Mission08 ディナー・ベル

Report08

ディナー・ベル


cast

イリーナ・ゴルベフ ♀

サイコビリー ♂

ジェイ・カプレーティ ♀

ロメオ 不問


[ジェイ・カプレーティ]

……はい、わかりました。

では予定通り始めさせていただきます。


お気をつけてお越しください。

失礼します。


社長からよ。

道が混んでて少し遅れるから、

先に始めてって。


[サイコビリー]

そうか、じゃあお言葉に甘えて

飲ませていただくとしよう。


しかし意外だね。

社長がこんな店を選ぶとは。


壊れたジュークボックス。

くすんだレザーのソファ。

前世紀のロックバンドのポスター。

なかなかいい趣味だ。


ジェイ、オーダーをまとめてくれ。


俺はよく冷えた

バドワイザーをワンパイントと

揚げたてのフレンチフライを。


ケチャップとマスタードはハインツで頼む。


[ジェイ・カプレーティ]

はいはい、相変わらず注文が多いこと。


私は、そうね……辛口のキールがいいかな。

食べ物は社長が来てからでいいわ。


ロメオ、あなたはどうするの?


[ロメオ]

スモークドサーモンとアボカドのサラダ。

ジャーマンポテト。チリビーンズ。

アスパラガスとベーコンのソテー。

Tボーンステーキ16オンス、それから

ヴィシソワーズにチキンウイングと


[サイコビリー]

待て、ちょっと待て。


ひょっとしてお前さん

それ全部一人で食うのか?


[ロメオ]

え、そうですけど。


ひょっとして、サイコビリーさんも

食べたいものがありましたか?


[サイコビリー]

いや、そういうわけじゃないんだが……。


なにせ、大皿料理ってのは

みんなでシェアするもんだと

教わってきたんでな。


軽いカルチャーショックを

受けているところだ。


[ジェイ・カプレーティ]

いっぺんに頼んだら

料理が冷めちゃうし

少しずつ追加したらいいんじゃない。


それで、ドリンクは?


[ロメオ]

アイスミルクをお願いします。


[サイコビリー]

なんだか聞いてるだけで

腹が膨らんできた気がするぜ……。


おーいウェイター、

そうそう、このテーブルだ。


オーダーを頼めるか。


[イリーナ・ゴルベフ]

追加オーダーよ。

ギムレットを、ボンベイサファイアで。


[ジェイ・カプレーティ]

ご到着されたのですね。

お待ちしてました。


ウェイター、受注の準備は宜しいですか。

ではオーダーを伝達します。

ドリンクは4点。

一つ、バドワイザー・ワンパイント……

よく冷えたグラスでサーヴしてください。


二つ、キール。ワインの良し悪しはよくわかりません。

ハウスワインで結構ですので薄めにお願いします。


三つ、アイスミルク。氷を入れすぎると

お腹が痛くなるのでほどほどの量で。


四つ、ギムレットをボンベイサファイアで。


オーダーは以上です。

迅速なサーヴを期待します。


[サイコビリー]

酒の注文出すときにさえ

こういう口調になっちまうのは

オペレーターの職業病なのかねェ。


[ロメオ]

イリーナさん、お疲れ様です。

今日は、ディナーにご招待いただけて

とても嬉しいです。


[イリーナ]

こんばんはロメオ。

今日は来てくれてありがとう。


私の知り合いの店よ。

高級レストランではないけど

味の方は確かだから安心して。


[ジェイ・カプレーティ]

ちょっとビリーったら

隣でタバコ吸わないでよ。

髪と服に匂いがつくじゃない。


[イリーナ・ゴルベフ]

懐かしいわね。

私にも頂けないかしら。


[ジェイ・カプレーティ]

えっ、社長も喫煙されるんですか?

なんだか、予想外です……


[イリーナ・ゴルベフ]

フフ、ごめんなさいね、ジェイ。

一本だけ失礼するわ。


祖国にいたときは吸ってたわ。

もうずっと昔の話。


[サイコビリー]

一本と言わず好きなだけ吸ってくれ。

話すことがあるなら朝まで付き合うしな。


[ジェイ・カプレーティ]

全員飲み物は揃いました?

それじゃ社長、お願いします。


[イリーナ・ゴルベフ]

今日は忙しいところに

無理を言ってごめんなさい。


来てくれたことに感謝します。


まずは喉の渇きを潤して。乾杯。


[サイコビリー]

ッはー、やっぱりビールはこいつに限る。


それで、今日の議題は何なんだ。


わざわざ社外で一席設けたくらいだ。

何か事情があるんだろう。


俺たちのサプライズな

フェルウェル・パーティー

じゃなければいいんだが。


[イリーナ・ゴルベフ]

あなたたちに謝らなくては

ならないことがあるの。


私はきっとこれから会社を、

ブラート社を私の個人的な戦いに

巻き込むことになる。


そして、あなたたちは

その最前線で戦うことになるかもしれない。


[ジェイ・カプレーティ]

あの、それって、ひょっとして、先日の

排水処理施設はいすいしょりしせつの依頼に関することですか?


