第269話

「はむっ………んぐっ………いやぁ、久方ぶりに料理と言う物を口にしたが、まさかここまで美味しい物が食べられる時代になっておるとはのう!」


「おい、周りに人が居ないとはいえ不用心な発言は控えてくれよ。」


「おっ、すまんすまん!つい気分が高揚してしまってな!」


「ったく……それと言っておくけど、今日はお前のせいで予算にあんまり余裕が無いからガツガツと食いまくるんじゃねぇぞ。」


「はっはっは、分かっておるよ!……さて、それでは次の料理を頼むとするか!」


「ぜ、全然分かってねぇ!?」


「おじさん、お食事中はお静かにお願いします。」


「ふふっ、予算が足りなくても私達が何とかするから心配せずとも大丈夫だよ。」


「……そうならない事を祈らせてもらう。」


 とりあえず俺はもう注文しない様にしておくか………そんな事を考えながら椅子の背もたれに体を預けていると、ナプキンで口元を拭ったシアンが隣に座ってたレミを小首を傾げながら見つめ始めた。


「レミさん、さっき久方ぶりにって言っていましたけど……こうやってお食事をするのって大体どれぐらいぶりになるんですか?」


「ふむ、そうじゃのう………おおよそじゃが、数百年ぶりと行った感じかのう。」


「えっ!?そ、そんなに長い間お食事をしなかったんですか?」


「あぁ、わしの様な存在は人々の様々な想いを糧にして生きておるからのう。」


「へぇ、やっぱ神様ってのは特殊なんだな。」


「まぁ、そうじゃな……っと、次の料理が来たみたいじゃな!」


 両手をすりすりと合わせながら従業員の方が運んできてくれた料理に目を奪われていたレミは、ナイフとフォーク持つと嬉しそうに食事を再開するのだった。


 その姿を見ながら頭の中で食事代の計算をおおまかにしていると、今度はシアンの隣に座っていたアリシアさんがレミに視線を送り出した。


「レミさん、私からも少々お尋ねしたい事があるのですがよろしいですか?」


「んぐっ……どうしたのじゃ?」


「レミさんはこの街を離れて九条さん達について行くおつもりなんですよね?」


「うむ、そのつもりじゃよ。」


「……それでは、この街の守護はどうなさるおつもりなんですか?」


「……あぁ、そう言えばレミさんはこの街を守護している神様でしたわね。」


「えぇ、その様なお方が街を離れたりしたら何か大きな問題が起きるのではないかと心配になりまして……」


「確かに……俺達について来たせいでクアウォートに迷惑を掛けるのは絶対にゴメンだからな。」


 不安の入り混じった俺達からの視線を受けたレミは、モグモグと口を動かして中に入っていた料理をゴクンと飲み込むとおかしそうに笑みを浮かべた。


「はっはっは!それは流石に考えすぎじゃよ。わしが街を離れてしまえば守護の力が多少は弱まるじゃろうが、その程度で滅びてしまうクアウォートではないわい。」


「って事は弱くなる事は確実なのかよ………」


「レミ、そうなった場合は街にどんな影響があるんだい?」


「そうじゃのう……とりあえずわしの宮殿に通じる道は消滅するじゃろうな。」


「道って……海中にあった光の輪の事か?」


「うむ。アレも守護で成り立っておる物じゃから、わしの力が及ばなくなれば消えて無くなっていくだけじゃ。」


「……要するに、クアウォートの観光地を1つ潰す事になる訳か。」


「それは……大丈夫なんですかね?」


「別に問題は無かろう。後の事はこの街の者達が何とかするじゃろうからな。」


「うわぁ、神様ったら流石ですねぇ……」


「はっはっは!そう褒めるでないわ!照れてしまうじゃろうが!」


「……うん、褒めてないからな。」


「……多分、それは分かった上であの反応なんだと思いますよ。」


 はぁ……神様ってのは勝手で困るわねぇ………なんて思いながらグラスに入ってる水を飲んだ俺は、ため息交じりに次の質問をぶつけてみる事にした。


「なぁレミ、クアウォートを離れたら守護が弱くなるってのは理解したがお前自身はどうなんだ?」


「む、わし自身じゃと?」


「あぁ、ここを離れるって事は信仰心がそんなに無い場所に行くって事になるだろ?そうなった場合、お前の神様としての力はどうなるんだ?」


「……それも弱くなるの?」


「ん……まぁ恐らく神としての力は恐らくじゃがかなり弱くなるじゃろう。」


「恐らくって………どうなるのか分からねぇのか?」


「わしもこの街から離れるのは初めての事じゃからのう。今は何とも言えんわ。」


「……レミさん、力が弱くなる事に不安や怖れといった気持ちは無いんですか?」


「ふむ……不安や怖れか……」


 心配そうな表情のアリシアさんにそう尋ねられたレミは静かに腕を組むと、小首を傾げながら唸り声を出し始めた……


「……今更こんな事を言うのもどうかと思うんだが、心の何処かで行きたくないって思ってるなら止めといた方が良いんじゃねぇのか?」


「そうですね……レミさん自身にも私達について来る理由がまだ分かってないみたいですし、それが判明してからでも遅くないのでは?」


「……いや、わしはお主達について行く。それはもう決めた事じゃ。」


「で、ですが……」


「はっはっは!確かに神としての力が弱まる事に少しの不安や恐れはあるが、わしの心の中にはそれ以上の好奇心があるのじゃよ!」


「……好奇心?」


「うむ!もっと美味しい物が食べたい、色々な場所に行ってみたいという想いがな!それに九条、お主と一緒じゃと退屈はしなさそうじゃからのう!」


「……レミにそう言われても微妙な感情しか出て来ねぇんだが。」


「おや、それはすまんかったのう!……さて、それではそろそろ次の料理を!」


「いや、ちょ、この流れでそれかよ!?」


 ……俺達の心配を他所に腹が膨れているのが見て分かるぐらい大量に飯を食いまくって満足そうな笑みを浮かべているレミと店を後にした俺達は、停車していた馬車の近くで別れを告げるとそれぞれの居場所へと戻って行くのだった。


 そして強い風が吹けば飛ぶ様な軽い財布を手にて綺麗な夜空を見上げながら一筋の雫を瞳から零した俺は、今度レミを連れて飯を食いに行く時は絶対に安い店にすると強く強く誓うのだった……!

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