第七十五話:賢者の仕掛け

「転生者とは一体、何なのですか」


 俺が問うと、マルヤム女王は首飾りを首に再び掛ける。


「シルベリア王国が出来る前の、更に更に昔の歴史になります」


 女王は訥々と語り始める。


 ――かつて、シルベリア王国が成り立つ前。

 小国が乱立し、互いにいつ終わるとも知れぬ戦いを繰り返しては疲弊していました。

 そんな時、幾人かの英雄が現れ、彼らは民をまとめて新たな国を打ち立てます。

 英雄たちは次々と周囲の国を併呑し、一つの大国を建国しました。


 英雄らの死後、国はその時々の指導者によってよく治められていましたが、建国から数百年経過した時、未曾有の災害に襲われます。

 活火山の噴火、大雨による大河の氾濫、土砂崩れ、地震による国土の荒廃。

 あらゆる災害に見舞われた国を見捨て、隣国に逃れる民も多数現れました。


 誰もが諦めかけたその時、一つの天啓を王は聞きます。

 天変地異を収め国を救う為には、南の山中にある人知れぬ迷宮へ行け。

 その迷宮には、世界を創造した神々が遺したとされる宝珠がある。

 宝珠を手に入れよ。さすれば宝珠の力により、災厄は収まるであろう。

 天啓を聞いた時の王は、ただちにお触れを出しました。

 迷宮より宝珠を持ち帰った者は、大金と王の近衛騎士としての職を与えると。


 迷宮には様々なものが足を踏み入れました。

 一攫千金と名誉を狙う冒険者、国の行く末を憂う兵士達、犯罪者まがいのろくでなしの集団……。

 その中には、かつての英雄の子孫たちも居ました。

 英雄の子孫たちは数々の苦難を乗り越え、ついに神々の宝珠を手にしました。

 彼らは危機に遭うたびに、存在しないはずの記憶が呼び起こされ、その度に奇蹟的な力を使うことが出来たと。

 その中にはかつて英雄が使っていた技や魔術もありました。

 子孫たちは英雄の力が使えるのは自分たちが英雄の生まれ変わり、転生者であるからだと言いました。

 人々も国を救った英雄の子孫たちを讃え、宝珠によって災厄は収まり、国はまた栄えるようになります。


 しかし、国家と言うものはいずれ衰退するのが世の常。

 先の英雄たちの子孫が盛り立てた国もやがては崩壊し、また小国が乱立する時代が訪れます。

 その時現れたのが賢者ラーフィルでした。

 ラーフィルもかつての英雄たちと同じように自らの国を興し、周辺の国々を平らげて回りました。

 そうしてシルベリア王国が建国されたのです。

 賢者は王となってからも国を良く収め、安定した治世を送っていましたが、やがて老齢に差し掛かると予言を残します。


 自分が死んでから数百年後には、必ず国が乱れる時が来るだろうと。

 そしてラーフィルはこう続けます。


 その時が訪れたら、この首飾りを持った者を必ず探し出すのだ。

 それが我が子孫であり、我が魂を受け継ぐものであろうと――


 

「そして、マディフ王はシルベリア王国に伝わる伝承から賢者ラーフィルの子孫であるわたしを探し当てました」

「成程。しかし、伝承とやらを伝え聞く限りでは転生者は、記憶や経験を全て引き継いでいるという訳でもないようですね」


 俺が信じる仏陀教には輪廻転生という概念があるが、あれとて生前の行いによって次に何に生まれ変わるかが決まるだけであり、生前の記憶や経験その他が引き継げるわけではない。

 誰かの生まれ変わりだ、と人々が言う時があれども、生前の誰かに似ているというだけであり、「生まれ変わり」の人とまるきり同じ人物のはずがない。

 前に存在した人物と同じ人間を創る事など、人間には不可能だ。

 それこそ神や悪魔の所業でもない限りは。


「その通りです。わたしも賢者の子孫であるというだけで、何処にでも居る田舎の少女に過ぎませんでした。転生者らしい、と言ったのはその為です」

「それに首飾りが子孫の証拠とは言えども、転生者と同一の魂であるかは疑わしいのではないですか。子孫の中で誰が転生者となるかは誰にもわかりませぬ。失礼な物言いをするが、果たして本当に女王は転生者なのですか?」


 そう問うと、マルヤム女王は不敵な笑みを浮かべた。


「ええ。ですから、賢者ラーフィルは仕掛けを施したのですよ。これにね」


 マルヤム女王は太陽の意匠の首飾りを触る。


「賢者ラーフィルはこの中に自らの魂を封じました」

「魂を、封じる……?」


 高位の魔術師や死霊術師ネクロマンサーであれば魂をも操れると聞いた事はあれど、それを自分の魂に適用するとは、何を考えている?


