第10話 Overwrite Express
意識を失ったはずの勝間田が食い入るように見ていたのは……あの子、つまり『林野やよい』の本心だった。
幼なじみの一途な想いを重荷と感じ、勉学にかこつけて逃げ出すように故郷を出たが、自分が本当に好きだったのはやよいのことだったと気付き……今更ではあるが、己の身勝手さに後悔の涙を流す勝間田。
その時
「しゅうちゃん!?」
後から聞こえる声は、勝間田が一番聞きたかったあの子……やよいの声。
「どうしたの?こんなところに呼び出すなんて……」
涙が止まらない勝間田。
「あれ!?しゅうちゃん……泣いてるの?」
やよいが勝間田をそっと抱きしめ頭を撫でる。懐かしい甘い香り……今しか無い!今ならきっと言えるはず……
「やよいちゃん!」
勝間田は子どものようにやよいにしがみつき泣きじゃくる。
「ど、どうしたのしゅうちゃん!?」
「今までごめん!」
「な、何が!?」
「お、俺……やよいちゃんが俺のことを何時までも弟のように見てるようで……って、勝手に思い込んで、それがイヤになって冷たくしてしまって……」
「しゅうちゃん……」
「でも、やっとわかった。俺はやよいがいないと何もできないダメな奴だって」
「そ、そんなことないよ……」
「お願いだ、これからもやよいちゃんの側にいたい!ずっとずっと弥生ちゃんと一緒にいたい!」
「しゅ、しゅうちゃん!それ、本当!?」
やよいの目にもみるみる涙が溢れる。
「本当だ!やよいちゃん、大好きだ!」
「しゅ、しゅうちゃん……うれしい!私もしゅうちゃんが大好き!」
満開の桜の下、初めて人目を気にせず熱いキスを交わす2人……その時一際強い風が吹き、桜の花びらが舞う。同時に周りが白く輝いたところまで勝間田は覚えている……
次に勝間田が気付いたのは高速バスの車内、往路乗車したのと同じ『1B』席、違いは運転席との仕切りカーテンや窓のカーテン全てが閉められ、夜間高速バスのような雰囲気を醸し出していた……
「やよいちゃん!?」
大きな声をあげる勝間田に聞こえるよう、運転士が案内放送を始めた。
「『人生のターニングポイント』からご乗車のお客様、お待たせ致しました。これよりこのバスは『オーバーライト』に突入します。このため車内を消灯します。なお、ご気分の悪い方、心の乱れが激しい方やその他ご用の方は運転士に遠慮無くお申し出ください。」
今の勝間田の心境は『明鏡止水』……何年ぶりかわからない達成感が心地良い疲れをもたらし、消灯と同時に自然な眠りを呼ぶ。
その頃、窓の外では往路と同じく歪んだ時計があちこちに現れ、針がかなりの速度で順回転を繰り返していた……あと、時々ではあるがエンジン音やロードノイズとは明らかに違う「カリカリ」といった、パソコンを操作している時に聞こえてくる音がどこからともなく聞こえてきたが、勝間田の耳には届いていなかった。
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