第566話

「ロイド様、九条様、ご当主様達にお会いする前に先程の訓練で流した汗を浴場にて洗い落として来てはいかがでしょうか?」


「ふむ、確かにこのままでは風邪を引いてしまうかもしれないからね。分かったよ、カームの提案に乗るとしようか。九条さんもそれで大丈夫だよね?」


「あー……いや、エリオさんとカレンさんにまだ挨拶も済んでないのに風呂を借りるってのは流石になぁ……先に事情を説明しておいた方が良い気がするんだが……」


「あっ、でしたらその役目は私にお任せ下さい!」


「うむ、汗だくのまま挨拶に行き気を遣わせる方が失礼じゃと思うぞ。それとお主が買ってきた菓子もわしが運んでおくから安心せい!ほれ、さっさと行って来い!」


「……分かってるとは思うけど、コレはお前だけの物じゃ無いからな?ちゃんと皆で分けて食うんだぞ?」


「はっはっは、そんなに心配せんでも分かっておるわい!さぁカームにポーラ、早く2人の元に向かうとするぞ!」


 外廊下の途中でそんなやり取りをしてからしばらくした後、悪いとは思いながらも広々とした浴場で汗をザッと洗い流した俺は少しだけ遅れて出て来たロイドと合流をするとそのまま執務室に向かって行った。


「ロイドちゃん、お帰りなさい。九条さんはお久しぶりですね。事情は2人から既に聞いています。いかがですか、サッパリしましたか?」


「えぇ、おかげ様で……すみません、ご挨拶もまだでしたのに……」


「いえいえ、お気になさらないで下さい。さぁ、どうぞそちらへお掛け下さい。」


 静かに微笑みかけてきたエリオさんに促されてレミとポーラの真正面側に置かれたソファーにロイドと腰を下ろすと、カレンさんが紅茶の入ったティーカップを俺達の目の前にあるテーブルの上にそっと置いてくれた。


「ふふっ、ありがとう母さん。」


「どういたしまして。ロイドちゃん達がお土産に持ってきてくれたお菓子に合わせてあるからご一緒にどうぞ。」


「ありがとうございます。それでは頂かせてもらいますね。」


「私も折角だからそうするとしようかな。」


 小さくお辞儀をしながら皿に盛り付けられた土産物の菓子と紅茶に口を付けた後、至福の一時を実感しながらふぅっとため息を零していると……


「そう言えばポーラさん、2人が執務室へと訪れる直前に尋ねたい事があると仰っていましたが……?」


「あっ、はい。実はそうなんです。先程はタイミングを逃して聞けませんでしたが、この機会にエリオさんには色々とご質問してみたかった事がありまして……」


「おぉ、何を聞くつもりなんじゃ?まさか、エリオが悪事を働いているという噂でも流れておるのか?」


「い、いやいや!この街で一番頼りになる方とか奥さんと仲良しで素敵なご夫婦とかそういった話は聞いた事がありますけど、悪い話は聞いた事がありませんよ!」


「まぁ、そんな話が?何だか照れてしまいますね。」


「ははっ、そうだな。」


「おやおや、実の娘が見ている前だというのに……羨ましい限りだね。」


「……反応に困るからこっちを見るんじゃない……そ、それよりもポーラ、さっさと本題に入ったらどうなんだ?エリオさんに聞きたい事ってのは何なんだよ。」


「あぁはい!それでは失礼して……エリオさんにお尋ねしたい事はズバリ、この街や王都周辺で起こっている事件についてなんです!」


「……事件?」


「えぇ、例えば……って、うーん……」


「ん?どうしたんじゃポーラ、例えばの続きを言わんのか?」


「あー……それなんですが……」


「……あっ、そういや何かを調べてるけど俺達には内緒にしてるんだっけか?」


「ふむ、もしかして私達は席を外した方が良いだろうか?」


「……いえ、大丈夫です!今回、こういった機会を得る事が出来たのはロイドさんや九条さんが居てくれたからこそですから聞いて頂いても大丈夫です!……それでは、改めてになりますがエリオさん。質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「えぇ、私に応えられる範疇の事であれば。」 


「ありがとうございます。それではお尋ねしたい事なんですが……エリオさんは近頃貴族の方を狙って起こっている盗難の事件についてはご存知でしょうか?」


 真剣な眼差しのポーラが革の手帳とペンを片手にそう尋ねると、エリオさんは少しだけ目を開いて驚いた様なリアクションを一瞬だけ見せた。


「……なるほど、流石は雑誌社の方ですね。その情報をもう掴んでいましたか。」


「……その反応、ご存じという事でよろしいんでしょうか?」


「えぇ、間違いありませんよ。ただ……申し訳ない事に、私が知っているのは貴族を狙った盗難事件が王都で何件か起きているという事だけなんです。詳細については、トリアルの一貴族である私の所までは回って来ていません。」


「……そうですか……」


「父さん、まさか本当にそんな事件が?」


「あぁ、実際に被害に遭ってしまった私の知人からの情報だ。」


「えっ、って事は何か盗まれてしまったんですか?」


「はい。知人が持っている美術品の中で一番価値のある絵画が……警備も付けていたはずなのに、何時の間にか盗まれてしまったそうです。」


「それは何と言うか……残念な事ですね。」


「えぇ、知人も悔やんでも悔やみきれないと言っていました……ただ不思議な事に、盗まれてしまったのはその1品だけだったみたいですね。」


「むっ、つまり他の美術品は無事じゃったという事か?」


「そうですね。手を付けられた形跡も無かった様です。」


「それは……確かに不思議な話だね。」


 盗みを働くんだったら価値のある物を根こそぎ盗んで行くのが普通じゃないのか?わざわざ1つだけって……他のを持っていく余裕が無かったのか?それとも……盗む必要性が無かったとか?……うーん、泥棒の考える事はよく分からんな……


「ポーラさん、以上が私の知り得る情報の全てなんだが……どうだろう、役に立っただろうか?」


「はい!貴重な情報、ありがとうございます!このお礼は必ずさせて頂きますね!」


「ははっ、大丈夫ですよ。ですがそうですね、お礼を頂けると言うのならばカレンが喜びそうな店を幾つか教えてもらえると有難いですね。」


「了解しました!カレンさんのお好みに合うお店を全力でご紹介させてもらいます!あっ、でもその前に他にもお聞きしたい事があるのでよろしいでしょうか!」


「えぇ、構いませんよ。」


「ありがとうございます!それでは次のご質問なんですが……」


 その後もポーラはエリオさんに様々な質問をしていって、俺達はそんな2人のやり取りを菓子と紅茶を楽しみながら見守り続けるのだった。

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