[サイコビリー]

なあ社長。


勝手な身辺調査をしてすまないが

あんたがセントラルレッドの関係者

だったことは既に知っている。


そして、セントラルレッド社と

宗教団体デル・ソルとの関係を

必死に追っていることもだ。


[イリーナ・ゴルベフ]

やっぱり、知ってたのね。


いいわ、余計な前置きは終わりにしましょう。


ジェイ、すまないけど

同じものをもう一杯頼んでもらえるかしら。


祖国の大学院を出た私は

専攻していたFA工学分野へと進んだ。


セントラルレッド社の擁する

NMコネクション研究所に就職したの。


そして、プロフェッサー・ヤンの

直属の部下として様々な研究に従事したわ。


[ジェイ・カプレーティ]

プロフェッサー・ヤンって、

聞いたことあります。

FAの世界ではすごく有名な……


[ロメオ]

プロフェッサー・ヤンは

FAにおける世界的権威です。

その研究成果により、FAの機動性と操作性は

開発当初と比べて劇的な進化を遂げました。


特にNMコネクションを明確に体系化し

コントロールに適応させることで

多くの機動兵器の難点であった

不安定な状態からの重心回復システムは

二足歩行式機動兵器をフィクションの世界から

現実のものへ昇華させた

一つのパラダイムシフトと言われてます。


その一方で、新技術研究のために

非人道的な実験を再三にわたり

繰り返していてアカデミックな世界からは

非常に不興を買っている人物でもあります。


[サイコビリー]

お前、FAのこととなると

結構喋るんだな……。


[イリーナ・ゴルベフ]

ロメオが話してくれた通り、

プロフェッサー・ヤンは

NMコネクションを

より高次元なものにするために

非道な実験を繰り返したわ。


その中のいくつかには、私も加担した。


ウェイターさん、

もう一杯、同じものを。


結局、ある実験が引き金で

私は研究所を離れることになったわ。


[ロメオ]

それは、どんな実験だったのですか。


[イリーナ・ゴルベフ]

精神的ストレスがNMコネクションに

どのような影響を及ぼすか。


今にして思えば

それは実験というよりも、確認作業だった。


ヤンは最初から予想していたのよ。


どんな感情がNMコネクションに

強く干渉するか。


その確認をするために

ヤンと私は、ひとりの命と

ひとつの心を殺した。


紛争に巻き込まれたった二人だけ残された

兄と弟を、この手で引き裂いたの。


[ロメオ]

イリーナさん、教えてください。


NMコネクションに最も

影響を及ぼす感情とは、何だったんですか。


[サイコビリー]

なあ、ロメオ。

お前さん全く飲めない訳じゃないんだろう。


ちょっと付き合えよ。


シラフじゃない方がいいことだってあるんだ。


いいバーボンってのはこういう夜のための酒さ。


ウェイター、ワイルドターキーのビンテージを

ボトルで入れてくれ。


[ジェイ・カプレーティ]

そんな経緯があったのですね……。


セントラルレッド社を退社した後は、

この会社をすぐ起業されたのですか?


[イリーナ・ゴルベフ]

研究所を去って、暫く各地を転々としたわ。

昔の人脈を頼って、企業や自治体の

FA運用アドヴァイザーのような真似をして

糊口ここうをしのいでいた。


そして段々と、こう考えるようになった。

FAは所詮戦争の道具でしかないのか?と。


そんな中、お払い箱となった旧型FAをどうにか

有効活用できないかという相談を受けたわ。


なんてことない相談だけど、とても嬉しかった。


私は新しい可能性を見出すために

すぐに小さな会社を起こした。


それがブラート社の始まり。


サイコビリー、私にもショットグラスを。


[ロメオ]

ありがとうございます。

それじゃ、いただきます。


……なんだか焦げ臭い味がしますね。

オーバーヒートしたときみたいだ。


[ジェイ・カプレーティ]

それで、今の話が社長の個人的な闘争と

どう繋がるのですか?


[イリーナ・ゴルベフ]

私が研究所を退所して程なく

プロフェッサー・ヤンも

同研究所を去り、同時にセントラルレッド社を退職。


数々の名誉職も全て辞退し、

ヤンは事実上表舞台から姿を消した。


そして今、プロフェッサー・ヤンは

宗教団体デル・ソルの中心部にいる。


彼ら教団が取り組んでいる

大きなプロジェクトの参謀として。


FAの平和的活用の普及を最終目的とし

極力、防衛手段として

FAを行使することを謳う当社は

あらゆる側面において中立であるべきだわ。


でも私は、ヤンを止めることに

執心してしまっている。


そして、会社組織を

企業利益のためではなく

私の目的のために、動かし始めている。


[サイコビリー]

