第2話「予言と奇襲」
ある日の深夜、フサールの王が寝室で寝ていると夢枕に立つ顔無き予言者の言葉を聞いた。
予言者曰く、この世界は四方を隔てる絶理の壁があるが、その向こうには同じように別の世界が三つある。これより六十二日後、四つの世界のそれぞれ最も力ある大国から外交の使者として代理を立て、とある場所に集めさせよ。さすればこの世界の真実と新しき世の誕生を目の当たりにさせてやる。と言うのだ。
フサールの王も最初こそ信じてはいなかった。けれども、その顔無き予言者が三日も続けて夢枕に立てば信じるほかない。
フサール王は悩んだ末に、ダークウッドの森に住まう聖職者の代表、ビックマザーにこのことを相談した。ビックマザーはその相談に大変驚き、次のように答えた。
その予言は本物じゃ。その時、その機会を決して逃してはならぬ。何なら私の義理の息子のちびっこ、ロクスレイにでも任せればよいじゃろう。これは選ばれた誰かだから特別というものではないのじゃ。この世界の人物がその瞬間を目撃する必要がある。それだけなのじゃよ。
フサールの王はなるほど、と納得すると外交官の一人であるロクスレイを呼びつけ、命令したのであった。
予言の時、予言の場所に行き。顔無き予言者の言う世界の真実と新しき世の誕生を目撃せよ。
予言の場所は海岸線と接しているシラテミス王国の北東にあった。海岸線は大陸から凸状に陸が張り出しており、予言の場所はその突起の頂点部分にあった。
その場所は、鼻先岬と言い。そして、そこはもうフサール王国の領内であった。
近くには南西のトーライ山より流れ着いた大河、ドーナ川が流れており、肥沃な土地は灌漑に適しているため、田んぼが多く見られた。
今はまだ苗がぽつぽつと生えているだけだが、秋が来れば箒のような金色の稲穂が見られるだろう。
「ここからならもう、北の絶理の壁が見えるのですね」
ロクスレイが独りごとのようにぽつりと言った。
絶理の壁とはこの世界を文字通り区切っている破壊不能な壁の事である。壁は純粋な黒で、地面と垂直に延びている。その壁の上への行き止まりはこの世で知る者は誰もいない。
ただし、この世界の区切り取られ方は分かっている。絶理の壁は北側に二等辺三角形の土地と、南側に長方形の土地をくっつけた、どっしりとした形をしている。
長らく、この世界は平面の上に絶理の壁で区切られた場所しかないと思われていたのだ。予言で王が知る前と、ロクスレイ以外は。
何故ロクスレイが知っているかと言えば、ロクスレイには後天的にこの世界とは別の世界の知識があるのだ。
その知識は産まれた時、共に出現した絶理の箱と呼んでいる物に関係している。
絶理の箱は絶理の壁と同じ材質でできており、入り口もある。そしてその入り口から中に入れるのは共に誕生したロクスレイだけだった。
ロクスレイが幼いころ、絶理の箱の中で見たのは知識だった。様々な本の羅列と、過去の人物の著書との邂逅であった。
ロクスレイは誰も知らない知識を貪欲に読んだ。文字の読み書きは覚えていたし、本もこの世の知識ではないのに同じ文字をしていたから読めたのだ。
最初はこの知識を皆に知らせようと本を持ちだそうとしたが、叶わなかった。どうやらこの絶理の箱を出入りできるのはロクスレイの身体だけのようだったのだ。
なので本を写本して持ちだすこともできず、仕方なく口頭で知識を伝播しようとロクスレイは努めた。
最初こそ、育ての親たちのマザーに笑われていたが、ビックマザーだけはロクスレイの言葉を真剣に聞いた後、こう答えた。
お前はここの孤児共の誰よりも頭が良いようじゃな。知識が嘘か誠かは私にも分からぬが、それを世界で試してみぬか? その手伝いはしてやるぞ。
ロクスレイはビックマザーに助けを借りて、フサール王国の国家書記官試験を受けて合格し、見事書記官となった。
そうして今は書記官の、外交官の仕事をしている。
話を戻すが、こういった事情でロクスレイはこことは別の世界の成り立ちも知っていた。その異世界はなんと地面が球体でできており、空のかなたにある星は同じような球体でできているというのだ。
ロクスレイが更に調べていくと地面が球体であるということは、緯度というものが存在することになる。緯度は異世界だけではなく、この世界にも存在するのだ。
異世界の地球、と呼ばれる場所では南半球の南が寒く、北が熱い。この世界も南が寒く、北が暖かいのだ。つまり、この世界も本来球体なのだ。
ロクスレイが、他の世界が絶理の壁で遮られている、という結論に達したのはすぐのことだった。
「ロクスレイ、他の護衛がいた」
