第546話
「それでは皆様、またお越しになって下さる日をお待ちしております。」
「ふふっ、今度いらっしゃる時には貴方に良い人が居る事を祈っておりますね。」
「あ、あはは……ありがとうございます。そのご期待に応えられるかどうかは何とも言えませんが、その時が来たらお世話になりますね。」
夜も明けて間もない頃にわざわざ見送りに来てくれた村長さんとお婆さんに感謝をしながら馬車に乗り込んだ俺達は、ゆっくり流れていく景色を眺めながらトリアルを目指し始めるのだった。
「はっはっは、それにしても良かったのう九条。あの老人から貰った食糧のおかげで今日の晩飯には困らんぞ!」
「うーん、そうは言うがコレだけだと野菜炒めぐらいしか作れないからなぁ……まぁどうせ食べるのは俺だけだからそれでも良いだけどさ。」
「えっ、あの子達ってまだ戻って来てないの?アタシ達がクアウォートに行ってから結構な時間が経ってると思うけど。」
「あぁ、でもあいつ等と旅行に出かけたのってファンクラブの子達だろ?だから家に帰ってくるのがもう少し先になりそうな気がしてな……」
ファンの子達からしたらロイドと旅行するなんて夢の様な時間だろうから、ソレを予定通りに終わらせるとはどうしても思えないんだよなぁ……
「ハッ、って事はテメェはしばらく1人寂しく暮らして行くって訳か?」
「……別に寂しかねぇっての。1人暮らしには慣れてるからな。」
「ふっふっふ、口では強がっていても心の中までは誤魔化せんのではないか?さぁ、正直に言ってみるがいい!孤独は涙が出る程に寂しいとな!」
「誰がそんなアホな事を言うかっ!つーか寂しくねぇって言ってんだろうが!」
「まぁまぁ、そんなにムキにならないの!もしアレなら皆が戻って来るまで私の家に来ればいいからさ!」
「は、はぁ!?ったく、お前は何を言い出すのかと思えば……そういうのは、親方が許可を出さなきゃ無理に決まってんだろ!」
「うん、だから大丈夫なんだよ?親父だって、九条さんがウチに遊びに来てくれたらすっごく喜ぶと思うしさ!どうかな?悪い提案じゃあないと思うんだけど?」
「い、いや……いきなりそう言われてもだな……」
コイツ、自分が年頃の娘だって自覚がないのか?そんな奴が居る所に泊まりに行くだなんて……どう考えてもヤバい事態になる予感しかしてこねぇぞ……!
「うふふ、大丈夫ですよジーナさん。九条さんの事なら僕に任せて下さい。」
「……は?」
「えーっと……イリスちゃん、それってどういう事かな?」
「どういう事も何もそのままの意味ですよ。九条さんが寂しい思いをしなくても済む様に、皆さんが戻るまでは僕がお世話をさせてもらいますから。」
「はっ、へっ!?」
イリスが特大級の爆弾をいきなり落としてきたその直後、ガタガタッと馬車の中が激しく揺れ始めた!
「ちょ、ちょっとイリス!?君は一体何を言い出しているんだい!?」
「そ、そうですよ!九条さんのお世話だなんて……い、いけませんからね!」
「おぉ!恥ずかしそうに顔を赤らめるルゥナ先生の表情!頂きました!」
「……やれやれ、貴様はどの様な状況になってもブレない奴だ。それよりもイリス、面白半分に場を混乱させる様な発言は慎んでもらおうか。我としてもこの様な騒動に巻き込まれるのは本意ではないのでな。」
「うふふ、申し訳ありませんクリフ先輩。でも、僕は自分のやりたい事を正直に口にしただけですよ。皆さんが戻るまでの間、食事や洗濯等のお手伝いをしたいと。」
「「……えっ?」」
「僕がしたいお世話とはそういう事だったんですが……エルア先輩とルゥナ先生は、何を思い浮かべていたんですか?」
「あっ、いや!そ、それはそのう……」
「う、うぅ……で、ですから……」
「……うふふ、無理に聞き出そうとは思っていませんから安心して下さい。ですが、九条さんが望んでくれるなら……僕としては構いませんよ?」
「っ!」
「く、九条さん!」
「ちょっ、そんなに睨みつけられなくても分かってますよ!つーかイリスっ!お前、俺をからかって楽しんでるだろ!?」
「さぁ、それはどうでしょうか?うふふふ……」
「わ、笑い事じゃねぇんだっての……」
クスクスと微笑んでいるイリスがかき乱した馬車の中に落ち着きが戻って来てからしばらくした後、俺達はこれまでの流れを断ち切る為に他愛もない雑談と思い出話に花を咲かせる事にするのだった。
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