第210話

「さぁ着いたよ!ここが私が来たかったお店!」


「………いやいやいや、冗談だろ!?」


 満面の笑みを浮かべながら振り返ってきた娘さんの後ろにある店の中には、マジで恐ろしいぐらい沢山のカップルが食事をしていやがった!


「まったくもって冗談じゃないって!ほら、早く行くよ!」


「待て待てちょっと待て!あの店の中に入るのか!?マジで?!」


「もっちろん!折角九条さんに会ったんだから、この機会は活かさないとね!」


「ど、どういう意味だよ?!」


「いやだって、あんなカップルばっかりの店に私だけで入れないでしょ?だから九条さんの力を貸して貰うの!」


「貸して貰うって……もしかして!?」


「そう!ちゃーんと私の彼氏っぽく振舞ってよね!」


「そ、そんな事を急に入れてもっておい!強引に手を引っ張って行くなっての!」


 何故か昼飯を食いに来ただけだったのに訳も分からずラブコメ的な展開に無理やり巻き込まれる事になってしまった俺は、抵抗も虚しく店の中に引きずり込まれる事になってしまうのだった……!


「いらっしゃいませ、2名様でよろしいでしょうか?」


「はい!そうです!」


「お席は窓側と奥側どちらになさいますか?」


「奥の窓側でお願いします!」


「かしこまりました。それではどうぞこちらへ。」


「はーい!それじゃあ行こっか、九条さん!」


「わ、分かったからあんま引っ付かないでくれ!」


 周りで楽しそうにお喋りをしているカップルへの嫉妬心なのかは知らないが力強く腕を組んで来た娘さんに心臓が張り裂けそうになりながら、俺達は店の奥の方にある窓側近くの席へと案内される事になった。


「それではこちらがメニューとなります。お決まりになりましたらそちらのボタンを押してお呼び下さい。」


「分かりました!……さてと、それじゃあこっちは九条さんのメニューね!」


「はぁ……色々な意味で心臓に悪すぎる………」


「あはは、ごめんごめん!やっとこの店に入れたからテンションあがっちゃってさ!お詫びに好きなの奢ってあげるから許して!ね?」


「……あのな、俺にも世間体って物があるんだよ。この状況で奢られたら俺は確実に非難の目を浴びる事になるの。だから俺が……ってんじゃそっちも納得しないだろうから、今回は割り勘にするぞ。」


「いやいやそんなの悪いよ!強引に付き合わせちゃったのはこっちなんだし、それに私って結構ご飯を食べるから九条さんが損をしちゃうって!」


「俺は損するか避難の目を浴びるかどっちかを選べと言われたら絶対に損をする方を取る男なんだよ。だから割り勘にするぞ……だからって沢山食うなとは言わないから安心しろ。好きなだけ食えば良いさ。」


「うぅ……!本当にありがとうね九条さん!それじゃあ遠慮せずにいっちゃうね!」


「………少しは手加減してくれると助かるんですけどね。」


 テンションが上がったままメニューを食い入る様に見始めた娘さんを目の当たりにして苦笑いを浮かべた俺は、ため息を零しながら自分が食べる飯を選ぶ事にした。


 それからしばらくしてメニューを決めた俺達はテーブル横に置いてあったボタンを押して、ウェイトレスのお姉さんを呼び出したのだが……


「えっとですね、コレと、コレと、コレと……あとこのカップルパフェっていうのも下さい!九条さんは?」


「……あ、俺はこの冷製クリームパスタってのをお願いします。」


「かしこまりました。カップルパフェは食後にお持ち致しましょうか?」


「はい、そうでして下さい!」


「かしこまりました。それではもう少々お待ちください。」


 お姉さんは笑顔を絶やさず伝票を片手にキッチンの方に歩いて行った……その姿が見えなくなった瞬間、俺は目の前でウキウキしている娘さんの方を向いた。


「なぁ、マジであんなに食うのか?」


「もっちろん!いっぱい食べて体力をつけないと、お仕事やってけないからね!」


「そ、そういうもんか………それともう1つ聞きたいんだが、最後に頼んでた……」


「あぁ、カップルパフェでしょ?私1回で良いから食べてみたかったんだよね!でも注文出来るのってカップルだけだから、九条さんが居てくれて本当に良かったよ!」


「ど、どういたしまして………」


「あぁ、早く食べたいなぁ!どんな感じなんだろね?」


「さぁ………」


 周りのカップル達のイチャイチャする声と純粋に食欲のみで動いてる娘さんを見て静かにため息を零した俺は、この間のダンジョンで手に入れた素材を話題にしながら料理が運ばれて来るまで時間を過ごすのだった。


