第488話

 さっき上がってきた階段は人形が邪魔をしているせいで使えないので反対側にあるもう1つの階段に向かって行った……しかし……!


「チッ!どうやら下の階から別の人形共が上がって来てるみてぇだな。」


「クソっ!マジでどうなってんだよ……!仕方ない、上の階に行くぞ!」


 気絶した人間を抱えて戦闘が出来るはずも無く、どう考えてもダメな選択肢を選ぶ事になっちまった俺はヤン子の返事も聞かずに急いで階段を駆け上がって行った!


 ……それからしばらくして何とか職員室まで辿り着く事が出来た俺は、抱えていたルゥナさんをそっと地面に下ろすと荒くなった呼吸を整えようとするのだった。


「ハッ、あの程度の運動でもうバテてんのかよ?情けねぇ奴だなぁオイ。」


「う、うるへぇ……!軽いとは言え……人を抱えて階段を全力疾走してんだぞ……!少しぐらい……俺を褒めたりしたらどうなんだ……!」


「ハァ?どうしてオレがそんな真似をしないといけねぇんだよ?」


「ぐっ……!……もう良い……とりあえずちょっとだけ休ませてくれ……」


 職員用の机に体を預けて何度か深呼吸を繰り返した俺は、この異常事態を知らせる為に意識を少しずつ集中させていき……


(マホ、ロイド、ソフィ、緊急事態が発生した。そっちは大丈夫か?…………アレ?おい、俺の声が聞こえてるか?………いやいや、ちょっと待ってくれよ……!)


 まさかの事態に焦りながら皆に何度も呼びかけ続けたが、俺の声が届く気配は一切無く頭の中には最悪の想像が……って、流石にそれは考えすぎじゃかなろうか。


 もし仮にあいつ等が人形達に襲われたんだとしてもヤン子が軽々しく吹っ飛ばせる様なザコにあの2人が後れを取るとも思えないし、他の連中にしても実力が確かな奴ばっかりだからきっと無事なはずだもんな!………信じてるぞ、皆。


「オイ、何時まで休憩してるつもりだよ。」


「あ、あぁ悪い。もう大丈夫だ……とは言え、これからどうしたら良いのかが悩み所ではあるんだけどな。気絶したルゥナさんを抱えた状況で人形から逃げられるのかが分からねぇし……」


 ため息を零すついでに乾いていた喉を潤そうと思い小指を口に含んだ俺は、魔法の水を出そうとしたんだが……ん?


「チッ、それならオレが囮になってやるよ。」


「はっ?囮?」


「あぁ、人形共がオレに注目している間にテメェはルゥナ先生を連れて逃げやがれ。あの程度ならどれだけ集まろうが問題なく」


「アホかバカタレ。そんな事が出来る訳ねぇだろうが。」


「……アァ?今なんつった?」


「聞こえなかったか?アホかバカタレっつったんだよ。」


「んだとっ!?」


「っ!」


 ヤン子は勢いよく俺の胸倉を掴んでもたれ掛かっていた机に俺の体をぶつけると、鋭い眼光で俺の目をジッと睨みつけてきた。


「それじゃあ何だ?テメェがオレの代わりに囮になるとでも言いやがるのかよ?」


「冗談じゃねぇ、そんなバカな真似を俺がする訳ねぇだろうが。」


「それじゃあどうするってんだよ!あの数を相手にルゥナ先生を守り抜くには無理だってテメェが言ったんだぞ!それならどっちかが囮になるしかねぇだろうが……!」


「人の話はちゃんと聞け。逃げられるか分からないって言っただけで護るのが無理だなんて言ってないわ。」


「そんなのどっちも似た様なもんだろうが!何にしたって逃げられないってんなら、せめてルゥナ先生だけでも無事に……!」


「……それでお前を囮にしようもんなら俺がルゥナさんに怒られちまうじゃねぇか。それにだっ!」


「っ!?な、何を……」


「こういう時は、人生経験が豊富で頼りがいのある大人に任せとけって……なっ?」


「っ……」


 ヤン子は薄暗い闇の中でも分かるぐらい大きく目を見開くと……俺の胸倉を掴んでいた手を少しずつ緩めていって……俺からゆっくりと離れていくのだった。


「……さてと、あの人形達がここに来るまでそんなに時間も無いだろうからさっさと全員が助かる方法を考えちまわねぇとな。いやはや、マジでどうしたもんか……」


「………なんで………」


「ん?」


 ポツリと……ヤン子が何かを呟いた気がしたので顔をそっちの方に向けてみると、何故だか戸惑っている様な……怯えた様な表情を浮かべる彼女と目が合って……


「なんで……オレなんか助けようって思えんだよ……?理不尽に喧嘩を売られて……今までだって散々……それなのに……どうして……」


「……確かにどうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだって思ったりもした。けど、それと今回の事は別問題だ。俺はお前を助けたい。ただそれだけだよ。」


「っ……!意味……分かんねぇよ……」


「はっはっは、意味なんて考える必要はねぇよ。俺は自分がそうしたいと思ったからそうするだけだからな。つまり、お前と一緒って事だな。」


「……バッカじゃねぇの……」


「あぁ、よく言われるよ……さて、そんじゃあ行くとしますかね。フィオ、悪いけどルゥナさんを抱えて俺の後を付いて来てくれるか。」


「か、軽々しくオレの名前を呼ぶんじゃねぇ!……そんで、何処に行くんだ?まさか人形共から逃げる方法でも思いついたのかよ?」


「いや、そっちの方は何にも思いつかん。」


「ハァ?それじゃあどうすんだよ?」


「そんなの決まってんだろ?……この騒動の元凶を突き止める。」


「なっ!?そ、そんな事が出来んのかよ……?」


「おう、俺はこういった理不尽な目に何度も遭ってきてるからな。任せとけ。」


「……その台詞、オレとしてはかなり不安感を煽られるんだけどな。」


「大丈夫だって、ここは人生経験が豊富な俺に頼っとけ。ほら、人形がこの階に来る前にとっとと行くぞ。」


 潜んでいた机の影から移動して扉に耳を当てて廊下の様子を探ってみた俺は、まだ人形が来ていない事を確認するとフィオと足音を立てない様に歩き始めるのだった。

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