禁池

魚野れん

プロローグ

 深の国にはとある伝承が残っている。

 それは、こういったものだ。




 かの城の禁池には神が宿っている。むかし、姫がその神に恋をした。神はその想いを受け取った。

 しかし姫は一国の姫であって、神だけの姫ではなかった。そのために姫は、神と結ばれる事は叶わない。

 姫と神は悩んだ。そして姫は人間のままでいる事を望み、神は姫と結ばれる事を望んだ。

 意見の相違によって小さな溝が生まれたが、姫は気にしなかった。

 逆に神は姫の心が離れてしまうのでは、と不安になっていた。そこで神は思い切った行動に出る事にした。

 神は、姫を遠くへと連れ去り隠してしまった。そうすれば、姫が他に目を移す事もなく自分の所にいてくれると思ったのだ。

 しかし神の思案通りにはいかず、姫は毎日泣いて過ごした。

「何故、妾にこのような処遇を課すのですか」

 神は言われた意味が分からなかった。ただ、神は姫とともにいたかっただけなのだ。

 仕方なく、神は姫を城に戻す事にした。姫は喜んだ。

 あくる日の朝、姫が神のもとへと赴いた。

「妾……他国の皇子と、祝儀を迎える事になりました」

 姫の表情は暗く、悩んでいるようだった。神は

「わたしで良ければ……愛しいそなたの力となりましょう」

 と言った。姫は後ろめたそうに言った。

「妾を、再びどこか遠くへ連れ去っていただけませぬか?

 以前、あなた様の好意を断った身でありながら、烏滸おこがましいとは思います。

しかし妾はあなた様以外の方と結ばれるのはやはり厭なのです」

 この姫の言葉に神は喜んだ。

 そして神は姫を再び遠くへと連れ去った――




 ――本当の所、姫は自害してしまったのだ。神は悲しみ、人間への転生を望んだ。人間であれば、このような事にならずに済んだのではないかと思ったのだ。

 しかし当の姫は、この様子を見ていたある神によって神化されていた。神は人間へ、人間であった姫は神へ――


皇族は何世代か替わり、姫と神は何度か相見える。

これは、語られる事のなかった本当の物語。


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