第577話

「はぁ……はぁ……はぁ………く、九条さん……大丈夫でしょうか……?あの人……何だか凄く危ない気配がしましたけど……」


「……分かっている。でも、きっと九条さんなら大丈夫だ。それよりも今はポーラを安全な場所に連れて行くのが先だ。その為にも……ここで少しだけ休憩しよう。」


「はぁ……はぁ……えっ?いや、そんな時間は……!」


「ポーラ、さっきから息が乱れてる。そのままだとこれ以上は走れない。違う?」


「そ、それは……ですが……んむっ!」


「ふふっ、落ち着いてポーラ。ゆっくり深呼吸をしてごらん。」


「っ!……は、はい……」


 ロイドの人差し指を唇に当てられて爽やかに微笑みかけられたポーラは焦った様な表情を浮かべながら半歩後ろに下がると、言われた通りに深呼吸を繰り返し始めた。


「幸いな事にここは見晴らしが良いから誰か来てもすぐ分かるはずだ。ポーラ、何か不測の事態が起きた時にその状態では満足に動く事も出来ない。分かるだろ?」


「……すみません……」


「ふふっ、謝る事は無いよ。私もついさっき似た様な事で九条さんに怒られたばかりだからね。」


「そ、そうなんですか……?」


「あぁ、だから今は体力の回復に努めて欲しい。そして……もし良かったら聞かせてくれるかな?あの部屋で君と話していた彼女について。」


 立ち止まって少しだけ冷静になったおかげか呼吸の乱れが収まって来たポーラは、ロイドの問いかけに対して小さく頷くと近くになった切り株に腰を下ろした。


「……ロイドさんとソフィさんも察していると思いますが、彼女はトリアルと王都で貴族の方から美術品を盗んでいた張本人です。より正確に言うと、泥棒を雇っていた方ですね。」


「泥棒ってあの武装した奴らの事?」


「はい、彼らはお金の為ならどんな悪事でも働く裏世界の人達だと思います。」


「ふむ……要は犯罪者のギルドみたいなものかな?」


「えぇ、そうですね。基本的には個々の集まりなので横の繋がりは薄いみたいですが悪事を企んでいる人に雇われるとああやって手を組む事があるみたいです。私自身も噂でしか聞いた事はありませんけどね。」


「……あの危ない奴もその裏世界の人?」


「多分、そうだと思います。ただ、あの人は他の連中とは何処が違う雰囲気があったのでまた別の所から雇われたのかもしれませんが……詳しい事は何とも……そして、そんな彼らを雇っていたのが……テザー夫人と呼ばれていた元貴族の方です。」


「何?元貴族だって?それに夫人という事は……ご結婚されているという事かい?」


「はい、元々はトリアルに暮らしていたお嬢様だったらしいのですが若い頃に王都に住む貴族の方の所へ嫁いでいったみたいですね。しかしその方も数年ほど前にお亡くなりになっているらしいです。」


「なるほど……もしかして彼女はその寂しさを紛らわせる為に今回の事を?」


「いいえ、そうではありません。テザー夫人が貴族の方から美術品を盗んでいたのは自分の為です。昔から浪費癖が激しくて、自分の欲しい物は何でも手に入れなければ気が済まない事で有名だったみたいです。」


「……欲望のまま生きてる感じだね。」


「えぇ、そのせいで旦那さんの遺産はほとんど残っておらず……貴族としての地位や名誉も全て失ってしまったみたいです。だけど自分の欲望は何としても叶えたい……そこで目を付けたのが……」


「彼ら、という事か……」


「はい、どういう繋がりがあったのかはまだ調べられてはいませんが……あの方達にお金を払ってずっと盗みを働いていたという事ですね。」


「なるほどね……という事は、私達が今朝方にお邪魔したあのお屋敷は……」


「テザー夫人が幼少期を過ごして来た場所ですね。そんな思い出の地に盗品を隠すだなんてどうかと思いますが……まぁ、そういう方なんでしょう。」


「ふぅ、あまり理解し合えない人物だという事はよく分かったよ。ポーラ、その事は記事として公表するつもりなんだろう?」


「えぇ、本人の口から事実確認も出来ましたので後はするべき事をやるだけです!」


「ふふっ、そういう事なら急いで街に戻ろうか……って、言いたかったんだけど……ソフィ、気付いているね。」


「うん……ポーラ、こっちに来て。」


「え、えっ?」


 ソフィに引っ張り上げられる様にして立たされたポーラは戸惑いながら広々とした空間の真ん中まで連れて来られると……


「………」


「………」


「ロ、ロイドさん?ソフィさん?そんな怖い顔をしてどうし……っ?!」


 2人の背後に立ちながらポーラが顔を上げて視線を前方に向けると、木々の間から自分達の事を見てきている数多くの人影を発見した。


「やれやれ、どうやら少しだけ長く休みすぎてしまったみたいだね。」


「それかずっと後を付けられていたか……」


「あ、あの人達はもしかして……」


「あぁ、さっき攻撃を仕掛けてきた彼の仲間だろう。数は……20人程度かな?」


「うん、それぐらいだと思う。」


 武器を手にしながらロイドとソフィがそんな会話をしていると、黒装束の男が1人前に出て来て3人を睨みつけた。


「お前達、何者かは知らないが命が惜しければその女をこちらに渡せ。」


「おやおや、挨拶も無しにいきなり物騒だね。」


「黙れ。もう一度言う、その女を渡せ。そして今回の事はすべて忘れろ。そうすれば命だけは助けてやる。」


「……九条さんは?」


「ふんっ、あの男は我らが首領に戦いを挑んだ。つまりは死んだも同然という事だ。さぁ、無駄話はここまでだ。返事を聞かせろ。」


「……お断りだね。」


「ポーラは絶対に渡さない。」


「ロイドさん……ソフィさん……!」


「ポーラ、私達のそばから離れない様に……出来るね?」


「は、はい!」


「愚かな……では、あの世で後悔するが良い!」


 黒装束の男が片手を上げて殺気を放ちながら大声でそう叫んだ直後、武器を持った男達が3人に向かって一斉に襲い掛かって行った!

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