第54話
「うわぁ……凄いですねぇ……」
「あぁ、予想通りと言うか何と言うか……やっぱりメチャクチャ広いなこの家……」
「そうかな?まぁ、九条さん達と暮らしている家と比べたらほんの少しだけこっちの方が広いかもしれないね。」
「いやいや、少しだけってレベルの違いじゃないと思うんだけど……ロイドが貴族の娘さんだって事を改めて実感させられた気分だよ……」
「ふふっ、こんな事で実感されても困ってしまうけどね。さて、それではリビングに行くとしようか。私について来てくれるかい。」
「お、おう……」
広々としている吹き抜けの玄関ホールに圧倒されながらロイドの後に続いて左側に見えていた扉の先に案内された俺達は、豪華そうな家具が幾つも置かれたリビングと呼ぶにはあまりにも凄すぎる部屋にまたまた驚かされて……
「……何かもう……俺の家って……」
「お、おじさん!シッカリして下さいよ!確かに広さで言えば負けていますが、大事なのは住み心地ですから!」
「ふふっ、マホの言う通りだよ九条さん。私もみんなと一緒に暮らしているあの家の方が大好きだよ。」
「……大丈夫?」
「うぅ……何とかな……わざわざ気を遣ってくれてありがとうよ……」
「どういたしまして。それでは適当に空いている所に座っていてくれるかな。すぐに飲み物を用意するからさ。」
「あっ、ロイドさん!私も手伝いますよ!」
「うん、頼むよ。2人共、キッチンは別の部屋にあるから少しだけ失礼するね。」
「おう、分かった……」
構造的に微妙に不便だなと思いながらリビングから出て行った2人を見送った後、俺とソフィは幾つかある革張りのソファーに向かい合う形で腰を下ろしたんだが……
「……………」
「……………」
……いや、この状況は気まずいにも程がありませんかね!?少し前まで戦っていた相手と一体どんな会話をすれば良いって言うんだよ?!マホ、ロイド!頼むから早く戻って来てくれ……!
「……九条さん、聞きたい事がある。」
「えっ、聞きたい事?」
「うん……どうして、あんな事をしたの?」
「あ、あんな事?……あぁ、もしかしてお前に腕をぶっ刺された時の事か?」
「うん、理由を教えて欲しい。痛かったはず、辛かったはず、それなのに、どうしてあんな無茶をしたの?」
「……どうして、ねぇ……」
「王者の座を手に入れる為だったらまだ納得出来た。だけど、九条さんは王者の座に就く権利を断った……だから分からない。あんな無茶をした理由が。」
ソフィの真剣な眼差しを受けて言葉を詰まらせた俺は、しばらくマジで悩んだ末に気恥ずかしいが本心を伝える事にした。
「あー……俺がどうしてあんな事をしたのかって質問の答えだけど……1番の理由はお前の願いを聞いちまったから……かな。」
「……私の、願い?」
うぐっ……!正直、いい歳してどこの主人公気取りだよ!と思わなくもないけど、ここまできたら腹を括って全部をぶっちゃけるしかないよなぁ……
「あぁ、公園で言ってただろ?あのお姫様みたいな冒険がしてみたいってさ。」
「……それだけの理由で、あんな無茶をしたの?」
「いや、だけって訳じゃあないぞ?どうせなら勝ちたいって欲もあったし……でも、うん。さっきも言ったが、一番の理由はお前の願いを叶えたかったからだな。」
「……そう……」
俺の話に納得してくれたかどうかは分からないが静かになったソフィはリビングにある窓の外を見つめたまま口を閉ざしてしまった。
その沈黙に付き合ってしばらく大人しくしていると、マホとロイドが小型の手押しワゴンにティーポットを人数分のカップを乗せてリビングに戻って来た。
「2人共、待たせてすまなかったね。準備に少しだけ手間取ってしまったよ。」
「えへへ!聞いて下さいよおじさん!ロイドさんの家のキッチンって凄いんですよ!とっても広々としていて機能も調理道具も充実していて快適でした!」
「へぇーそりゃ面白そうだな。料理本も買った事だし、今度ここのキッチンを借りて凝った飯でも作ってみるか。」
「おぉ、それは楽しみだね。九条さん、今度と言わず今晩でも構わないよ?」
「……いや、今日は体力的な問題があるからまた後日だな。」
「それは残念だ。さてと、それでは飲み物も用意した事だし聞かせてもらおうかな。ソフィ、どうして住む所も決まってないのに屋敷を手放してしまったんだい?」
ロイドの問い掛けに対してゆっくりと視線をこっちに動かしたソフィは、目の前に置かれたティーカップを手に取ると一口だけ中に入っていた紅茶を喉に流し込んだ。
「……特に理由はない。王者の座を失ったから手続きを済ませただけ。あの屋敷には思い入れもないから。」
「ふむ、つまりソフィにとって屋敷とは寝泊まりする為だけの場所と言う事か。」
