第345話

 色々な意味で危険な目に遭ったがどうにかこうにか王都行きの馬車が出発する日を迎える事が出来た俺は、荷物を地面に置いて街並みを見渡しながらファントリアスで起こっていた事を思い出して搭乗時間が来るまで暇潰しをする事にした。


 まずは悪しき神を復活させようとした王様が居た魔王城についてだが、あの場所は警備隊の手によって封鎖される事が決定した。


 現在は街の職人に頼んでその為に必要な物を作って貰っている最中らしいが、近い内に完成する見込みらしいので期待しておこう。


 そして魔人種を狂わせてしまう鐘についてなんだが……アレは二度と鳴らない様にぶっ壊す事が決まった……って言うか、もう木っ端みじんになったらしい。


 何でも事件が収まった翌日にローザさんが警備隊の方達を連れて城に足を運んで、掛け声と共に魔法を使って爆破したらしい………うん、やっぱりあの人は凄いね。


 まぁそれは置いといて事件を引き起こした犯人……ジョッシュについてなんだが、氷漬けにされたアイツの亡骸はドクターが引き取ったらしい。


 突然居なくなった事に関しては自分の夢を追う為にドクターの元を離れてこの街を出て行ったって事にしたらしいが……それ以上の事は深く追求するつもりもないので詳しくは知らん。


 そんなこんながありながら日々を過ごしていた俺は、この街に住む魔人種と人間の関係性にちょっとした不安を感じたりもしていたんだが……それについては心配するだけ無駄だという事がよく分かった。


 何故ならこの街に暮らしている人達は事件の前と変わってないみたいだからな……だから余所者である俺が気にする必要はないって訳だ!


「……おじさん?さっきからボーっとしてますがどうかしたんですか?もしかして、まだ眠たいんですか?」


「いやいや、そうじゃなくてだな……ただちょっと、ファントリアスを離れる前に色々と思い出していただけだ。」


「あぁ、なるほどそういう事でしたか……でもまぁ、その気持ちはよくわかります。本当に色々とありましたからねぇ……」


「だよなぁ……ってそう言えば、レミに聞きたい事があるんだった。」


「ん?どうしたんじゃいきなり。」


「ほら、この旅行に来る前にお前を連れて来た方が良いみたいな事を言ってただろ?でもさぁ……そう思える様なひとっつも無かった気がするんだが。」


「なっ、なんじゃとこの無礼者!わしがおったからこそ、街の被害を最小限に抑える事が出来たと言うのに!」


「えっ、そうなのか?」


「そうじゃぞ!わしがドクターから預かった薬を増幅させてソレを雨にして街全体に降らせたからこそ、誰一人として死者が出ずに済んだんじゃ!その功績を知らぬとは何事じゃ!」


「ちょっ、お、怒るなって!悪い、悪かった!お前がそんな事をしてるなんて思いもしなかったんだよ!あ、謝るから!なっ?」


「その程度の謝罪ではダメじゃ!罰として、お主は王都でわしが欲しいと言った物を全て買うんじゃ!そうしなければ許さん!」


「あっ、いや、何でもかんでも買うって訳に……わ、分かった!買う!必ず買うからその禍々しいオーラをすぐに消してくれ!」


「おやおや、九条さんが天罰を与えられそうになっているね。」


「……今回はしょうがない。」


「ですね……って、あっ!皆さん、あっちの方を見て下さいよ!」


 味方してくれる仲間が居なかった事にほんの少しショックを受けていると、マホが興奮した様子で大通りの方を指差した。


 プンスカ怒っているレミをなだめながらそっちに目を向けてみると、リザードさん一家とドクターが揃って姿を現して俺達の方に歩み寄って来た!?


