第147話

 拘束状態のまま下の階に降ろされて長く入り組んだ廊下をしばらく歩いていると、俺の両脇を抱えていた警備兵が途中にあった扉の前で急に立ち止まった。


「着いたぞ、ここがセバス・チャン様がいらっしゃるお部屋だ。」


 そう告げた警備兵は俺から離れると扉を数回ノックしていった……直後ガチャッという音と共に部屋の中から真っすぐ背筋の伸びた髪と髭が白色の恐らく初老に見える男性が柔和な笑みを浮かべながら姿を現した。


「おや、どうかなさいましたか警備兵殿。私に何かご用でしょうか?」


「ハッ!姫様の指示に従い、セバス・チャン様の元に奉仕義務を課せられた男を連行して参りました!」


「あぁ、そういう事でしたか。ありがとうございます。後はこちらに任せて下さって貴方はお仕事にお戻りになられて下さい。」


「ハッ!よろしくお願い致します!それでは失礼致します!」


 警備兵はセバス・チャン……だと思われる男性に向かってビシッと敬礼をすると、進んできた廊下を戻って曲がり角の向こうに行ってしまった。


 残されてしまった俺は若干の気まずさと緊張感を感じながらニコニコと微笑んでる男性の方にゆっくりと視線を向けてどうしたもんかと……


「ほっほっほ、大丈夫ですよ。さぁ、どうぞ肩の力を抜いて下さい。」


「あ、は、はい……え、えっと……俺はこれから何をすれば……」


「そちらについては部屋の中で詳しい事をお教え致します。さぁ、どうぞ中へ。」


「は、はい……って、んなっ!?」


 言われるがまま部屋の中に足を踏み入れてみると、ズラッと並んだ執事服と笑顔を浮かべて佇んでいる可愛らしいメイドさん達が何人も存在していた!?


「この部屋は執事服の予備が収納されている専用の部屋となっております。今から、貴方様にはここで着替えをしてもらいます。」


「き、着替え……ってまさか、執事服に……ですか?」


「はい、その通りでございます。それでは皆様、始めて下さい。」


「「「はい!かしこまりました!」」」


「え、ちょまっ!?」


 複数人のメイドさん達に手や腕を引かれて強引に部屋の奥にあった白いカーテンの向こう側に引っ張られて行った俺は、あっと言う間に上着を脱がされて薄着になってしまっていた!?


「あら~凄い引き締まって筋肉ですね!ちょっと触ってみてもよろしいですか?」


「へっ?!いやえっと、す、すみませんが勘弁してほしいひゃおう?!ちょっ!まだ返事をしてないんですが!?」


「あっ、顔が赤くなってますよ。もしかして緊張なさっているんですか?」


「ふふっ、そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ。すぐに終わりますからねー」


「いやいや!この状況で緊張するなってのはあまりにも無理が!うひっ!?」


「はいは~い、大人しくしていて下さいね~」


 ……もう、お嫁にいけないわ……!なんて言ってもきっと許されるであろう思いをしながらあっという間に執事服に着替えさせられる事になった俺は、ふかふか絨毯が敷かれた床の上に座り込みながらちょっとだけ泣きそうになっていた訳でして……


 まぁ、そんな風に落ち込んでいる暇もない事は重々承知しているから少しだけ傷を負った心に活を入れ直して立ち上がった俺は閉じられてたカーテンをサッと開けた。


「おぉ、よくお似合いになっておりますよ。さて、着替えも終わったみたいですので自己紹介といきましょう。私の名前は『セバス・チャン』。セバスとお呼び下さい。役職は……そうですね、執事長といった所でしょうか。貴方のお名前は?」


「あぁ、えっと、九条透と言います。よろしくお願いします……セ、セバスさん。」


「はい、よろしくお願い致します。それでは九条殿、今回の奉仕義務に関して簡単に説明したいと思いますがよろしいですか?」


「は、はい。お願いします。」


「かしこまりました。まずは貴方様に課せられた奉仕義務ですが、義務とは言ってもそこまで難しい事をするのではなくミアお嬢様の身の回りのお世話をして頂くという事だけでございます。」


「身の回りのお世話……ですか?」


「はい。例えばミアお嬢様に今後の予定をお伝えしたりですとか、学園までの馬車の送迎ですとかですね。他にも業務は多岐に渡りますが、不慣れな貴方様に全てを押し付けたりは致しませんのでどうぞご安心を。」


「は、はぁ……あの、別にやりたくないって言う訳じゃないですが本当に俺なんかがこんな所に居ても大丈夫なんですか?だって相手はお姫様ですよね?やっぱり色々とマズいと思うんですけど……」


「ほっほっほ、深く考える必要はございません。九条殿は与えられた仕事をしっかりこなして頂ければよろしいのです。それに今回の件につきましてはミアお嬢様も了承済みの事ですからね。」


「了承済みって……う~ん……」


 ったく、マジであのお姫様は何を考えてるんだよ……あの時、差し伸べられた手を拒んだ奴を探し出す為にわざわざ国を動かして人狩りを始めたりして……もしかしてそういった系の趣味をお持ちとか……?だとしたらメッチャ怖いんですけども……!