「首飾りの所持者が一度死ぬ事で、一旦その者の魂は肉体から離れます。その時、首飾りの封印が解けるのです。蘇生を行った際には元の魂の他にも、ラーフィルの魂が肉体に入り込み、二つの魂が融合し一つとなる魔術を仕掛けたのです」


 そうしてラーフィルは意図的に「転生者」を創り出す事にしたのです、と女王は語る。


「……それは転生者とは言えぬのではないでしょうか」


 二つの魂が混ざりあうなど、新しい人を作り出したようなものではないのか?

 それは禁忌に触れるのではないか。

 俺の脳裏に一つの記憶が蘇る。

 不死の迷宮で出会った、肉体から魂を無理やり剥がされたレグルスなるエルフの存在。

 そして魂を操る者と言えば、魂喰らいソウルイーターの不死の女王。


「貴方の疑問はもっともです。要は、伝承の転生者が現れる事で国が救われると民に印象付けるのが大事なのです。ラーフィルの魂を受け継いでいるのには変わりはないのですから、本当の転生者かどうかは重要ではないのです」

「それに、一度死ぬ必要があると言いましたね。つまり貴方が死んでいたのも計算ずくだと言う事ですか」

「そうです。不慮の事故であったと王は言っていたのでしょうが、一度わたしは殺されているのですよ。意図的にね」


 誰に、とは流石に言えなかった。

 伝承を知っているものはマディフ王しか居ない。

 偶然殺すならザフィードの信者たちが容疑者として上がるが、意図的にという言葉が引っかかってならない。

 となれば、女王を手に掛けたのは……。


「もちろん、マディフ王から事情は聞かされていましたが、納得などしていませんよ。賢者の血筋の者だからって、山奥で暮らしていた少女がいきなり首都に引っ張り出され、国難を救えなど無茶にも程があるでしょう」


 大きなため息をマルヤム女王は吐いた。


「それに、賢者の魂と融合するのも不安がありました。わたしがわたしで無くなるのではないかと思ってね。実際に蘇って融合してみると、そうでもないと感じましたが」

「融合したと言っても、根本の部分ではマルヤム女王の人格が主であると?」

「そうですね。しかし、時折ラーフィルの記憶が心の深層から浮かび上がってくるのです。昼の女王としての振舞いは、かつてラーフィルが行っていたものを模倣しているに過ぎません」


 なるほど、それならば合点が行く。


「同時に知識や魔術、奇蹟を一杯詰め込まれて今もまだ戸惑っています。こんなものを与えられてどう国を救うのに使えばいいのか、全くわかりません」

「その辺りは、恐らくラーフィルの記憶が導いてくれるものと思いますが」

「そうであってほしいと思うばかりです。それに、マディフ王が居ないのはやはり辛いです。蘇生の儀式を明日行いますが、恐らく復活は無理でしょう。わたしの後ろ盾となってくれる人でしたし、何より目を掛けてくれたのは間違いないのですから」


 助言をしてくれる人物が居ないというのは、心細いに違いないだろう。


「その不安ゆえに、貞綱を引き込もうと考えたのですか」

「ええ。貴方とのやりとりを見る限り、一度仕えると決めた人に対しては忠誠心も高いようですね。そうでしょう?」


 背後を振り返る女王に対し、眉間にしわを寄せる貞綱。


「本来であれば死罪の身であった所を助けてもらったのは有難いのですが、若と同じような関係を期待しているのであれば、それは間違っていますな。それがしは貴方に仕えるといえども、何を教えるわけでもないでしょう。ただ仕事を粛々とこなすのみでは」

「いいえ。貴方には仕事以外にもシュラヴィク教の事をわたしに教えて頂きたいのです」


 言われ、貞綱は大きく目を見開いた。


「貴方は純粋に教えを守っていたのでしょう。その教えは原典に近いのではないでしょうか」

「教祖失格であったそれがしにシュラヴィク教を教えて頂きたいと申すのですか」

「マルクという少年は貴方によく懐いていました。それだけで貴方が良き指導者であったとわかりますよ。ただ、方向性が間違っていただけです」

「そう言って頂けるのであれば、感無量です……」

「しかし、貴方の教えは一般に広めるには少々厳しいでしょう。他のシュラヴィク教徒とて教義をどこまで厳密に守っているかは怪しい所です。国が改めて布教する際にはある程度、教義に手を入れる必要はあるでしょうね」


