第216話

 シーナの頼みを引き受けたり色々と必要な物を買い揃えたりしながら時間は過ごしクアウォートへの出発を控えた前日の夜、俺はリビングにバッグと沢山の荷物を並べ忘れ物をしてないか最後の確認をしようとしていた。


「よしっ、それじゃあ始めるとするか」


「……ご主人様、ご自分のお部屋でやられたらどうですか?」


「いやぁ、1人でやってると何か忘れそうで……ちょっと確認を手伝ってくれ。」


「はぁ……しょうがないご主人様ですねぇ。仕方ないから手伝ってあげますよ。」


「おう、頼んだ。それじゃあそこに持っていくリストがあるから読み上げてくれ。」


「はーい……それじゃあまず、数日分の着替えは用意してありますか?」


「えっと……ロイド、着替えは4、5日分あれば良いんだよな?」


「ん?……あぁ、それだけあれば問題ないよ。」


 ソファーに座っていたロイドは読んでいた本をそっと閉じて紅茶を静かに嗜むと、優雅に微笑みながらこっちに目を向けて……あらやだ、寝間着姿だからちょっとだけドキっとしたじゃない。


「はいはい、ロイドさんに見惚れてないでさっさと終わらせましょうね。」


「ばっ!見惚れてなんかないですから!そ、それより次を読み上げなさい!」


「もう、思春期の男の子じゃないんですから……まぁ良いですけど、次に必要なのは水着が数着です。どうですか?」


「あぁ、それも問題なくあるな。」


「なら良かったです。折角ご主人様に似合いそうな水着を皆で選んだのに、忘れられたら困りますからね。」


「海にまで行って水着が無いってんじゃ勿体ないしな……それでマホ、他に必要なのって財布だけだっけか?」


「あ、はい。後は財布とシーナさんから受け取った素材のリストですね。」


「……そう言えばそれもあったなぁ。」


 俺はため息を吐き出しながら近くに置いてあった紙を手に取ると、そこに書かれているリストを見ながら後頭部をガシガシと掻いた。


「ったく、バカンス行くってのに面倒な事を頼まれちまったなぁ……」


「まぁまぁ、そもそもはご主人様の迂闊な一言が原因なんですから文句を言わないで下さいよ。」


「そうは言うけどさぁ………まぁそこまで非常識な数って訳でも無いから、1、2日頑張れば何とかなるかねぇ。」


 床の上にあぐらの状態で座ったまま膝に肘を置いて頬杖をついて持ってた紙を放り投げる様にバッグの中に入れると、これまた静かに読書をしていたソフィがチラッと俺を見てきた。


「九条さん、私も手伝うから安心して。」


「……頼りにしてるよ。」


「うん。任せて。」


 どう考えたってモンスターが目当てですよね?……そう思ったけど口にはしない。だって頼りにしてるってのは事実だからな!……頑張れ、戦闘大好きっ子!


「ご主人様、これでバッグに入れる物は全部ですね?」


「あぁ、後は明日の朝にポーチとスマホと武器を忘れなければ問題ない。」


「分かりました。絶対に忘れないで下さいよ?特にスマホは!」


「はいはい、お前の為にも忘れたりなんかしないっての。」


 俺は立ち上がってパンパンに膨れて重くなってるバッグを手に取ると、リビングを出て自室に向かうと扉のすぐ横の所に置いてから戻って行った。


「ふぅ、これで明日の準備は万全だな。ロイド、明日の集合場所は正門の前で時間は8時で良いんだよな?」


「街から出る馬車が出発した後に集合するからね。」


「……そう言えばロイドさん、クアウォートの街には明後日到着する訳じゃあ無いんでしたよね?」


「そうだよ、明日は昼過ぎた辺りで立ち寄る予定になっているナレムの村に宿泊する予定になっているからね。」


「確かそこで宿泊しないでクアウォートの街に行こうとすると、到着するのが真夜中になっちまうんだっけ?」


「その通り。他にも村長さんから色々と困った事が無いかを聞いて、それを踏まえて色々と手を回さなきゃいけないからね。」


「はぁー……折角のバカンスなのにエリオさんも大変なんですねぇ。」


「ふふっ、まぁそんな訳だからクアウォートの街に到着するのは明後日の朝だね。」


「分かりました。」


 マホとロイドのやり取りを何気なく見ていたその時、視界の端に映っていた時計の長針が9時を指している事に気が付いた。


「もうこんな時間か……ちょっと早いけど、明日に備えてもう寝るとしますか。」


「ふむ、九条さんがそう言うなら私もそろそろ寝るとしようかな。」


「……私も寝る。」


「あっ、それじゃあ私も!」


「あぁ、そうした方が良いだろ。明日の朝、ワクワクしすぎて眠れませんでしたとか言って寝坊されても困るからな。」


「むぅ!そう言うご主人様こそ、私達の水着姿を妄想しすぎて眠れず起きれなかったとか止めて下さいよ!」


「は、はぁ?!いきなり何を言い出すんだお前は!?そんな事になる訳無いだろ!」


「どうだか!」


「あぁそういう態度をとるのか!分かったよ、そんじゃあ明日はマホより早起きしてやろうじゃないか!」


「それなら私だって早起きしてご主人様を叩き起こしてやりますよ!」


「おう!上等だ!」


「おやおや、意気込んで徹夜とかしないでくれよ。」


「……ついでに私も起こしてくれると助かる。」


 旅行が間近に迫っているせいで変なテンションになっている様な気がしなくもないまま歯を磨いてトイレを済ませ自室に戻った俺は、部屋の明かりを消してそそくさとベッドに潜り込むのだった!


 ったく、なーにが水着姿に興奮してだよ!俺を幾つだと思ってるんだ!そんなのに興奮するなんてそんな……そんな………あれ?そう言えば………水着?え、水着!?ど、どうしよう!女の子の水着姿を生で拝むなんて10年以上ぶりだぞ!?


 ヤバい、ドキドキしすぎて鼻から血なんて事になったら……よしっ!こうなりゃイメージトレーニングをして耐性を……ってこれじゃあマホの言った通りになっちまうじゃねぇか!いやでも………うん!もう寝る事に集中しよう!そうしよう!


 ……結局、それから寝るのに1時間ぐらい掛かった俺は自分の残念さ加減を改めて再認識する事になるのだった。

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