第百三話:後始末
AztoTHは混沌へ飲み込まれて消えていった。
混沌は炎のようにも見えたが、あれはもしかしたら渦巻く神気そのものなのかもしれない。
混沌に飲み込まれたものがどうなるのか、俺には知る由もない。
AztoTHもまた、運命に翻弄され続けながらも抗い生きてきたのだろう。
願わくば彼に安らかな眠りを。
すると、やがて白い灰の地面は震動をし始め、漆黒の空に浮かぶ光が次々と流れ星へと転じ始める。
「次元の崩壊が始まった。主が居なくなった以上、空間を維持できなくなったから当然ではあるが」
観測者が言った。
「用は済んだ。さっさとここから出よう」
俺の言葉に皆が頷き、アクセスポイントに触れる。
周囲が光に包まれ、内臓が持ちあげられ脳が上へ引っ張られるような違和感を覚えながら、再び俺たちは元の空間へと帰ってきた。
エンジンルーム。
燃え尽きた寄生体たちと、台座に鎮座している金属生命体と言われる黒い球体。
自ら動けないのか、台座に縛り付けられているのか身じろぎもしない。
先ほど触れようとした時は障壁に阻まれたが今はどうだろう。
球へ近づき、手を伸ばす。
今度は薄い緑の障壁に弾かれもせず、表面に触れる事が出来た。
つるつるすべすべとした、自然の中で風化して表面が滑らかになった石か、いやそれ以上の手触り。
何度でも撫でまわしたくなるような触感に少なからず、俺は身震いをした。
金属の表面が波打ち、隆起を作りそれは文字を成す。
「ありがとう、か。お主は何処から来た?」
質問に対し、球は次の文字を作る。
「宇宙を漂っていた。それ以上の事は何もわからない、か」
自我が目覚めるまでの間、生まれてからひたすら暗黒の空を漂っていた。
自我が目覚めてからも、星の光に誘われるままにあちこちを飛んでいた。
だからAztoTHたちを見つけた時も、物珍しさにひかれ近づいてしまったのだと。
彼は自分の事を何も知らない。
生まれて自分が何者であるのか、考えた事すらなかった。
自分から莫大な
それに苦痛が伴う事も。
苦痛に苛まされ、なぜ自分が生まれたのか、何の為に存在しているのかを問うようになっても、誰も答えを返さなかった。
故に自分は何物なのか、それを知るべく自由を求めたいと語る。
「俺についていくとしても答えを得られるとは限らぬぞ。それでも良いか」
言葉に構わない、今は此処から出たいのだとと言う返事を得た。
「ではひとまずこの鞄の中に入ってくれ。人の頭ほどもあるお主を運ぶには、これに入れるのが手っ取り早い」
鞄の中身を仲間に分け、金属球を詰め込んだ。
鉄のように重いかと思ったが、意外と軽く背負った時に拍子抜けしてしまった。
そして彼を台座から動かした瞬間に宇宙船の明かりがすべて消えてしまった。
慌ててノエルが
どうやって動力を取り出していたのかは知らないが、彼こそが動力の源だったのだ。
という事は、コールドスリープ室などの機能も停止したのか。
中で眠っている眷属などはどうなってしまうのか。
「船の機能が停止したという事は、コールドスリープ室で眠っている眷属は死ぬのか」
「そうだな。そのまま緩やかに死を迎えるだろう」
しかし、今更彼らをも救う手立てはないし、言葉も通じず遭遇したら敵対するしかないのであれば、いっそ眠りに着かせたまま逝かせるのがせめてもの情けか。
そう思うしかない。
「じゃあ、帰りましょう」
「そうだな……」
アーダルの言葉に返事した瞬間、体に重りをつけられたかのような感覚を覚える。
急に体の感覚を失い、俺は床にうつぶせに倒れてしまった。
ノエルも苦痛に歪む顔をし、脂汗を流して両膝両手をついて息を荒げている。
「二度目でも中々慣れるものじゃないわね……。前より体の負荷は軽いけどそれでもキツイわ」
「ノエル、動けるか」
「無理かも。宗一郎は?」
「骨が軋み、筋肉も痛いし体も重い。全く動けぬ」
「困りましたね。とはいえ、天使の兜はあるから脱出は可能ですが」
ノエルの鞄を探り、天使の兜を取り出したアーダルは、思い直したように観測者の方を向いた。
