第18話 ただの前座
アナザーワールドではプレイヤー個人がイベントを開催するシステムがある。
基本的にAR版ではフリー対戦を目的としたマッチング機能として活用され、今回の<辻斬り>のように自分が戦いたい相手を探すこともできる。VR版では広大なフィールドもあるおかげで色々とプレイヤー同士が企画を練っているらしいが……俺はまだ準備が整っていないのであまり知らない。昔のゲームを再現したダンジョンを他のプレイヤーに攻略して貰ったり、50vs50の大規模戦闘をしたりとかは聞いたことがある。機会があれば俺もその内参加することもあるだろう。
「……ここか」
ARゲーマーの聖地と化した海楼園公園。
アーティファクトを装着しコネクトルームを出ると、視界いっぱいにススキが生い茂る薄暗い夜の野原が広がった。戦いの舞台に相応しい障害物などほとんどないフィールドだ。
AR版に用意された個人イベント専用のエリアが閑散としており、中央で待ち構えている1人のプレイヤー以外は誰も見当たらなかった。
「……」
あいつが<辻斬り>の二つ名を持つプレイヤーか。
見た目は魔導士。とんがり帽を目深に被り、ローブを身体に纏っている。魔法主体で戦うのか右手に杖を持っている。俺対策の装備――って考えるのはさすがに自意識過剰か? 奴の戦い方がわからないので見当がつかない。
「そんな装備でいいの?」
聞こえてきたのは意外にも女性の声だった。
もちろん中身が男で女性アバターを使いながら変声していることもあるのだが、勝手に男だと思っていた。
「
折角、二つ名という一種の匿名機能を利用しているのに、この妹魂の姿から<寡黙な刃>に変身したら身バレする可能性がある。それは最初から鬼の姿になっても同じことだ。このイベントは『【決闘】<辻斬り>VS妹魂』という戦闘ログがデータ上に残ることになる。それなのに実際の戦闘では<辻斬り>と<寡黙な刃>が戦っていたら間抜けにもほどがある。その姿を他のプレイヤーに観戦されたら一大事。面倒事は目の前のやつだけで十分だ。
弱体化は
結構適当? それとも何も考えてないとか?
ま、どうでもいいか。どちらにしろ倒すことに変わりはない。
「それよりも早く始めよう。俺はこのままでも問題はない」
「すごい自信ね」
「……」
自信もなにも、ブレイブで初優勝を飾ったチャンピオンなんだけど……。
あれ? 俺がチャンピオンだから戦いたいんじゃないのか、この人。そんなに俺って強そうに見えないの? ちょっと傷つくぞ……。
「これが【決闘】の条件」
彼女から申込状が送られてくる。
表示された中身には俺が勝った場合と負けた場合の報酬が書かれていた。勝てば姫の居場所、負ければ大量のゼルを支払う、といった具合だ。提示された金額はブレイブ優勝の副賞の1つとして贈られたゼルのほとんどを失うことになる。副賞のことを知らないと吹っ掛けられない額だ。
「あんたなら呑める条件のはず」
「そうだな」
「あと、す――じゃなくて、あんたの正体は誰にも言わない。うちが勝っても負けても、ね」
どっかで経験したような書面外の条件を提示された。
「それを信じていい根拠はあるのか?」
「え? う~ん……ここでばらすぞって言ったらただの脅迫だし、訴えられたらアナザーワールドどころか人生がBANされちゃうにゃ……」
「真っ当な判断だ……って、ん?」
今、語尾になんて言った?
ネコみたいに「にゃ」って鳴かなかったか?