 それから十数分後、腹を空かせた俺達はテーブルの上にズラッと並べられた料理を食べ始めたのだが………


「うーん!どの料理も凄い美味しいよ!九条さんのはどう?美味しい?」


「……あぁ、美味いけど。」


「やっぱり?そうだよね!こっちの料理が美味しいんだからそっちも勿論美味しいに決まってるよね!」


 ……なんかもう色々と凄すぎじゃねぇかこの子?!さっきから物凄い勢いで料理が減っていってるんですけど!?そのあまりの勢いにカップル達が好奇心を隠そうともせずにこっちに注目してるんですが?!


「……ふぅ、ごちそうさまでした!」


「……ご馳走様でした。」


 圧倒的な物量の差があったにも関わらず何故かほぼ同時に飯を食い終わった俺は、考える事を放棄して目の前の現象をただただ黙って見つめていた………


「さてと、それじゃあいよいよカップルパフェの番だね!」


「えっ、あんだけ食ったのにまだ食うのか?!」


「当然!デザートは別腹だからね!それじゃあポチっと!」


 ボタンを押してウェイトレスのお姉さんを呼んだ娘さんは何事も無かったかの様にさっき頼んだカップルパフェを持ってきて貰う様にお願いすると、ふふふーんと鼻歌交じりでパフェが到着するのを待っていた……そして………


「お待たせ致しました。こちらがカップルパフェとなります。」


「うわぁ!凄いコレ!おっきい!夢みたい!」


「……あぁ、本当にな。」


 娘さんと俺の目の前には並々と盛られた真っ白なクリームに真っ黒なチョコレートソースが掛かっていて、その隙間に所狭しと入れられた色んな種類のフルーツが見え隠れしていた………うん、マジで悪夢だなこれは。


「それではお客様、仲睦まじくお召し上がり下さい。」


「はーい!」


 ウェイトレスのお姉さんが丁寧なお辞儀をして立ち去って行くのを見た娘さんは、突き刺さっていた2本のスプーンの内の1つを手に取ると満面の笑みを浮かべながらパフェのクリームを口に運んでいった。


「うぅーん!!あまーい!おいしー!さいこー!」


「……そりゃ良かったな。」


 あぁもうお願いですから微笑ましいモノを見る感じでこっちを見て来るんじゃねよカップル達め!これは見世物じゃないんだよ!頼むからあっちを向いてくれ!ってかこの状況は一体どういう事なんですか誰か説明をして下さい!!


 どうして彼女も出来た事が無いのにカップルパフェなどと言う物が目の前に置いてあるんですか?!こういうのはもっと神聖な物だと思ってたんですけど!?


「いやぁ、本当に美味しいよこのパフェ!はい、九条さん!」


「えっ?……何故俺の目の前にスプーンを?」


「あーんしてあげる!はいどうぞ!」


「いや、いやいやいや!?それは無理だから流石に!」


「ダメダメ!これをしないと値段が高くなっちゃうんだから!」


「はぁ?!どういう事だよ!?」


「うーんとねぇ………ほら、カップルパフェの値段の所を見てよ。ここにちゃーんと書いてあるでしょ?」


「あ?……………なぁ、これを考えた奴ってマジでバカなんじゃねぇのか?」


 メニューに載っているカップルパフェの所を見てみると……お互いの名前を呼んであーんと食べさせあったカップルはお値段5割引き!……何て頭の悪い文字が小さく書かれていやがった!?って、どこのラノベに存在してた店なんだよここは?!


