第375話

「ご当主様、ロイド様と九条様をお連れ致しました。」


「うむ、ご苦労だった。それでは仕事に戻ってくれるか。」


「かしこまりました。失礼致します。」


 深々とお辞儀をしてから静かに執務室を出て行ったメイドさんを見送った俺達は、改めて沢山の書類が置かれた机の奥に座っているエリオさんとその隣で微笑んでいるカレンさんの方へ歩み寄って行くのだった


「うふふ、お帰りなさいロイドちゃん。それとお久しぶりですね九条さん。あれからお変わりありませんでしたか?」


「はい、そちらもお変わり無い様で何よりです。あっ、もし良かったらコレを……」


「あら、ありがとうございます。」


「カレンよ!その紙袋の中に入っているお菓子はとっても美味しいぞ!紅茶にもよく合うからすぐに用意をするべきだと思うんじゃが!」


「まぁそうなんですか?では、少々お待ち下さいね。」


「ありがとうございます九条さん。甘い物が欲しかった所なので助かりました。」


「いえいえ……って言うかレミ、ちょっとは遠慮ってものを覚えなさいっての。」


「はっはっは!遠慮なんぞ神であるわしとは無縁の言葉じゃ!それにこうして貢物を捧げておれば、いずれ幸運が舞い込んでくるやもしれんぞ?」


「はぁ……そこはせめて断定してくれよ……いやそれよりも、本日は突然お伺いしてしまってすみませんでした。お仕事のお邪魔ではありませんでしたか?」


「お邪魔だなんてとんでもありませんよ。ロイドと九条さんが来る事を迷惑だなんて思ったりはしませんからね。」


「うふふ、エリオさんの言う通りです。ですが、今日はどういったご用件でこちらにいらっしゃったんですか?」


「えっと、それなんですが……」


 カレンさんに小首を傾げられながらそう尋ねられた俺達がここに至るまでの経緯を事細かに説明していくと、彼らは次第に表情を険しくしていって……


「なるほど、街の方でもロイドが結婚するという話が………」


「街の方でも……それはつまり、他の所でも噂として上がっているという事かな。」


「えぇ……貴方達も既に知っている事だとは思うんだけど、貴族の間でもそんな噂が広まってきているのよねぇ……」


「ふむ、リリアやライルから話を聞いた時からもしやとは思ってはいたけれどやはりそんな事になっていたのか……父さん、誰がそんな噂を広めたのかは分かっているんだろう?その情報、もし良ければ私達にも教えてはくれないだろうか。」


 真剣な眼差しで見つめながらロイドがそう言うと、エリオさんは何も言わず頷いて机の上にあった一枚の紙を手に取った。


「……ロイドとの結婚を噂されている者の名は『リーパー・アレクシス』。王都でも有名なアレクシス家の長男で年齢は25歳。人当たりが良く様々な者達から慕われていて文学や武術にも秀でている素晴らしい人物の様だな。」


「な、なるほど……色々と凄そうな人だってのは分かりました……」


「そんな人が私と結婚するかもとしれないと言い広めているのかい?」


「こちらで調べた所によるとそうみたいだな。」


「ほほぅ、良かったではないかロイド!そんな男、滅多に居るものではないぞ!」


「まぁ、確かにそうなのかもしれないけれどね。まだ会った事も無い相手を捕まえて結婚するかもと誰彼構わず言って回るのは感心はしないかな。」


「うんうん、ロイドちゃんの言う通りよね!こういうのはお互いをもっと知ってからじゃないとダメよね!九条さんもそう思いませんか?!」


「ま、まぁそうですかね……はははっ……でも、本当に会った事も無いのか?ほら、貴族が集まるパーティーの会場とかでさ。」


「……残念だが記憶には無いね。そもそも私はそういった場所にはあまり行ったりはしないから。」


「そうか……だとしたらマジで分からんな。どうしてお前と結婚なんだ?」


「それなんですが……リーパー・アレクシスには気になる情報があるんですよ。」


「おや、そうなのかい?どんな情報なのか教えてくれ、父さん。」


「うむ、だがその前に……2人は以前この屋敷を襲った者達の事について覚えているだろうか。」


「へっ?あぁはい……確かエリオさんに悪事を暴かれて、逆恨み襲って来た連中……でしたよね?」


「ふふっ、懐かしいね。あの時はシーナが人質に取られてしまい、彼女を助ける為に九条さんが1人で無茶をしてマホに怒られたんだよね。」


「なんじゃ、お主は昔からそんな事ばかりしておるのか?成長せん男じゃのう。」


「う、うるさいわい!そ、それよりもエリオさん。どうしてそんな話を?」


 俺がそう聞くとエリオさんは手に持っていた紙を机に上に戻すと、両手を顔の前で組んで眉をひそめだして……?


「……実はリーパー・アレクシスなんですが、屋敷の襲撃を企てた者と裏で繋がっていた可能性があるんです。」


「は……はぁっ!?そ、それって本当なんですか?!」


「まだ確証がある訳ではなく、あくまでも可能性の話でしかありません……しかし、コレが本当だとするとロイドとの噂を広めている裏にも何かが……」


「……父さん、リーパー・アレクシスは近い内にこの街にやって来るんだろう?一体何が目的なのか分からないのかい?」


「あぁ、色々と手を尽くしてはいるんだがな……すまない。」


「いや、謝る必要は無いよ。だけどそうか……あの者達とね……」


「エリオさん、襲撃を企てた犯人から何か話は聞けないんですか?」


「それが、あの者は捕まった数日後に亡くなっているんです。」


「えっ!?そうだったんですか?」


「はい、隠し持っていたらしき毒を自ら口にして……そんな訳ですので、詳しい事は闇に葬られてしまって……」


「………」


 まさかそんな事になってたとは……おいおいちょっと待ってくれよ、何だか一気にきな臭くなってきたぞ……まさかとは思うが、またイベントが発生してんのか……?


 そんな不安を抱きながら部屋の中に重苦しい空気が充満していくのを感じているといきなりパンパンッ!と、手を叩く様な音が聞こえてきた。


「これこれ!分からん事で思い悩んでいても致し方あるまい!そんな事よりも、今はカレンが淹れてくれた紅茶を楽しみながら菓子をいただこうではないか!」


「……うふふ、それもそうですね。このままでは折角の紅茶が冷めてしまいますし、ロイドちゃんと九条さんもどうぞお飲みになって下さい。」


「あっ、どうも……はははっ、お前もたまには役に立つんだな。」


「むっ、たまにはとはどういう事じゃ!失礼な奴じゃな!天罰を与えるぞ!」


「ふふっ、それじゃあどんな天罰を与えるのか私と相談しようじゃないか。」


「アレッ?!そこは俺の味方をして助けてくれる所では!?」


「はっはっは、これは中々に愉快なお茶会になりそうだな。」


 レミのおかげで暖かい空気が流れる様になった執務室の中で、俺達はカレンさんの紅茶と買ってきた菓子をしばらく楽しむ事にするのだった。

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