それはロールプレイの一種なのか噛んだだけなのか、それとも
「……」
こいつもしかして……あいつなんじゃないか。
同級生の顔を思い浮かべながら『了承』ボタンを押すと、バトルログに『【決闘】<辻斬り>VS妹魂 開戦まで残り30秒』のログが流れた。
今回の【決闘】は個人イベント専用のエリアで行うためエリア全体が【決闘場】となる。
互いがウォーミングアップをしている間にカウントダウンが始まり、すぐに戦いのゴングが鳴り響いた。
「……にゃ?」
勝負は一瞬だ。
忍刀を握りながらの猛進。【魔法】を詠唱する隙を与えずに首を撫で斬るような一撃を与える。<辻斬り>のHPがごっそりと削れるがまだ倒せていない。
「はや――いッ!?」
「――防いだか」
回転しながらの二撃目は杖によって防がれた。
ただ、懐ががら空きだったので
「……ぁ」
ファンファーレと共に『勝者 妹魂』の文字が無情にも空中に浮かび上がる。
俺と<辻斬り>の【決闘】は苦無の削りダメージという地味なラストで終わりを迎えたのだった。
……呆気ねー。
「にゃあああああああああ!? 負けたにゃああああああああ!」
魔導士女が頭を抱えて叫ぶ。
たぶん……というか絶対、こいつのこと知ってるわ、俺。
「おい」
「全然
「<辻斬り>さん」
「一獲千金のチャンスがあああぁぁぁぁ……水の泡にゃ~……」
「帰って来い」
「なんにゃー色男がうるさいにゃー」
誰が色男やねん。
「……ところで、月曜日の一時間目って何だっけ?」
「にゃ~? たしかうちのクラスは現国だったはずにゃあ……――ぁ」
「ほ~う」
誘導尋問は成功したようだ。
ちなみに俺のクラスも一時間目は現国の授業だ。すごい偶然だー……なんてな。
「なにやってるんだ、ネコ娘」
「うにゃ!?」
さすがに本名を呼ぶのはマナー違反なので控える。リアルに「にゃあにゃあ」言っている人間なんてあいつしかいないし。
だが、本人はしらばっくれたいのか「にゃ、にゃんのことかな~」とそっぽを向き悪足掻き。話が進まないので少しアプローチを変えよう。
「お前の妹に告げ口するぞ」
「にゃ!? 卑怯にゃ! だったらうちも妹ちゃんにシスコンお兄ちゃんのことは教えちゃうにゃん! 恥ずかしさのあまり顔を合わせられなくなっても知らんにゃ!」
「俺の妹のこと知ってるんだ?」
「最近紹介してもらったばかりなんだから忘れるわけないにゃ~……あっ!?」
語るに落ちたとはこのことか。というかほとんど誘導することもなく自爆している。アホである。
「なにやってんの、ネコ系獣人ちゃん」
「いや、あの――」
「ねぇ、こんなとこで何やってんの?」
「……にゃあ」
観念したように鳴く<辻斬り>改めニィナ・バルケル。
とんがり帽を脱ぐと、そこには薄幸の美少女的な線の薄い少女アバターがいた。現実のニィナは
「実は――」
ニィナの話をまとめるとこうだ。
元々彼女はアナザーワールドで
だが相手はVR版でもAR版でも姿を現さない謎の人物。
いつか出会えるだろうと手当り次第プレイヤーにPvPを挑んだ彼女だったが成果は出ず、それどころか<辻斬り>という二つ名を付けられ、さらには自分を模倣するプレイヤーも出始めた。困ったなーと思いつつも、PvPの報酬にゼルを賭けていたニィナは目的と手段が合致していたためやめるつもりもなかった。
転機が訪れたのは一週間前の金曜日。
初心者の少女アバターを連れている<寡黙な刃>の目撃談があったこと。そして翌日の俺との会話から<寡黙な刃>が周藤遥真である確率が高いと考えたらしい。加えて【呪い装備】と相性のいい魔力ゼロの俺は、最初から<寡黙な刃>の候補でもあったそうだ。
そして今日。
妹たちから俺がデートだと聞いていたニィナは後をつけることを決意。俺たちが別れたのを痴話喧嘩だと考えた彼女は先回りして【ゲリライベント】を開催。こんちゃんを餌に妹魂を釣ろうとしたら見事にヒットしたので<寡黙な刃>が俺だと特定できたそうだ。
総合的に判断し、最終的には勘に頼ったらしいが……すごい執念だ。
現実の金ならわかるが、どうしてゲーム内通貨のゼルにそこまでの熱意を燃やせるんだ。
「ロプリルは――」
さっき教えてもらったアバター名でニィナを呼ぶと、彼女は「にゃ?」と首を傾げた。
「なにかVR版の方で土地でも買うつもりだったのか?」
「それは……」
どうせここまで巻き込まれたのなら、挑んできた理由も聞いておきたい。
今後、また同じようなPvPの挑まれ方をするかもしれないので、何か対策のための参考に――
「
「あいつ? 誰のことだ?」
第三者の存在をほのめかしてくるとは思わなかった。まさかそいつが黒幕ってことはないだろうな……。
だが、そんな俺の心配を嘲笑うかのようにロプリルは「コール、アシストキャラ・ナンバー01、ソウマ」と急に『AIアシストキャラ』を呼び出した。
出てきたのは三頭身にデフォルメされた美少年。少し目元に険があり不良のような幼い威圧感がある。そんな彼にロプリルは申し訳なさそうな顔を向けた。
「ソウマ、ごめんね。お金はまだ手に入りそうにない――」
「うるせぇ!」
「あぁあん――っ!」
謝ろうとしていたロプリルの頬をソウマが叩いた。
思わぬ光景に俺は「えぇ……」と戸惑うことしかできない。