なるほど。

社長と、そのヤンという奴の間に

浅からぬ因縁があることはわかった。


だが、別にいいんじゃねえか。

会社は会社、社長は社長だ。


[ロメオ]

イリーナさん。


あなたとプロフェッサー・ヤンの間に

どんな確執かくしつがあったかはわかりませんし

別に話さなくていいと思います。


でも、一つだけ

聞かせてほしいことがあります。


イリーナさんはヤンを止めたいんですか。


それとも、自分の後悔を

埋め合わせたいんですか。


自分の本当の気持ちを

仕事や会社のせいにして

誤魔化す必要なんてないと思います。


[ジェイ・カプレーティ]

ねえロメオ、前も言ったけど

あなたはいつもそうやって薄情で

他人ひとの気持ちってものを

考えたことがないの?


大体ね……ってちょっと

ビリーなにするのよ。


[サイコビリー]

ジェイ、静かにしてろ。

荒療治が正解のこともある。


[イリーナ・ゴルベフ]

……私は、後悔を終わらせたい。


彼を、いいえ彼らを

見殺しにしてしまったことを

ずっと後悔している。


その後悔は、消すことが出来ないものだから。


きっと、消してはいけないものだから。


だから私は、苦しかった。


デル・ソルの暗躍を防ぎ

ヤンの野望を阻止したところで

彼らは二度と帰ってこない。


それも分かっている。


でも私が、自分の後悔に

もう一度だけ触れることができるのは

今しかないのだと思う。


たとえそれが、間接的で、自己満足で

宛のない償いであっても


私は、そうしたい。


[ロメオ]

じゃあ、

終わらせようとすればいいと思います。


消えない後悔に苦しみながら

何もかも分かった上で

向き合って、触ればいいと思います。


宛がなくても、償えばいいと思います。


二度と帰らない人の名誉のため

散っていった彼のように。


[イリーナ・ゴルベフ]

……フフ。

アリーナであなたを

見つけた日を思い出すわ。


あなたは何も滲ませずに

なんでもないような声で

チャンプを叩き伏せた。


独創的な操縦技術よりもずっと

その声が記憶に残っている。


本当に真っ直ぐな声だった。


私、勝手に背負い込んで

重い重いと泣いてるだけかしら。


バーボン、もう一杯もらうわね。


[サイコビリー]

お二人さん、

盛り上がってるところ悪いが

俺たちにも少し話させてくれよな。


なあジェイ、お前さんはどうして

オペレーターになったんだ?


[ジェイ・カプレーティ]

へっ、私?


[サイコビリー]

社長が腹を割って話してくれたんだ。


俺たちだって、シャツのボタンの

一つ二つは開けないとフェアじゃないだろ。


[ジェイ・カプレーティ]

ああ、うん……そうね。


……私はね、単純に仕事がなかったの。


なんか薄っぺらくて恥ずかしいんだけど。


本当は、キャビン・アテンダントに

なりたかった。


昔、家族でいった海外旅行でね、

すごい素敵な女性ひとが居て。


それからずっと、なりたかった。


高いヒール履いても

身長ギリギリなんだけどさ。


正直、あの紛争さえなければ……

って思わなかったことはないよ。


別に今がイヤなわけじゃない。

話のわかる上司、憎めない同僚、

仕事だってとっても刺激的。


でも、たまに思い出すの。


あの飛行機の中で忙しく働いて

そして、笑っていた彼女の姿をね。


さあビリー、次はあなたの番よ。


[サイコビリー]

確かに背はちょっと

足りないかもしれないが

似合うんじゃねえか、制服。


もし着たら見せてくれな。


さて、俺か……。

俺は十代の終わりから

ずっと合衆国の陸軍に居た。


世界各国、号令一つで

戦場を行ったり来たりだ。


昇進で、いよいよ現場を離れるか

っていうところで除隊した。


ん、理由?


なァに簡単な話だ。

昔っから、カードゲームも

ボードゲームも好きじゃなかったからさ。


それからはずっとこんな有様ありさまだ。


俺はさ、社長が何とどんな理由で戦おうが

正直どうでもいいんだ。


その迷いを話してくれただけで

俺は社長を信頼できる。


それじゃメインディッシュに行こうか。


顔合わせて酒飲んだ時くらい

自分のことを話せよなぁ、ロメオ!


[ジェイ・カプレーティ]

ロメオ?ねえ、ロメオ?


……あんたさ、フツー寝る!?

このタイミングでよ?

ありえないわコイツ……


[イリーナ・ゴルベフ]

サイコビリー、ジェイ、それにロメオ。

今日はありがとう。


お陰でつまらない

言い訳を飲み干すことができたわ。


私は、私の後悔を終わらせる。

付き合っていただけるかしら。


[サイコビリー]

兄弟に。


[ジェイ・カプレーティ]

乾杯。


[イリーナ・ゴルベフ]

さあ、朝まで飲むわよ。


[ジェイ・カプレーティ]

社長、それ何杯目ですか……。

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