第436話
今から数百年近く前、王都や大きな街々がまだ小さな村の集まりだった頃の話……偶然なのか必然なのか分からないがクアウォートの守護神とノルウィンドの守護神が知り合いになるというイベントが発生したらしい。
そして2人の神様は時たま顔を合わせては自分の為に祈りを捧げてくれてる信者をどうすればもっと幸せに出来るのか、どんな加護を授ければ良いのかなんて事をよく話し合っていたそうだ。
そんなある日の事、クアウォートの守護神……つまりレミが、自分が守護している村が発展してきたから遊びに来てみたらどうだ言ってノルウィンドの守護神を誘って来たらしい。
最初の内は距離も遠いからと断っていたそうなんだが、顔を合わせる度に誘われるもんだから仕方なく遊びに行く事を決意したそうだ。
そして数日を掛けてどうにかこうにかクアウォートまで足を運んだノルウィンドの守護神を待っていたのは……レミの自由奔放さに振り回される毎日だった……
例えば海を荒らしている巨大モンスターを何十匹も討伐させられたり……海水浴に来たかと思ったら城に案内すると言われて海中に引きずり込まれて溺れかけたり……その他にも幾つか例を挙げてもらったんだが、それらもまぁかなり酷いもんで……
遠路はるばるやって来てそんな仕打ちをされたノルウィンドの守護神は、去り際にレミとこんなやり取りをしたそうだ……
「ねぇ、今度はアタシの所にも遊びに来てくれないかしら。」
「うむ!それでは近い内に寄らせてもらおう!」
「えぇ、待っているわ……」
心の奥底で同じ目に遭わせてやると誓いながら満面の笑みを浮かべてレミと別れたノルウィンドの守護神は、約束が果たされる日を待ち続けていたらしいんだが……
何年……何十年……何百年と過ぎてもレミがやって来る事はなく……幾星霜ぶりに再会したと思ったら、自分の事を忘れていた事が発覚して…………うん…………
「この度は!ウチのレミがとんだご迷惑をお掛けしてしまって!本当に申し訳ございませんでしたああああああああああああ!!!!!!」
「ぐ、ぐぬぅ!な、何故じゃ九条!どうしてわしがお主と一緒に土下座をしなければならんのじゃっ!?」
「やかましい!ゴチャゴチャ言ってないで頭を下げるんだよ!そして謝れ!この方に対して心の底から詫びるんだよ!さぁ!ごめんなさいと言いなさい!!」
「いや、待ってくれぬか?!何故わしが悪い事になっておる!もしかしたらそやつが言っていた事こそが間違っている可能性があるかもしれんではないか!」
「お黙りなさい!全くもうアンタって子は本当に……!ほら!手本を見せてやるから同じ様に謝り倒せ!本当に、申し訳ございませんでしたあああああああ!!!!!」
「あいたたたた!!や、やめんか!頭を押さえつけてくるでないわ!」
「ちょ、ちょっと!そんな風に額を床にこすり付けながら謝られても!それにほら、今回はアタシもこの子に迷惑を掛けて悪かったって言うか……あぁもう!誰でも良いからを止めてちょうだい!流石に心が痛くなってくるんだけど!?って、アンタ達はどうしてアタシに向かって頭を下げて来てるのよ!?」
「……すまなかった。レミが迷惑を掛けてしまったね。」
「……レミが約束を破ってごめんなさい。」
「この度は、レミ様が失礼致しましたわ。」
「す、すみませんでした!」
「ま、待って!アンタ達まで一緒になって謝らないでよ!」
「……お姉様、とりあえずこの場を収めましょうか。」
「えぇ、そうしましょうか……」
困った様な表情を浮かべていたアリシアさんとシアンのおかげでどうにかこうにか冷静さを取り戻した俺達は、互いに顔を見合わせながら非常に気まずい時間を過ごす事になった訳で……
「あー……そのじゃな……ノルウィンドの守護神よ、わしの身勝手さのせいでお主に迷惑を掛けてしまい本当に申し訳なかった……そして約束を交わしたにも関わらず、ソレを果たさなかった事も……すまなかった……」
「……アタシの方も怒りに身を任せてアンタ達の仲間を傷つける様な真似をして……その、本当に悪かったわね。」
「いえ、最初は驚きましたが怪我はしていませんし……もう気にしていませんよ。」
「……ありがとう。そして……ごめんなさい。」
深々と頭を下げてアリシアさんに謝罪をしたノルウィンドの守護神が姿勢を戻すと張り詰めていた部屋の空気が少しずつ柔らかくなり始めて……
「ふふっ、これで問題は解決したって事で良いのかな。」
「えぇ、一時はどうなる事かと思いましたが……どうにかなりましたわね。」
「皆さん……お姉様の為にありがとうございました。」
「いやいや、当然の事をしたまでの事じゃよ!」
「ったく、調子に乗んなっ!」
「あいたっ!……九条よ、わしの頭にチョップをするとは何事じゃ。」
「やかましいわ。そもそもはお前が原因だろうが。シッカリ反省しろってんだ。」
「むぅ……ソレを言われてしまうと何とも……ぐぬぬ……」
「……ぷっ……あはは……!アンタ達って、本当におかしな奴らね。」
「おや、そうかい?あんまり自覚は無いんだが……あっ、そう言えば自己紹介がまだ済んでいなかったね。」
「……自己紹介?」
「うん、折角こうして知り合えたんだ。互いに名乗り合おうじゃないか。」
「……悪いわね、期待に応えてあげたいんだけどアタシは神様だから名乗るべき名が存在してないのよね。」
「……どうして?」
「どうしてて……そんなの、アタシが神様だからに決まってるでしょ。」
「……そう言えば、わしの名もお主が決めてくれたんじゃったな。」
「へぇ、そうなの?」
「あっ、いや、まぁ……そう……だったか?」
(確かレミさんの名前の由来は、綺麗な海!でしたよね?ご主人様にしてはとっても良い感じですよね!)
