第388話

 右腕を失い、黒い甲冑が振り下ろした刃に斬り付けられてしまった九条透は大量の血を流しながら地面に倒れていった。


「……………」


 草木が風に揺れる音しか聞こえなくなった静寂の中、黒い甲冑はおもむろに右手を伸ばして九条透の首元を掴んで持ち上げると頭部を動かしてトリアルの街がある方に顔を向けた。


「……………」


 そして九条透の真下に作り上げられていた血溜まりを重々しい足取りで踏み越えて行くと、月明かりも届かない鬱蒼とした森の方にゆっくり進み始めた……その刹那、黒き甲冑と九条透の間に銀色の光が一瞬にして通り抜けて行った。


「はっ!」


 短く息を吐く声がしたのと同時にバシャンと水の弾ける様な音が森中に響き渡った直後の事、黒き甲冑は遺跡の方へ吹き飛んでいて九条透は重力に従って落下していき地面に再び地面の上に体を投げ出すのだった。


 そんな1人と1体の間に姿を現したのは、全身に傷を負いながら刀を手にしている綺麗な青髪の女性だった。


「ふぅ、この姿になるのは何百年ぶりかのう……しかし、刀を振るうのなら身の丈に合った姿にならねばならんからなぁ!はっはっはっは!」


 青髪の女性は刀で肩をトントンと叩きながら高笑いをあげると、蒸発する様な音をさせて膝をついている黒い甲冑に対して剣先を向けるとニヤリと笑みを浮かべた。


「どうじゃ?わしが丹精込めて練り上げた聖水の味は!まともに食らったから身動きするのも難しいじゃろう!大方、復活するのに必要な道具を手に入れたから油断しておったのだろう!このマヌケが!しばらくそこで大人しくしておると良いわ!」


「……!………!……!」


 のたうち回る様に体を動かそうとしている黒い甲冑から目線を逸らした後ろを見た青髪の女性は、地面で動かなくなっている九条透を真剣な眼差しで見下ろしていた。


(マズいな、出血が激しすぎる。このままでは1分もしない内に九条は……しかし、こやつを生かそうとすればその間に奴は自由を取り戻してしまうじゃろう……結局、最後に待っておるのは死の運命……それならば、九条を見捨て勝機が残っている間に奴を斬ってしまうのが得策か……………)


 青髪の女性は心の中でそんな事を考えながら首を左右に振ると……落ちている黒い甲冑の右腕に刀を突き刺して静かに九条透の隣にしゃがみ込んだ。


 そして頬を撫でながら優しく微笑みかけると、首元にぶら下がっている血まみれのネックレスに重ねる様にしてそっと手を置いた。


「ふっ、どうやらわしもお主の色に染められてしまったみたいじゃのう……分が悪い賭けじゃと言うのに……わしの全てを……託してみたくなってしまったわい……!」


 ネックレスに付いている黒い宝石を強く握りしめた青髪の女性がそう告げた瞬間、透明な水が何処からともなく出現して九条透の全身を覆い始めた。


 そしてその直後、遺跡の方から人とも獣とも違う雄叫びの様な音が響き渡ってきて青髪の女性は苦悶の表情を浮かべながら勢いよく黒い甲冑に視線を向けた。


「痛いかっ!苦しいかっ!それがお主が皆に与えてきた地獄じゃ!たっぷり味わってみるがいい!」


「!!……!!!!…………!!!」


「あぁその通りじゃ!お主が人々から奪い取った浄化しながらわしの力と共に九条の中へと流し込んでおるわ!」


 大声でそう叫びながら青髪の女性が更にネックレスを握り締める手に力を込めと、九条透を覆っている水がぶくぶくと沸騰する様な動きをしてきた。


(ぐっ!もう少し耐えるんじゃぞ!さすればきっと……!)


「!?……!!!!…………?!?!!!」


「ハッ!確かに九条を見捨てお主を斬る事も考えたわ!じゃが、それでは時間稼ぎにしかならん!なんせ、神に神は殺せんからな!それ…に……じゃっ!」


 全身から大量の汗を垂れ流しながら歯を食いしばっていた青髪の女性は黒い甲冑を不敵な笑みを浮かべながら睨みつけた。


「九条はお主をぶった斬る為にやって来たと言うのに……!その役目をわしが横から奪ってしまっては無粋というものじゃろうが……っ!」


 青髪の女性が振り絞る様な声でそう告げた直後、立ち上がった黒い甲冑が雄叫びをあげながら魔方陣を出現させるとソコから黒い電撃を幾つも射出していった。


 そして恐るべき速さで飛んで行った黒い電撃が動けずにいた2人まで届いた刹那、大量の土埃が舞い上がって青髪の女性と九条透の姿を覆い隠してしまい……………


「…………アホが………お主はいつも………起きるのが遅いんじゃよ………」


「悪い、迷惑かけてな………レミ。」


 突然の激しい風が広場を吹き抜けていき宙を舞っていた土埃を何処かに運び去った次の瞬間……そこに居たのは……失われたはずの右手で刀を手にした青い瞳の………


「後は……任せたぞ…………九条………」


「あぁ、分かってる………さぁ、第二ラウンドの始まりだクソ野郎!」

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