「うふふ、おはようございます皆さん。見送りに来させていただきました。」


「すみません……あんな事があった後でどうなのかとは思ったんですが……」


「あぁいや!そんな申し訳なさそうにしないで下さい!先日の事は皆さんがしたくてした事じゃないって分かってますから!」


「そうですよ!皆さんがとっても良い人達だって知ってますから!」


「あ、ありがとうございます……そう言って頂けると、本当に嬉しいです。」


「ふふっ、私達は当然の事を言っているだけだよ。」


「うん、見送りに来てくれてありがとう。」


「はっはっは!そういう事じゃから、そんなに気にするでない!」


「……おこってない?」


「勿論ですよ!だってそうする理由なんて1個も無いんですからね!」


「……えへへ!おねえちゃん、だいすき!」


「はい!私も大好きですよ!ぎゅー!」


「あらあら、何とも仲睦まじい関係ね……九条さん、もしよろしければ私達も……」


「絶対にお断りします!」


「んもう、そんな風に言わなくても良いじゃない。これでも私、抱きしめ心地は良い体をしていると思うけれど?」


「そっ、れは……まぁ、否定はしませんが……」


 た、確かにドクターはナイスバディと言っても差し支えないぐらいの体つきをしているからメチャクチャそそられる誘いではあるんだが……それを受け入れたら最後、またまた危機的状況に追い込まれそうなっ!?


「んにゃ!?にゃ、にゃにを!?」


「うふふ、九条さんから来ないから私のほうから……ねっ?」


「はっ、ひゃう!?み、耳に息が……!?」


 そ、それになんか柔らかい物が……こ、こう!?あっ、なんかもう……考える事が面倒になって……‥…ハッ!?


「……うふふふ、随分と嬉しそうですねぇ……おじさん?」


「そ、そんな事は無いぞ!ドクター、お願いですから離れて下さい!」


「あら、もう少しぐらい堪能たんのうさせてくれても……あぁん!強引なんだから。」


「はぁ……はぁ………」


 無理やりドクターを引き剥がしてた俺は荒くなった呼吸を落ち着ける為に深呼吸を繰り返しながら、マホに視線を送ったんだが……


「そりゃドクターと比べたら私なんて子供ですけど……だからってそんなにデレデレする必要なんて無いと思うんですけど……」


「マ、マホ?」


「……ふんっ!」


「マ、マホさん!?」


「うわぁー!まま、これがしゅらばってやつなんだね!」


「こ、こら!どこでそんな言葉を覚えたの!」


「ドクター……何度も言いますけど、娘の前でそういう事は……」


「あら、ごめんなさいね。つい我慢が出来なくなっちゃって……」


 そんなやり取りを聞きながら腕を組みながら目を合わせてくれないマホにどうにか許して貰うとしていると、このタイミングで御者さんがベルを鳴らしやがった!


「王都行きの馬車にご乗車の皆さんはこちらにお集まりくださーい!もう間もなく、出発の時刻となりまーす!」


「こ、こんな時にぃ……!なぁマホ、頼むから機嫌をなおしてくれよ、なっ?」


「別にぃ……機嫌なんて悪くなってませんぃ……でもどうしてもって言うんなら‥…私もレミさんと同じ様に……」


「わ、分かった!王都で何でも買ってやる!……出来れば、財布に優しくあってくれとは思うけど……が、頑張らせて頂きます!」


「……そういう事なら早く馬車に乗りましょうか!」


「えっ、はっ!?」


「おやおや、どうやらマホにもてあそばれていたみたいだね。」


「うふふ、あの子のは大物になりそうね。」


「それか九条がちょろいだけの様な気もするがのう。」


「ぐっ、い、言い返せねぇ……!」


 一瞬でケロッとした表情に切り替わったマホに若干の恐ろしさを感じた俺は、顔を引きつらせながら地面に置いていた荷物を持ち上げた。


「えっと……皆さん、本当にお元気で。またお会い出来る日を楽しみにしています。道中、お気を付けて。」


「皆さん、色々とお世話になりました。」


「おねえちゃん!おじちゃん!またね!こんど、おてがみをおくるね!」


「はい!そうしたらお返事を書きますね!」


「ふふっ、クラリスからの手紙……心待ちにしているよ。」


「うふふ、それじゃあまたね。今度、九条さんのお家の遊びにいっちゃうわね。」


「……その時は、事前に手紙を寄こして下さいね。」


「……えぇ、必ず。」


「ふっふっふ、九条を驚かせる為にいきなり来ても構わんぞ。」


「それはそれで楽しそう。」


「おいコラ、余計な事を言うんじゃない!」


「あらあら、それじゃあその方法も検討させてもらおうかしらね。」


「いや、それだけはマジで勘弁して下さいよ!?」


 ……そんな別れの言葉を最後にウィルさん、キャシーさん、クラリス、ドクターと別れた俺達は馬車に乗り込んでいくと、彼らに見送られながらファントリアスの街を後にするのだった。

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