第67話

「ハァ……ハァ……つ、疲れたぁ……」


 カームさんに教えて貰った通り階段のすぐ近くにあるトイレを発見して使おうかと思った矢先、調子が悪くて使用出来ませんの張り紙を見つけてしまった俺は大慌てで2階に駆け上がって行ったが不運は重なりそこにあったトイレも使えなかった!


「おじさん、そこで息を乱していると変質者に間違われて捕まっちゃいますよ。」


「お、お前なぁ……俺の頑張りを……見てなかったのか……?」


 階段の周辺だけにトイレが存在しているはずはない!という淡い希望に頼りながらあちこち駆け回った結果、どうにか女子専用のトイレを発見する事が出来た俺はそのせいで息が乱れてこんな状態になった訳なんですがねぇ……!


「えへへ、冗談ですよ冗談。おじさん、お疲れ様でした。」


「……あぁ、マジでお疲れだよ……カームさん、この事を知らなかったのか……?」


「うーん、考えられる可能性としては私達を迎えに行ったその後でトイレに不具合が起きてしまったとかでしょうか。まぁ、何にせよ間に合って良かったですね。」


「そうだな……っと、悪いけど俺もトイレに行って来るわ。」


「えっ?トイレって……男性用のは階段の方に戻らないとありませんよ?」


「分かってるよ……だからお前達はここで待っていて、シアンが出て来たらこっちに来てくれ。」


「了解。気を付けてね。」


「はいよ……屋敷内で気を付ける事なんて何にも無いと思うけどな。」


「いえいえ、もしかしたら怖ーいお化けが現れるかもしれませんよ~」


「バ、バカな事を言ってんじゃねぇっての!ったく……それじゃあまた後でな。」


「はい、いってらしゃーい!」


 マホに見送られながらその場を離れて走って来たひたすらに長い廊下を戻った後、俺は上がって来た階段のすぐ近くにあるトイレに入って行った。


「……ふぅ、こんな事を言うのもどうかと思うけどかなり面倒な構造をしてるなぁ。男性用と女性用でトイレをこんなに離す必要もないだろうに。」


 まぁ、トイレの前でバッタリ遭遇するなんて気まずい空間を作らない様にって配慮されたからなのかもしれないけど……っ?!


「うおおおっと!?!?!」


 やるべき事を済ませて洗面台でシッカリと手を洗っていたその時、何かが爆発するみたいな音が聞こえて来て屋敷全体がその衝撃で激しく揺れ動いた!?


『緊急事態発生!緊急事態発生!街道に停車していた馬車がいきなり爆発しました!繰り返します!街道に停車していた馬車が』


 カームさんから預かってた通信機器から慌てた様子の声が聞こえたかと思ったら、それは突然途切れてしまってその直後にはトイレの照明も急に消えてしまった!


「おいおいおい……!一体何が起こってんだよ!?」


 状況が呑み込めないまま急いで廊下に飛び出してみたんだが、どういう訳かこっち側の照明まで完全に消えてしまっていた!


「マジかよ……と、とりあえずカームさんに連絡を……!」


 動揺している事を嫌でも実感しながら通信機器を取り出して連絡を取ろうと試みた俺だったが、何度声を掛けても返って来るのは静寂ばかりで……!


「クソッ!まさかとは思うが……この現象は……」


「おじさーん!大丈夫ですかー!」


「っ?!マ、マホ!それにソフィとシアン!皆、無事だったのか!」


「は、はい!おじさんも大丈夫でしたか!?」


 連なっている窓から差し込んで来る月明かりだけが頼りの薄暗い廊下の中で、俺は駆け寄って来た3人と合流する事になった。


「は、はい!私達は怪我1つしていません!それよりも何が起きているんですか!?急に大きな音がしたと思ったら廊下の明かりが消えてしまって……」


「いや、俺も詳しい事は分からない。だけど何かヤバい事態になっている事は間違いないはずだ。さっき大通りにある馬車が爆発したって連絡が入ったからな。」


「ば、爆発ですか!?」


「九条さん、もしかして……」


(皆っ!聞こえているか!)


 ソフィが真剣な面持ちで何かを告げようとした直後、怒鳴る様なロイドの声が頭の中に聞こえてきた!