当然だがこれはゲーム。ソウマは<アーチ>が見せる拡張現実にすぎないため暴力を振るっているように見えるだけで実害はない。それにもかかわらずロプリルは叩かれた(ように見えただけの)頬を抑え、悲鳴を上げたのだ。三文芝居を見せられ、思考が停止した俺のことを誰が責められようか。
「お前は本当に使えないな。謝っている暇があったらさっさと他のプレイヤーから金をとってこい。その身体を使ってな」
「そ、そんな……うちはもう戦いたくないよ……」
「あぁん?」
「ひっ、ごめんなさいごめんなさい」
シュールだ。シュールすぎる。ソウマがデフォルメ状態だから余計にそう思う。だからといってVR版だとリアリティが増してしまいそうなので一概にこの光景が悪いとは言えないのが辛いところだ。健全なのか不健全なのかすら俺の頭では判断できない。
ゲームって何だっけ? と前提が覆りそうなぐらい見ていて不安になる。
と、とりあえず彼を止めた方がいいのだろうか。
「あの……」
思い切って浮遊しているソウマに声を掛けてみると、彼は「あん?」と首を回し俺を見つめる。
そして、音もなく近づき俺の目の前までくると――
「初めまして、マスターの『AIアシストキャラ』を務めているソウマといいます。以後、よろしくお願いします」
あれ? なんか思ったよりまとも……というか普通のアシストキャラだ。先程までわざと目つきを悪くしていたのか、今は好青年のような笑みを浮かべている。
「吃驚しましたよね。申し訳ありません。実はうちのマスターはその……いわゆるダメ男が好きなんだそうです」
「……は?」
「その欲求に応えるために僕がマスターにゼルを集めさせるように命令していました」
な、なんだそれ……。
「キミたちってそんなことまでできるの?」
「アナザーワールドはRPGですので、無理のない範囲であれば」
なるほど……とロプリルの方を眺めると「デヘ、デヘへ」と幸せそうに笑っている。
……まぁ、人の性癖は人それぞれだし、俺もシスコンだから他人のこと言えないし、うん。あぁ、そう考えればこれも一種のゲームの光景なのか。ロールプレイングゲームだしな、アナザーワールドは。
「ちなみに僕は幼馴染のダメ男という設定で接してほしい、とマスターから仰せつかっています」
「……大変だな」
「そんなことないですよ。マスターのことは好きですから楽しく演じさせてもらってます。たまに将来が心配になりますけど」
「ハハハ」
「妹魂さんの『AI』も同じ気持ちだと思いますよ」
氷菓たちも? 俺が『姉のように接してくれ』とか言ったら応えてくれるのか?
……いや、そうか。今の従者のような態度も俺の要望に応えた結果なのかもしれないな。そう考えるとロプリルとソウマの関係も至って自然なもののように――
「ソ、ソウマ、だ、駄目だよ? 彼の妹は紹介できないって前に――」
「んなことわかってるよ。大事な話をしてんだから割って入ってくんな、鬱陶しい」
「ごめんね、そうだよね……」
「……」
受け入れるにはレベルが高すぎる気がする……しかも、妹を紹介できないって……あ、まさかニィナ! お前が前に話してた幼馴染ってソウマのことか! ダメだこいつ! ゲームの設定を現実に持ち出していやがる……! 手遅れだッ!!
「用が済んだなら俺はもう帰るぞ」
「あ、うん、ありがとう……ソウマ」
ロプリルにはそっぽを向き、俺へと向き直ったソウマは茶目っ気のあるウインクをして見せると静かに消えていった。
「……」
「……」
沈黙が舞い降りた。
どうすっかな―この空気……とりあえず、何の話してたんだっけ? あれか、ニィナがゼルを稼ぐ理由だったか。
「つまり、ソウマに貢ぐために金稼ぎに勤しんでいたと」
「そんなところ……にゃ」
「……」
「……なんにゃあ、その視線はー、シスコン男には何も言われたく無いにゃ~」
「まだ何も言ってないだろ」
「目が口ほどに物を言ってるにゃよ」
「はいはい、悪かったよ」
さて、無駄話は終わりだ。
さっさと報酬を貰うことにしよう。
「で? こんちゃんはどこにいるんだ?」
「こんちゃん? あぁ、報酬の話ね。それなら――」
ロプリルの案内によるとここからそう遠くない場所に彼女は隠れているそうだ。
「感謝してほしいにゃ……初対面だったけど彼女にはす――じゃなくてシスくんのリアフレだって説明して、落ち着ける場所を用意してあげたんだから」
「それを信じてここに迷い込んだのか。それはそれで心配なんだが……」
「彼女とってもピュアにゃ。あと、どっかで見たことがある顔をしててもにゃもにゃする」
さすがのニィナも一目だけでは彼女の正体はわからなかったようだ。
「そんな女性を泣かすなんて、キミも罪な男にゃよ」
「……泣いていたのか?」
「にゃー白々しい。夫婦喧嘩が犬も食わぬなら、痴話喧嘩は猫が吐き捨ててやるにゃ」
「なんだそれ」
ニィナの言葉を鼻で笑いながら、頭ではこんちゃんのことを考える。
泣いていた……のか、友達にそんな顔を見せたくなかったから彼女は逃げたのだろうか。わからないけど、できることはしてあげたい。
「そろそろ落ち着いたころだと思うし、さっさと迎えに行ってあげるにゃ。鬼は鬼らしくするにゃ」
「追いかけて、見つけ出せ――ってことか?」
しっし、と手を振るニィナに押され、俺は野原を駆け出した。
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