メイがいつもの顔でいつもの通り言うと、確かにまばらな林の向こうに平野の広場があり、ロクスレイの配下の護衛達がいた。
ロクスレイ直属の彼らは、皆鍛えられた弓の使い手であり、鹿の騎手である。
ところで異世界では乗馬、馬上、早馬というように騎乗するのは馬が主流で鹿ではない。そもそもこちらの世界では馬は数が少ないのだ。
東のぺネット王国に荷馬車を運ぶ馬がいるのを除けば、世界に広くいるのはトーライ鹿という三本の角を持つ鹿達だ。
この鹿は比較的気性は大人しい上、人懐っこい。彼らには序列制が存在するため、オス同士の縄張り意識も躾ければそんなに高くなく、馬並みに扱いやすいのだ。
そんな鹿も、今は騎乗していないので、まとめて近くの林に放してある。指笛で呼べば、すぐに駆け付けてくれることだろう。
「ミラー! ミラー・マーチ隊長はいますか!」
「ここに居ますよ、外交官殿。ちょうど暇を持てあましていたところであります」
ロクスレイに近づいてきたのは、無精髭に刈り上げた茶色い髪をした四十代前後のおっさんであった。目立ち鼻立ちはよく、歳さえ若ければモテるのだろう。また顎に古傷があり、それを隠すために髭を伸ばしているようだ。
「予言の日までまもなくでありますな。外交官殿が遅れないか、ひやひやしていたものであります」
「分かりやすい嘘をつきますね。どうせ暇なのをいいことに昼寝をしていたのでしょう。髪が寝ぐせで暴れていますよ」
「おっと、それはレディの前で失礼でしたな」
ミラーはメイを優しく見つめて、にかりと笑った。
ミラーはロクスレイ直属の部隊の隊長である前に、一児の父なのだ。メイを見ると、どうしても娘のことを思い出してしまうのだろう。
「せめて日時計くらいあれば、時間が分かるのですが如何せん。太陽の位置でしか時間がわかりませんな」
「それでも予言の時は正午です。まだわかりやすい方でしょう」
「そういえば、外交官殿は時計の開発もしていましたな。ゼンマイ時計と言いましたっけ? 仕組みはとんと分かりませんが、開発に成功すれば便利そうでありますな」
「ああ、それに巨額の富も手に入ります。しかし実際の所、開発は難航しています。なんせ時計に関する詳しい資料はなかったのですから、ほとんど手探りですよ。困ったものです」
ロクスレイの知る絶理の箱は万能の知識の箱ではない。知識にはかなり偏りがあり、地球と呼ばれる異世界の常識と歴史、外交の記録ぐらいしかない。
だから、ロクスレイが幾ら誰も知らぬ知識を持っているとはいえ、それは虫食いで役に立たぬことも多いのだ。
「ところで予言の場所にあるという石碑はどれですか?」
「こちらであります。外交官殿」
ロクスレイはミラーに案内されて、巨大な蝋燭のような石碑に近づいた。どうやら選ばれた人間はこの台座に触り、予言の時間を待てば良いそうなのだ。
「台座に加護の印はありませんね。加護とは別の力が働いているのでしょうか」
「さあ、私に分かりませんな。外交官殿こそ、ビックマザーから加護について教えられているのではありませんか?」
「加護を使えるのはマザー達だけですから。それに加護についてはウィルの方が詳しいんですよ。残念ながら」
ロクスレイは天を仰いだ。日は間もなく頂点に登りそうだが、今はまだ早い。そんな空は雲が出てき始め、日の光に陰りが見え始めていた。
「太陽が見えなくなるほど雲が出なければ良いのですが――うん?」
ロクスレイは昼間なのに、空に星のような無数の点を見た。それはこちらに近づいてきてはっきり見えると、棒のような形状をしているのが分かった。
あれは、矢だ。
「矢が来るぞ! 全員、盾持て!」
降ってくる矢に気付いたミラーが部下に急いで指示を飛ばす。談笑していた護衛達もその言葉と共に、腕にぶら下げていた小さな盾で自分自身を庇う。
矢が降り注ぐと共に、数人が矢を受けて倒れ、他は盾で矢を受け止めた。そして盾を持たないロクスレイ達にも矢の魔の手が迫る。
「――シッ!」
メイは短く息を吐くと腰にある二振りの短刀を掴み、ロクスレイに迫る無数の矢を無尽のごとき斬撃で全て撃ち落としてしまう。その神業に、ロクスレイはホッと胸を撫で下ろした。
「助かりました。メイ。流石ですね」
「ロクスレイは私がいないと心配だな。今度から、ちゃんと私の傍にいろ」
メイは白銀の髪をサラリと払い、優雅に短刀を仕舞った。
「怪我人の救助急げ! いや、待て――」
ミラーは自ら出した命令を遮る。
それは矢が飛んできた西の森から、洪水のごとき雄たけびが響き渡ったからであった。
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