「さてと、それでは次に奉仕義務をして頂く機関となるのですが……おおよそ7日間程度になると思われます。」


「……おおよそ?」


「はい、九条殿が問題を起こしてしまったりした場合は奉仕義務の期間が延期されてしまう可能性もあり得ますので。」


「問題って……例えばどんな?」


「そうですね、例えば義務を放棄して逃亡しようとしてみたりですとか、国王陛下や姫様の私室に勝手に侵入してみたり、王城内で盗みを働いたりした場合ですかねぇ。どれか1つぐらいやってみたいと考えたりはしていませんか?」


「……そんな命知らずの行動をする予定はありません……」


「ほっほっほ、それならば結構です。次に貴方様の奉仕義務中に発生する報酬の事になりますが……1日につき1万5千Gとなっております。」


「は、はい?!ちょっと待って下さい!奉仕義務って報酬が出るんですか?!」


「はい、国王陛下のご厚意により報酬が発生する様になっております。ですが頂けるのは予定されている期間中のみとなりますので報酬目当てに問題行動を起こしたりはしない様にお願い致しますよ。」


「な、なるほど……分かりました、気を付けます。」


「よろしくお願い致します。さてと、これにて奉仕義務に関したご説明は以上になりますが何か質問等はございますか?」


「し、質問と言うか何と言うか……いまいち理解が追い付いてないと言いますか……あの、これからすぐに奉仕を始める感じなんですかね?」


「いえ、ミアお嬢様に奉仕をして頂くのは明日からとなります。」


「明日から?じゃあ、この後は一体何を……?」


「ほっほっほ、九条様にはコレから私と一緒に城の中を回ってもらいます。なにぶん広くて迷いやすいですからね。奉仕義務に支障が起きない程度に何処に何が有るのか覚えて頂きます。」


「は、はぁ……確かにザっと見た感じでも迷いそうだなって思いました。それじゃあ案内、お願いしても良いですか?」


「かしこまりました。ですが、その前に……」


 セバスさんはスッと胸の内ポケットに手を入れると、そこから1枚の紙と白い封筒みたいな物を取り出すとソレをこっちに手渡そうとしてきた?


「え、えっと……コレ、は……」


「九条殿、案内を始める前にご家族へお手紙をお書き下さいませ。しばらく帰る事が出来なくなったという事を報告する為に。どうぞ、そちらの机をお使い下さい。」


「あ、あぁどうも……」


 有無を言わさぬセバスさんに紙と封筒と筆を握らされた俺は、後頭部を掻きながら近くにあった椅子に腰かけてそこに置かれていた万年筆を手に取った。


【拝啓 俺の仲間達へ


 こうして手紙を書くのは初めての事なのでぶっちゃけ気恥ずかしさがあるんだが、書かない訳にもいかないのでまずは結果だけ報告させてもらう。


 お前らの予想通り、無事に国王陛下達に逃亡者だとバレました!パチパチパチ!

そして握手を拒んだお姫様相手に奉仕義務って物が発生して、1週間ほど家に帰れなくなりました!…まぁ、予想よりもだいぶ楽な展開だって思って貰えれば何よりだ。


 そんな訳で俺が帰るまでの間は家の事を任せた。ローテーションが変更されて面倒だとは思うがしょうがないと思って諦めてくれ!それじゃあ頑張ってな!

あ、ついでに言うと働いた分はしっかり報酬が貰えるらしいから追加で土産物が欲しかったら手紙を送ってくれ。届くかどうかはしらないけどさ!


                                九条透より】


「うーん……まぁ、こんなもんで良いかな?」


「ふふっ、お手紙は書けましたかな?」


「えぇまぁ……伝えたい事は大体書けたと思います。」


「かしこまりました。それでは手紙を封筒にお入れ下さい。後で私が出しておきますので。」


「ありがとうございます。それじゃあ、よろしくお願いします。」


 セバスさんは俺が手渡した封筒を受け取るとそれを内側の胸ポケットにしまい込みニコッと微笑みかけてきた。


「それでは王城の案内を始めましょうか。」


「は、はい!」


 その後、セバスさんの後に続いて収納部屋を後にした俺は生まれて初めて着る事になった執事服に違和感を覚えながら、城の中を見て回る事になるのだった。

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