 女王がそう言うと、貞綱は反論する。


「それでは神の教えは歪み、真意が伝わらなくなりますぞ」

「貴方とて、カナン大僧正を攫って教義の布教に利用しようとしていたでしょう。シュラヴィク教は生命を弄ぶような行為は禁じられているはずですが?」


 そう言い返されると、流石の貞綱も渋い面をして黙り込むほかはなかった。

 教義の拡大解釈や都合の良い捉え方をする者は、いつどこにでも存在する。

 貞綱とて例外ではない。


「シュラヴィク教を弾圧しようとは考えなかったのですか?」

「宗一郎さま、何を仰いますか。国民の四割ほどが信じて居る現状、弾圧するのは悪手です。とはいえ、イアルダト教のほうが数はまだ多く、立場も強い。なればこそ、わたしが保護者となる事でシュラヴィク教は後ろ盾を得て対等な立場となりましょう」


 ラーフィルの記憶からそうするのが良いと思っただけですが、と女王は続けた。


「元より、宗教は一つであるほうが民をまとめるのは容易いでしょうが、わたしは異なる教えの人々が混ざりあっていようとも国は治められると思っています。間違っていますか、わたしの考えは」


 はじめて女王は不安な顔色を窺わせた。


「さて、俺にはわかりかねる事ですが……」


 なんせ俺は国を治めた経験がない。

 親父であればその辺りの事も助言できようが……。


「貞綱はどのように考えますか?」

それがしは難しいと考えます。しかし、思い切った方法を取る気が無いのであれば現状はそれが正しいでしょう。マルヤム女王であれば、どちらにも贔屓する事なく平等に扱えると思います。しかし、部下どもはそうではない」

「わたしがしっかりと臣下を御する必要があるわけですね」

「はい。人間、どちらかに肩入れしたくなるものですから。特に自分の陣営になりうる者に対しては。とはいえ、女王がしっかり目を光らせていれば大きな問題は起こらないとそれがしは思いますがね」


 その言葉を聞き、マルヤム女王の不安は少し晴れたのか、眉間に浮かんでいた皺は消え、微笑みを浮かべた。


「やはり貴方を生き返らせて良かった。仕事以外にも、助言でわたしを支えてほしい」

「御意」


 新たな仕える人を見つけ、貞綱の目には輝きが生まれたように見える。

 やはり貞綱は自ら人々を率いるのではなく、誰かを補佐する方が性分なのだろう。


「ところで、宗一郎さま」

「はい?」

「宗一郎さまにはどなたか伴侶はいらっしゃいますか?」

「ぶふっ」


 いきなりの急角度を突いた質問で、思わずむせてしまった。

 その為に俺はいままで頑張って来たのだが、女王からそんな言葉が出るとは。


「一応、居ります。カナン大僧正を探しに来たのもその為です」

「と言う事は、その御方は今はお亡くなりになられているのですね」

「ええ。何故そのような事をお聞きになるので?」


 尋ねると、はじめて女王は年相応の悪い笑みを浮かべた。


「ざんねん。もし誰も居なければ、わたしと夫婦めおとになってほしかったのにな」

「ご、御冗談を」


 確かに年上の異性に憧れる年ごろではあるが、俺と女王では流石に身分が違いすぎる。

 一介の冒険者と、国を統べる女王が夫婦など有り得ない。

 俺の国で言えば浪人と姫様が結婚するようなものだ。

 駆け落ちか攫うかしなければ無理だろう。


「冗談でもなんでもありませんよ。一目見て貴方は素敵だと思っていましたので」

「若。女王様からの申し出を断るつもりですか」

「馬鹿を申せ、貞綱。おいそれと結婚したら女王は良いとして、大臣らに何と思われるかわからんぞ。つり合いも取れぬしな」

「若とて大名家の息子。格は対等ではないですか」

「三船家は小大名だ。シルベリア王国とは比較にならぬほど治める領土が違いすぎる。いや、その前にもはや三船家は大名ですらなく、ただの浪人だぞ」


 そんなやりとりをしていると、女王は声を上げて笑い始めた。


「あはは。流石に想い人が居る人を無理に奪うつもりはありませんよ」

「それは、何より……」


 冗談でも肝が冷える。

 マルヤム女王なら、俺を無理やり引き留める事だって不可能ではないだろうに。


「さて、わたしが伝えたい事は大体伝えました。あとは二人で積もる話もありましょう。それほど時間はありませんが、これから何度会えるかもわかりません。この機会に話をしたら如何ですか」


 マルヤム女王はそう言って部屋の奥へと退き、俺と貞綱は向かい合う形となる。


 お互いに無言であった。

 

 話したい事か。

 いっぱいあるようで、そうでないようにも思える。

 俺の成長具合であれば、剣で山ほど語り合った。

 これ以上語るべきものは無い程に。


 ……いや、一つだけ聞きたい事はあるな。

 あらためて俺は貞綱の目を見る。


「貞綱。お主は斬り合いの際に観音様を見た時はあるか」


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