「うん。だから目を覚ましてすぐに屋敷を手放した。私物もあまり無かったから。」
「な、なるほど……それは流石と言うか何と言うか……」
あまりにも淡々とした説明に思わず苦笑いを浮かべていると、俺の隣に座っていたマホが小さく手を上げ始めた。
「あ、あのー……目を覚ましてすぐ手放す手続きをしたって言ってましたけど、その次に生活する場所は決めていなかったんですか?」
「最初は宿屋で生活しようと思った。でも、お金が無かった。」
「は?金がないって……王者って定期的に金が貰えるんじゃなかったっけか?それにイベントでも賞金とかが貰えるんじゃ……」
「うん、だから銀行には入っている。でも、今は持ってない事を忘れていた。」
「……それは、計画性が無いにも程が無いか……?」
「ソフィさん、それなら今から銀行に行ってお金を下ろして来れば良いのでは?」
「……私もそう思ったけど、今日はお休みだった。」
「あぁ、そ銀行は数日に一度定休日があるんだったね。不運にも今日がそうだったという事か。」
「うん、だからここに来た。他に頼れる人が思いつかなかったから。」
「ふふっ、そう言われると悪い気はしないね。分かったよ、ソフィ。今日は私の家に泊まると良い。ただ1つだけ問題があってだね……」
「問題?何かあるんですか?」
「ある、と言うか無いと言うか。この家は私が暮らす為だけに造られた家なんだよ。だから寝室と呼べる私の自室しか無くてね。」
「は?こんな広いのに客間もないのか?1つも?」
「うん、一応は広めの客間があるんだが1人で使うには広すぎてね。2階は私の衣装部屋になっていてそもそも寝泊まりする場所としては使えないんだ。」
「マジかよ……」
つまりは本当に1人暮らし専用に造られた家って事じゃねぇかよ……ロイドの奴、そんな快適な家がすぐ近くにあるって言うのに何でウチで寝泊まりしてるんだ……?
「……それじゃあ、ロイドは何処で寝るの?」
「ふふっ、私は九条さんやマホと同じ家で暮らしているからね。ほら、この家の隣にもう一軒あっただろう?私はそこで生活をしているから、寝る場所の心配はしなくて大丈夫だよ。あぁ、どうせだったらしばらくの間はここで暮らしても構わないよ。」
「……良いの?」
「勿論、私とソフィの仲じゃないか。遠慮せずこの家を使うと良いよ。それに食事も心配しなくても大丈夫。隣にある家に来ればご馳走してあげるから。ね?」
「……まぁ、人数が増えた所で掛かる手間はそんなに変わらないだろうからな。」
「えへへ!そう言う事ですので、何時でも来て下さい!」
「……分かった。」
何かを考える様な仕草をしているソフィが返事をしたその直後、ソファーから立ち上がったロイドは短いため息を零した。
「さてと、話も纏まった事だし私はお風呂を沸かしてくるよ。2人は一度家に戻っては着替えを持ってきたらどうだい。」
「はい!あっ、私はそのついでに夕食の下準備をしてきます!」
「あぁ、それなら俺も手伝うよ。それぐらいなら体力も使わないだろうからな。」
「えぇ、それじゃあお願います!」
「……ちょっと待って。」
リビングを後にしようと俺達もソファーから腰を上げたその時、静かに顔を上げたソフィが俺達に向かって声を掛けて来た。
「ん?どうしたんだソフィ。」
「……もう1つだけ、お願いしたい事がある。」
「お願いしたい事……?何だよ、一体。」
「……私も、貴方達のギルドに参加させてほしい。」
「……は?」
ソフィからされた突然の申し出に一瞬だけ頭の中が真っ白になっていると、マホやロイドも俺と同様に固まってしまっていて……
「……ソフィ、それは本気で言っているのかい?」
「本気。皆の事はまだよく知らない。でも、私は貴方達と一緒に冒険してみたいって思った。」
「…………」
「無理なら諦める。でも、もし受け入れてくれるなら…………お願い、します。」
少しだけ声を震わせながらゆっくりと頭を下げたソフィの姿を見た俺達は、黙って互いに視線を交わすと……
「ふふっ、私は構わないよ。ソフィが仲間になってくれるなんてこんなに心強い事は無いからね。それに一緒に過ごすと楽しそうだ。」
「えへへ、どうしますかギルドリーダー?私としても反対意見はありません!むしろ歓迎したい気持ちでいっぱいです!」
「……やれやれ、そんな風に言われて俺だけ反対したら悪者になっちまうだろ。」
「っ!それじゃあ!」
「あぁ……歓迎するよソフィ。ようこそ、ギルド・ナインティアへ。」
そう言いながらソフィの方へ手を差し伸べると、彼女はゆっくりと顔を上げて俺の手をギュッと握り締めてくるのだった。
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