(ロイド!お前、無事なのか?)


(あぁ、無事だよ。それよりも3人は今何処に居るんだい?怪我は?)


(大丈夫だ。実は俺達はちょっと事情があって屋敷の中に居るんだが……そっちでは何が起こってるんだ?さっき通信機器から馬車が爆発したって報告があったぞ。)


(……私も詳しい事は分からない。だけど報告があった通り馬車がいきなり爆発したみたいなんだ。幸い怪我人は出ていないが酷い混乱が起こっていてね。すまないけど事態収拾の為に急いで合流してくれるかい?)


(了解。なぁロイド、この事態を引き起こしたのはもしかして……)


(……その可能性は充分にある。皆、どうか気を付けて。)


(は、はい!ロイドさんも気を付けて下さい!)


(すぐに戻る。)


 ロイドとの会話を終らせて静かにマホやソフィと視線を交わしていると、不安げな表情を浮かべたシアンが俺達の顔をジッと見つめてきていた。


「あの、皆さん急に静かになっちゃいましたけど……だ、大丈夫ですか?」


「あぁ、悪かったな。ちょっと動揺が隠せなくて自然と言葉を失っちまってた。」


「やれやれ、おじさんってば情けないですねぇ。」


「おい、同じく静かになってたのに偉そうな事をいうなっての。」


「いてっ!もうおじさん!女の子の頭にチョップするなんて酷いじゃないですか!」


「大人をからかうからだ。それでちっとは反省しろ。」


「むぅー!えいっ!」


「いたっ!ちょっ、待て待てマホ!地味に痛いからペシペシ叩いてくるなって!あ、謝る!謝るから落ち着けって!おいソフィ!見てないで助けてくれ!」


「今はそれ所じゃない。」


「冷静なご意見どうもありがとう!いて、いててて!」


「……ふふっ、皆さんは本当に仲良しなんですね。」


 緊急事態なのにも関わらず繰り広げている俺達のバカみたいなやり取りを見ながらクスクスっと微笑みだしてくれたシアンの姿を目にして、空気が少しだけ軽くなったのを感じて……


「えへへ!そう見えちゃいますか?まぁ、無理もありませんね!だって私達は互いに信頼し合っている仲間同士なんですから!ね!おじさん、ソフィさん!」


「お前はまた恥ずかし気もなくそう言う事を……まぁ、否定はしないけどな。」


「うん。そうでなければ一緒にいない。」


「……何だか羨ましいです。」


 シアンが聞き取れるかどうか微妙な声量で零す様にそう言った直後、マホがムッとした表情を浮かべてシアンの手をギュッと握り締めた。


「もう、何を言ってるですか!シアンさんと私達はもうお友達ですよ!」


「……え?」


「まだまだ出会ったばかりの仲ですけど、私はそう思っています!おじさんとソフィさんもそう思っていますよね?」


「勿論。」


「……マホ、俺は友達と呼ぶにはかなり歳が離れている思うんだが……?」


「そんな事は関係ありません!大事なのは友達になりたいかどうか!シアンさんは、おじさんと私達とお友達になりたいと思ってくれますか?」


「そ、それは!はい!なりたいです!お友達に!」


「でしたら私達はお友達です!以上!」


「……やれやれ、強引な奴だな。」


「時には強引に行かなければいけない時もあるんです。」


「おぉ、言うねぇ。」


 腰に手を当ててドヤ顔をしているマホと視線を交わしながら苦笑いを浮かべてふぅっとため息を零していたその時、ソフィがバッと階段の下側に目を向けて険しい顔になっていった。


「……九条さん、誰か来る。」


「何だと?」


「多分、複数人。」


「え、え?」


「だ、誰かって……護衛部隊の方でしょうか?」


「……マホ、シアン、そこにある部屋に入れ。今すぐに。ソフィは俺と物陰に。」


「く、九条さん?どうしてそんな事を……」


「……シアンさん、今はおじさんの言葉に従いましょう。」


「え?は、はぁ……」


 何が何だか分からないといったシアンの手を引いて小走りで近くにある扉の向こうへと2人が消えていった後、俺とソフィは警棒を取り出して階段から死角になる場所まで移動していくと……護衛部隊とは違う装備を身に付けた3人組が姿を現した。

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