「信者の方々をここから助け出さないといけないですよね。連れていくにしてもミフネさんたちが動けるまで待たないと」
「その心配は無用だ。AztoTHという脅威を討伐するまでが君達の仕事だった。脅威さえ無くなれば、後は全て我のやるべき仕事だ」
「ならば、後は任せたぞ」
俺の言葉に微笑みながら頷きを返す観測者。
「それにまだ一つ、やる事が残っている」
「何だ」
「後始末だよ。この宇宙船を残したままにはしておけない」
確かに。
異世界の超技術など、今の俺たちには過ぎたる物だ。
いずれ技術が進めば使えるようになるかもしれないが、それは何時になるのか分かったものではない。
しかも、野心猛る者がすぐ近くに存在するとなれば、必ずや我が物として欲望のままに使いたがるのは容易に想像できた。
王が本当に野心を持っているのか、俺は未だ図りかねているが。
「しかしAztoTHを倒す為とは言え、俺たちに異世界の超技術を知られてしまったがそれは構わないのか」
「君とその仲間なら信用できると踏んだからな」
正確には、俺の迷宮での振舞いを見て助けを求めようと思ったらしい。
「腕が立つのは勿論だが、口が軽いのでは困る。我の世界の事を知って、喋りたくなるのは人の心理ゆえ仕方ないが、秘密を守れる者でなければならない。そして仕事に誠実である事。何より大事なのは確固たる己の目的を持っている事。即ち迷宮を踏破するという意思がある者の選別だ。それらの条件を考えれば君以外には居なかった」
そこまで評価されているとは、冒険者冥利に尽きる。
「だが物を頼むにしても、我らには信用はまるでない。これまでの所業を考えれば仕方ないが、故に利を提示して交渉せざるを得なかった」
「それが信者たちの迷宮の退去と、隕鉄という宝の話だな。隕鉄ではなく金属生命体とは話が違ったが」
「隕鉄らしき気配に似ていたからそうだろうと予測していたのだが、外れてしまったな。加えて、君がAztoTHに単独で傷を負わせられるとはな」
「お主が考えていた当初のAztoTHとの戦い方はどう考えていたのだ?」
「精神攻撃などは我が看破し、君の仲間には支援を頼みつつ、直接攻撃を君に担当してもらうつもりだった。我の血には次元を隔てた攻撃を可能とする。血を刀に付与し、それでAztoTHにダメージを与えるつもりだった」
成程、それで自分が居なければ攻撃は届かないと初めに言ったわけだ。
「しかし血を付与し、肉体にダメージを与えられるとして真に滅せられるかは疑問符が付く所だった」
「上位者は肉体を滅したとて、魂や精神までは滅せるわけではない、か」
「次元を超越した攻撃といえども、所詮物理攻撃であれば肉体に傷を負わせるのみだ。精神、魂に傷を負わせるとしたら野太刀に宿る一種の呪いに賭けるしかなかった。だが、君が何らかの技を使いAztoTHの肉体のみならず魂にまで打撃を加え、更に運が良い事に信者達が進化し、シュルヴィが特に目覚ましい進化を遂げた。故に彼女の体を借りる事で混沌を呼び出せるようにまで枷が外れ、真に彼を滅する事が出来た」
「俺たちはある意味、運が良かったに過ぎないのかもしれんな」
「自嘲する必要はない。如何に強かろうとも、最終的には運命の女神が微笑んだ方が勝利するのだ。そうではないか?」
違いない。
いかに強い者であろうとも、迷宮では運が悪い者は容易く死んでしまう。
逆に言えば、強くなければ最後の運を引く事すら出来ないのだが。
「あの、尽きない話は結構なのですが、そろそろ戻りませんか」
アーダルが帰りたそうに口を挟んだ。
それはそうだ。
ついお喋りに夢中になってしまったが、ノエルもしんどそうだし、アーダルとて疲労は深い。
俺も急に倦怠感が増して来た。意識を繋いでいるのが精一杯だ。
「戻るが良い。我は信者をひとまず神殿まで戻し、今後の方針を伝えてから仕掛けに入る」
「じゃあ、転移の準備しますね」
アーダルは天使の兜に向けて念じ始めた。
三度目の気持ち悪さを感じながら、空間転移に入る。