「まぁそんな訳だから!はい九条さん、あーん!」


「ちょ、落ち着け!これぐらいの値段だったら俺が奢ってやるから!」


「それは却下します!割り勘にするのは決定事項だし、それに値切れる物はちゃんと値切らないと商売人としてはやっていけないからね!」


「いや、そんな所で商売人根性を見せられても困るんですけど?!」


「もう、つべこべいわないの!九条さん、あーん!!」


「むぐっ!?」


 甘ったるい雰囲気など皆無と言って良いほど勢いよく口の中にクリームが乗ってたスプーンをぶち込まれた俺は、もうなんかちょっと泣きそうなんですけども!?


「よしっ、これで2割5分安くなったね!後の半分は九条さんからだから!はい!」


「えぇ……そんな強引な………」


「5割の為だからね!さぁ私の名前を呼んであーんだよ!あーん!」


 パフェに突き刺さったままのスプーンを無理やり俺に握らせ口を開けた娘さんは、何故だか楽しそうな感じでその時を待っていたみたいなんだが………


「………あれ、どうしたの九条さん?ほら、あーん!」


「…………………その………非常に申し上げにくい事なんだが…………」


「ん、なになに?どうしたの?」


「………………俺、君の名前知らない。」


 聞こえるか聞こえないかぐらいの小声でそう呟いた瞬間、娘さんは笑顔のまま硬直してしまうと……………


「………は、はああああああああああああああああ?!!?!!!」


「うおっ!?」


「ちょっと、それどういう事?!私達ってかなり長い付き合いだよね?!それなのに知らないってどういう事?!嘘でしょ!?」


「ま、待て!声が大きいって!」


「そりゃ声も大きくなるよ!信じられない!私、九条さんの為にたっくさん頑張ってあげたよね!?」


「そ、そうだけど!俺達ってほら、客と店員でしかなかった訳だろ?だから!」


「だとしてもそんなのって無いよ!」


「悪かった!謝るから興奮しないでくれ!」


 恋人が味わう甘い展開より前に恐ろしい程の修羅場を経験する事になってしまったその後、見かねたウェイトレスのお姉さんにたしなめられて娘さんはようやく落ち着きを取り戻すのだった………


「……まったく、本当にあり得ないんだからね。」


「だから悪かったって……」


「ふーん!」


 はぁ……なんか機嫌を損ねたマホの相手をしてる気分だ……見た目は清楚なお嬢様って感じなのになぁ………あぁいやいや、そんな事を考えてる場合じゃ無かった。


「その……本当に今更な事なんだけど……名前、聞いても良いか?」


「つーん!」


「この通り!お願いします!後で何でもしてやるからさ!な?」


 手を合わせて必死にお願いすると、腕を組んでそっぽを向いてた娘さんがチラッと視線を送ってきた!


「……本当に何でもしてくれるの?」


「あぁ勿論だ!男に二言はないぞ!」


「……分かった!それじゃあ教えてあげる!」


「そっか……ありがとうな……」


 まさか何でもしてやるなんて言葉をおっさんの俺が言う事になるとは、人生は何が起こるか分からねぇな!……まぁ、いやらしい展開にはならないから安心だけどな!


「じゃあしっかりと覚えてよ!私の名前は『シーナ・クラート』!ついでに教えとくけど、親方の名前は『アルザン・クラート』!あっ、私の事はシーナって呼んで!」


「あぁ、それじゃあ改めてよろしくな。シーナ。」


「うん!じゃあ名前を覚えたって事で……はい、あーん!」


「ぐっ……やっぱりやらなきゃダメか………」


「さっき何でもやるって言ったでしょ!はい、あーん!」


「………シーナ……あーん………」


「あー……んぐっ!うーん!何だかパフェがさっきより美味しい気がするかも!」


「そ、そりゃ良かったな……」


 人生で初めて女の子にあーんとしたってのと周りからの視線を感じて心臓の動きがバカみたいに速くなってるのが分かった俺は、この天国の様な地獄がすぐに終わってくれるのを必死に祈り続けるのだった………!

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