第9・5章

第206話

 色々な意味で俺達をドキドキさせたイリスが王都に帰ってから1週間近くが過ぎ、街に訪れていた季節は眩しい日差しが照り付ける夏に少しずつ様変わりをしていた。


「……まぁ、だから何だって話なんだけどな。」


 晩飯を食ってさっさと自室に戻って行った俺は、棚の中から適当に本を取り出すとベッドに寝転がりながらそれを読んで時間を潰していた。


「ふぅ……冷房も備わってないってのに、これだけ温度管理が完璧だと絶対に外には出たくないよなぁ……」


 あぁ……このままずっと引きこもってたいって感じなんですけど……なんて思った次の瞬間、部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。


「すみませんご主人様、ちょっと良いですか?」


「ん?まぁ別に良いけど……」


「それじゃあ、失礼しまーす。」


 マホは扉を開いて部屋の中に入って来るとスタスタとこっちに向かって来たので、俺は読んでいた本を閉じるとベッドから起き上がって体勢を整えた。


「それでどうしたんだ?何か用事か?」


「はい!ちょっとご主人様にお買い物に行って来て欲しいんです!」


「……はい?」


「これが買って来て欲しい物のメモです!さぁ、受け取ってください!」


 マホは満面の笑みを浮かべながら小さな紙を目の前に差し出してきた……数秒間、それを見つめた俺はニコっと微笑みながら顔を上げると……


「さて、本の続きを読むとする」


「そうはいきませんよご主人様!」


「あ、おい!何すんだよ!」


 マホはベッドに横たわろうとしてた俺の手から本を取り上げると、腰に手を当てて何故か呆れた様な表情で俺の事を見つめてきた。


「ご主人様、いい加減に外に出掛けて下さいよ。もうかれこれ5日間ぐらい家の中に引きこもってるじゃないですか。」


「いや、だって……外は暑いし、日差しは強いし……」


「それは分かりますけど、ご主人様ったら最近ずっと家の中でしか行動してないじゃないですか。そういう生活は体に悪いと思いますよ。」


「そ、それはそうだけど……貯金があってクエストをしなくても生活出来るって言うのに、わざわざ快適な家を飛び出して外に行こうと思わないだろ?」


「いえ、そう思ってるのは多分ご主人様だけだと思いますよ。だって私とロイドさんとソフィさんは今日も一緒にお買い物をしてきましたからね!」


「……それは夏物の服が出たとかって理由があるからだろ?俺にはそんな感じで外に出る為の理由が無いんだよ。」


「だからこうして理由を持ってきてあげたんじゃないですか。」


「別に持ってきて欲しくなかったんだが……ってか、そもそも何を買うんだよ。」


「ほら、ちょっと前から市場で夏野菜が出回り始めたじゃないですか。」


「あぁ、そう言えばそうだったな。初めて見る感じの物が多かったから未だに買ってはいないけどな。」


「はい!だからその夏野菜を使ったレシピが載っている本を買って来て下さい!」


「えぇ……そんなのマホ達が出掛けた時に買ってくれば良いだろ?わざわざ今すぐに買ってこなくても……」


「ダメです!こうでもしないと、ご主人様ったら外に出ないじゃないですか!ほら、陽が暮れて外も涼しくなってますから!ねっ?」


 小首を傾げながら微笑みかけてきたマホと目を合わせた俺は……ため息を吐き出しながら後頭部をガシガシ掻くと、ベッドから降りてメモ用紙を手に取った。


「ったく、言い出したら聞きやしねぇんだから……分かったよ、夏野菜関連の情報が載ってるレシピ本を買って来ればいいだろ。」


「そうです!それとそのメモに書いてあるお店で日焼け止めも買って来て下さい!」


「え、こっちの世界にも日焼け止めってあるのか?」


「はい!色々と種類があるみたいですから、お好みの物をどうぞ!」


「はぁ……買ったら何かにつけて俺を外に連れ出すつもりだろ。」


「あ、バレましたか?実は明日、ご主人様の夏服を買いに行きたいんです!」


「夏用の服?別に必要無いんじゃ……」


「ご主人様、服に無頓着な男性はモテませんよ?」


「よぉし!それじゃあ急いで買い物してくるかな!夏服の為に!」


「いってらっしゃいです!ご主人様!」


 俺は部屋着から外着に着替えると、財布とメモ用紙をポケットに詰め込んで夕焼けに染まる街中へと出掛けて行った!……いや、これは別にマホの言葉に乗せられた訳じゃないんだからね!


 ……うん、気持ち悪いからこれぐらいにしてさっさと買い物を済ませるとするか。どっちみち日焼け止めは買う必要があるって思ってたし、ずっと家に引きこもってるってのも飽きてきた所だったしな。

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