剣と杖の物語

翼猫

プロローグ はじまりの狼煙

ドーンという激しい音とともに瓦礫がガラガラと崩れる音がする。

悲鳴のような声や、怒号も聞こえるような気がする。


ドタドタガシャガシャと騎士たちの鎧が鳴る音と右往左往する足音から、部屋の外を行ったり来たりしているのがわかる。


「一体何事でしょうか…」

その部屋にいた二人の女性のうちのメイドの不安そうな言葉を発するが、二人は冷静に周囲の音に耳をすませる。


・・・状況から考えられるのは、この城が攻められているということが否応にも理解できる。


その部屋は気高い山の中腹にある城の上部に位置していた。部屋の雰囲気はあからさまな派手派手しさは無く落ち着いているが、調度品や家具は上品で高級なものに見えた。


音の遠さからすると、まだ外の門でせめぎ合いをしているようだ。

城下町は山の麓から中腹にかけて階段状になっている。通路は門のあるところが一番低く、緩やかな登りでスロープ状になっていて、登り切るとまた門があり次のエリアにつながる。

それを左右交互に繰り返しているので、城までは一直線に上がることができない。


一番外側にある門は一箇所しかなく、投入されている兵力も多く大軍で攻め入るには侵入口が狭くなっているので、そこでもまた城までの侵攻を遅らせるようになっている。


先程の瓦礫が崩れる音は途中にある門を崩そうとしてカタパルトから放たれた石がどこかの建物を崩す音のようだった。


「失礼いたします、殿下、お迎えにあがりました!」


「お姉様!」


唐突にドアを開けて部屋に入ってきた女性騎士に対して、メイドが驚きの声をあげた。


その声を無視して女性騎士は殿下と呼んだ女性に告げた。


「有事の際には近衛騎士団から、このブレンダが殿下を安全な場所までお連れするように魔王様より命令されております、急ぎお支度を」


「一体何があったのですか?」と姫は言うが、

「詳しくは道中で、有事の際の定めの通り、勇魔の剣と共に出立いたします。ケイト、急いで準備を」


と、姫とメイドに告げると、また部屋の外へ駆け出していってしまった。


部屋に残された二人は事態が飲み込めていなかったが、一瞬の間をおいてから、自然とお互い目を見合わせた。

その途端にやるべきことを思い出したかのように、部屋の中にある最低限の必要なものを二人で急いでかき集め、準備をした。


準備したものをカバンにつめ、動きやすい服に着替えて、一人は護身用のショートソード腰に下げ、もうひとりは魔法の効果を高める効果のある短めの杖をベルトに差し込んだ。


王妃とはいえ、かつては内乱もあった国の王族で、有事の際の行動はしっかりと教育されていた。

側仕えのメイドであるケイトと呼ばれた少女ケイトリンも同様だ、ケイトリンは姉と共に王の近衛騎士団長である父から剣の手ほどきを受けており、また、才能にも恵まれていて、姫を一番近くで守ることのできる、側仕えのメイドとなれるだけの腕前があった。


二人が外套を羽織り準備が完了したところで、また扉が開き、ブレンダと名乗った女性騎士が入ってきた。


「オリビア様、ケイト……上出来です。それでは王の間より、勇魔の剣を持って外へ出ます」

想像以上の準備だったと見えて、息を飲むような間をおいて告げ、部屋の外に出た。


三人は部屋から走って王の間へ行き、旅姿の少女の一人が王の間に数多く飾ってある剣の中から鞘に入った一振りの剣を手に取った。


ーー勇魔の剣


黒い鞘に収まったその剣は、かつて、第二次聖魔大戦の折に、勇者が振るったとされる剣。大戦後に和平締結の証として、勇魔の剣と名付けられ、この魔王国に献上された。

魔王国に禍が起こった際にはこれを持ち出してふさわしい者に渡し、共に禍に立ち向かうという、約束が和平の条約に含まれている。

ふさわしい者とは神に祝福された勇者であり、剣が選ぶと言われている。


ーーゴゴゴゴゴゴ


重い音を出しながら壁が動き、王族と近衛騎士団の中でも限られた人間しか知らない抜け道への入口をブレンダが開いた。


「オリビア様、お急ぎください」


ブレンダはそう言うと、隠し扉の裏に用意してあった剣のレプリカを持ち出して空いたところに戻し、二人の後から抜け道へと進んだ。


ーーゴゴゴゴゴゴ


そしてまた、抜け道の入口は閉まった。


戦の最中に王のいない王の間には誰の姿もなく、抜け道へ入ったことは誰も見なかった。つまり、三人は城内から忽然と姿を消したのだった。


三人は後ろを振り返ることなく、抜け道をひたすら歩いた。

抜け道は、当然逃げることを考えて作られているため、逃亡に必要なものも準備してあった。


人が近くにくると自然と光が灯る魔法の松明がかかげてあり、歩くのには困らないし、なんらかの魔法で制御されているのか、蜘蛛の巣もネズミもいない薄暗い道をただ黙って進んだ。


地下道のように天井と壁まで整備されていた抜け道が、ただの洞穴のような様子になってきたところで、進む先に光が見えてきた。出口だ。


目の前には青々とした草原が広がっていた。出口は城下町にある出入り口の正門からほぼ逆と言っていいほどの位置にあるかなり離れた山の麓にでた。


抜け道に入ったところで、長い階段を降り、底につくと一直線の道で、緩やかに下り坂になっていたのはこのためだと、抜け道を出て理解できた。下り坂には、歩みを早める効果も考慮されているようだ。


それでも、抜け道に入った時はお昼前だったはずが、もうお昼をだいぶ過ぎているようだ。


「オリビア様、追っ手がくるかもしれません。

草原では隠れるところがありません。このまま休まず進み、日が暮れる前に街道にでます。」と、ブレンダが言った。


街道に出ることもすでに見張られていたらと思うと不安はあったが、二人とも黙って頷き、互いを見てまた前を向いて足を動かした。


しばらく歩いて、オリビアはふと後ろを振り向く。

城や城下町から煙が上がっていた、それは何かを告げる狼煙のように見えた。

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