(……こっ恥ずかしいからわざわざ思い出させなんな……つーか、この流れは……)
全員に注目されて思わず冷や汗が流れ出しそうになっていると、白髪少女の神様がこっちに近寄って来て腰に手を当てながら俺の事を見上げてきて……
「ちょっとアンタ、何でも良いからアタシにも名前を付けてちょうだい。」
「そ…う……言われましてもですね……急にはその……思いつかないと言うか……」
「別におかしな名前じゃなければ何でも良いわよ。まぁ、あまりにもだったら覚悟はしてもらうけどね?ほら、さっさとしなさいよ。」
「え、えぇ~………」
な、何なんだこの傍若無人な神様は………さっきまでのシュンとした態度は何処へ消えたんだ?ってか、名前?マジでどうしよう……ノルウィンドの守護神だから……ノル?ウィンド?いや、それはダメだって俺でも分かる……だが……う~ん………
「ちょっと、何時まで悩んでいるつもり?このままじゃ陽が暮れちゃうわよ。」
「……………………ユキ………なんて、どうでしょう……か?」
「……ユキ?」
「は、はい……ノルウィンドは雪が特徴的な街なんで……」
(ご、ご主人様……それは安直すぎるのでは……)
(う、うぅ……しょうがねぇだろ……頑張ってもコレが限界だったんだよ……)
「………うん、じゃあユキで良いわ。」
「………へっ?」
「……何よその顔は?文句でもあるって言うの?」
「い、いや!そうじゃないけど……本当に良いのか?」
「えぇ、別に構わないわよ。これといって名前にこだわりなんて無いからね。」
「そ、そうか……それじゃあ……自己紹介をしてくとするか……」
「あぁ、それではまず私から……」
まさか採用されるとは思わず戸惑いながらも自己紹介を終えた俺達は、部屋の中に夕陽が差し込んできている事に気が付いた。
「おっと、もうそんな時間になっていたのか。やはり春が近づいて来ているとは言え陽が暮れるのが早いね。」
「そうね……アンタ達、もう帰るんでしょ。迷惑を掛けたお詫びと言ったら何だけど外まで見送らせてちょうだい。」
「……ユキはどうするの?」
「アタシ?別にどうもしないわ。またこの城でのんびり過ごすだけよ。」
「ふむ……のうユキ、わし達と一緒に来ぬか?」
「…………はっ?アンタ、急に何を言って……」
「どうせこの城にずっと居てもやる事なんぞありはしないんじゃろ?」
「そ、それはそうだけど……でも、他に行く所なんて無いし……」
「おーっほっほっほ!それでしたらユキ様、私の自宅にいらっしゃいませんか?」
「えっ?いや、いらっしゃいませんかって言われても……初めて会ったばかりなのに迷惑を掛ける訳には……」
「そんな、ご遠慮はなさらないで下さい!ユキ様が来て下されば、お父様とお母様も喜ぶと思いますわ!さぁさぁ、どうか私とご一緒に!」
「な、何?アンタ、ちょっと怖いんだけど……」
(……ご主人様、リリアさんの考えが透けて見える気がするんですが。)
(……うん、俺もだよ。)
親切心もあるんだろうが、恐らくアレは……ユキという神様を利用してロイドとの縁をより強固な物にしようという……いや、そんな訳ないか!あっはっはっは!
「いかがですかユキ様!是非!私と共に!」
「………ほ、本当に………良いの?」
「えぇ!!勿論ですわ!!」
「……そ、それじゃあ……お言葉に………甘えようかしら………」
「はい!どうぞどうぞ!思う存分に甘えて下さい!あっ、ロイド様!神様とご一緒に住む為の助言などを頂きたいので後でご相談したいのですが!!」
「ふふっ、分かった。それではまた後でね。」
「はぁい!」
「う、うぅ……私も名乗りをあげていれば……で、でもお父さんとお母さんに断りもしないままで勝手に決める訳にも………はぁ~……」
「……ねぇ、この子達はアタシを使って何をしようとしてるの?」
「……まぁ、害は無いから大丈夫だと思うぞ。」
「………アタシ、やっぱり城に残ろうかしら。」
「おーっほっほっほ!おーっほっほっほっほ!」
リリアさんの高笑いが響き渡る中、色々な意味で事情を察した俺は全身から疲れがドッと溢れ出してきて深々とため息を零すのだった……
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