだ敵の腕を撫で斬る。重装歩兵はその時、左腕を斬り飛ばされるが構わず剣を振り続け、囲んで銃剣に刺し殺されるまで暴れた。


「鉄条網の穴を塞いで、通すわけにはいかないわ!」


 こうなってくると、数の多いクレイの軍勢が有利だ。最接近されれば長槍と銃剣による数の少なさのカバーは効果が薄くなり、剣での戦いが多くなる。そうなれば数に加えて、装備が軽いこちらが不利だ。


 黒百合騎士団が蹂躙される。そんな悪い想像が頭をよぎった時、助け船が現れた。


「突撃っ!」


 それは遊兵として動いていたミラーの護衛部隊だった。矢を撃ちきったらしく、鹿の独特な衝突力でクレイの軍勢の後方から圧を掛けたのだ。


 勝敗は、決した。


 既に銃の音による動揺。鉄条網での殺戮。極めつけには後方と前方からの挟み撃ちに、重装歩兵達の士気は瓦解した。


 敵の兵の多くは、包囲の隙間から逃げ出し行く。残ったのはわずかな精兵ばかりで、これも護衛の騎乗兵達に上から斬りかかれ倒れていく。


 そして指揮官のクレイも、ここが死地と覚悟を決めたようだ。


「おのれっ! ここまでか。トーマスよ、一騎打ちに応じよ!」


「応っ! かかってこんか!」


 これに暇をしていたトーマスが応じる。


 クレイは鉄条網を重装歩兵の死体を馬で踏みつけて乗り越え、トーマスに斬りかかる。


 トーマスはその剣戟を数度片手斧でいなした後、馬上のクレイに組み付いた。


 クレイは、トーマスに引っ張られて引きずり降ろされる。


「おのれっ! おのれっ! おのれっ!」


 クレイはトーマスに上から組み付かれ、押し倒される。


 トーマスは背中側の腰に隠したナイフを抜き、クレイの脇腹を何度も何度も突き刺し。ついにクレイは絶命した。


「なんとか、勝てましたね」


 ロクスレイは敗走していく敵の重装歩兵を見ながら、やっと安堵の声を漏らした。




 敵の死傷者約六十人。こちらの死傷者は護衛の騎乗兵が二人死亡、黒百合騎士団からは負傷者十一名、死者四名。数の上ではこちらの圧勝であった。


 それでも黒百合騎士団の動揺は大きい。戦いの覚悟と、退路を断つことで維持していた士気も、戦いが終わって緩み切りパニック状態になっていた。


 ある者は呆然と立ち尽くしたまま動かず、ある者は自分の負傷も顧みず友の亡骸に縋りついて号泣している。まともな者でもこれからどうすればいいのか分からず、ミリアの指示を待っていた。


「ミリア、隊の指揮を。負傷兵の治療と戦死者の処理を急いでください。敵が再集結して襲い掛かってくる可能性はまだありますよ」


「そ、そうね。分かったわ」


 ミリアも初めての実戦に動揺していたらしく、はっ、と気づいて部下達に激励と命令を飛ばす。


それでも、ミリアの顔は暗い。これは、ミリアにもねぎらいの言葉が必要そうだ。


「初めての実戦でこれだけ死傷者が少なく、倍の敵を壊滅させたのは大戦果です。よくやりましたね。ミリア」


「……! ありがとう、ロクスレイ」


 ミリアの顔が少し明るくなる。ロクスレイのこの言葉に嘘偽りや装飾もない。正直な感想だ。


 指揮は的確、戦線も良く見えており、敵の機微を見逃さない。土壇場でこれだけできれば、有能な指揮官に間違いない。


 ミリアは彼女自身の言葉通り、こちらが本職なのだ。


 その後、黒百合騎士団は団員の負傷を応急処理し、死者は護衛達と合同で簡単な葬式をしてから荷台に乗せた。


 それからロクスレイらは東に進路をとり、ひたすら前進し続けた。


 やがて、街が見えてきた。シラテミス王国の絶理の壁境界線近くの街だ。


 遠征使節団はやっと、テムールに帰り着いたのであった。

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