空間転移の後、迷宮入り口に辿り着く。
そこからはアーダル一人で運べるのはノエルだけなので、ひとまず迷宮入り口に居る
王の手勢も待機していたようだったが、今は動けないので動けるようになったら報告しに行くと伝え、彼らには城に戻ってもらった。
ひとまず寄生体の親玉を討伐達成したと軽く口頭で伝えはしたが。
イブン=サフィールの従業員に肩を借りながらスイートルームに辿り着き、装備を脱がせてもらい、寝台に転がるのでもう精一杯だった。
そういえば喉が酷く乾いている。
水を用意してもらっていたのだが、一度口を付けると砂に水がしみこむかのように空になるまで飲み続けてしまった。
寝台に倒れると、もう意識を保ってはいられず深い眠りに着いてしまった。
体の芯にこびりついた疲労と痛みはやすやすと抜けてはくれないだろう。
秘奥義は体をこれほどまでに酷使するのか。
使いこなし、慣れなければ。
「!?」
外よりもたらされた轟音が響き、深い眠りから叩き起こされた。
建物全体が揺れ、びりびりと空気が震えている。
そして窓からは昼間のような明るさがもたらされている。
上体を起こして外を見ると、迷宮の隣の大穴から火と煙が立ち上っていた。
宇宙船を爆発させたか。
これで異世界から来た超技術は誰にも知られる事は無くなった。
俺たちの世界は何時になったらあそこまで技術が進化するのか。
恐らく俺が生きている間になることはないだろう。
「……」
首筋の産毛が逆立つのを感じ、俺は寝台の傍らに置いていた打刀の鞘を掴む。
その気配は知っているものであり、姿を確認するまで抜くつもりはなかった。
「相変わらず気配に敏いね」
「お主の気配は濃すぎるんだ。少し抑える事を覚えたらどうか」
いや、お主らか。
シュルヴィの他に、もう一人部屋の中に居る。
それはリーンハルトであった。
「リーンハルトの体は失ったはずではないのか」
「あの船の培養槽に、彼の肉体の情報を登録させてもらっていたのだ。シュルヴィの体にいつまでも居候しているわけにもいかないからな。他の信者の体を乗っ取るのも忍びないし、やはり我に体を捧げたリーンハルト以外には無かろうというわけだ」
その口振りにはいささか引っかかる部分はなくも無いが、リーンハルト本人が体を捧げる意志を示したのであれば、俺が口を挟む余地は無いように思えた。
「やはり、王の手勢は地下七階に何が飛来したのかを確認しようとしていた。エレベーターを使おうとしていたからな」
「私達はこの爆発に紛れてサルヴィを去ろうと思います」
「そうか、迷宮探索者としてはお主らに居なくなってもらった方が有難い」
しかし、観測者とは一時とはいえ仲間として戦った間柄だ。
多少の名残惜しさはあった。
「君達には本当に世話になった。せめてもの礼にこれを差し上げたい」
観測者は
一見、金による装飾をほどこされた手鏡のようなものに見える。
「映したものの真理を見る鏡だ」
「真理の手鏡か」
「未知の道具などを迷宮で拾った際には、これに映し出すことで名前や用途がわかるだろう。迷宮を歩くには必要なはずだ」
つまり
これもまた妖精の地図並に価値がある道具だろうと直感する。
これがあったら鑑定士は商売あがったりだ。
「では我らはこれにて失礼する。君が迷宮を踏破し、主を倒す事を願っている。その金属生命体とも仲良くな」
観測者たちは影に溶け込むように消えていった。
そういえば金属生命体はどうしているだろうか。
鞄を開けてみると、金属球は全く動かず、月の光と外の火の灯りに照らされているだけだった。
眠っているのだろう。
あれだけの爆発にも動じないとは神経が太いのか、無神経なのか。
しかし、本当にこやつは一体何者なのだろう。
「とりあえず、ブリガンドに見せてみるか」
金属に詳しいドワーフなら何かしらの知見はあるかもしれない。
そう思って俺は、二度寝の為に寝台に再び潜り込んだ。
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