第15話 約束
ごゆっくりどうぞ。
そう言って厨房へと戻っていった<シェフ>の後ろ姿を見送り、俺は『そろそろ食べるか』と提案する。
『はい。……ぁ、でも着ぐるみを着たままではお食事が……』
ん? あ~口に物を運べないってことか。
『大丈夫だよ。ゲーム内での【食事】だから脱ぐ必要はない。こういう顔を隠すための装備はキャラメイクを失敗した人たちの救済措置の面もあるからね。【食事】の度に外してたら意味がなくなってしまう』
『クーよくできていますね……ぇへ』
笑いを堪えきれなかったのか、こんちゃんから含み笑いのような息が漏れていた。感情と連動している【ヴァニの着ぐるみ】の顔が不敵な笑みも浮かべているので隠しきれていない。
『なんか面白いことでもあった?』
俺が問いかけると着ぐるみが顔を赤くしながらくねくねと身体を揺らし始めた。
『顔を隠しながらお食事をするのが、御父様っぽいなって』
食事中に顔を隠す……?
『わたしの御父様は特定の方にしか素顔を見せることができないんです。だから会食のときは仮面を着けたまま食事をします』
俺の戸惑いを感じ取ったのかこんちゃんがそう付け加えた。
『へぇ~そんなこと初めて聞いたな……仕来りみたいな感じか』
色々な家庭があるんだなぁ。俺にはわからない事情ばかりなんだろうと納得。
こくり、と無言で頷くこんちゃんは父親と同じことができる状況が楽しいのだろう。そういえば……王女様の旦那さんである騎士の精霊はずっと顔を隠したままで、カメラの前で素顔を晒したことは一度もない――という話を聞いたことがあるような……。
『……』
いや、だから詮索はやめよう。
彼女が誰の娘であろうと、俺には関係の無い話だ。
今は友達と【食事】を楽しむだけだ。
――と言っても、今日のゲーム内の【食事】は残念ながら楽しくもなんともないんだけどな。
『じゃあ、さっそく着ぐるみを着たまま【食事】をしたいところなんだが……』
『はい』
『がっかりしないでね』
『クゥ?』
首を傾げたこんちゃんを前に、俺は目の前にあるサンドイッチを掴み口元へと運んだ。彼女も俺に
『ク? 消えてしまいました……』
口の中に入れる間も無く、一瞬でサンドイッチが跡形もなく消えてしまった。もちろん彼女の物だけではなく俺の物も消えている。
『VRゲームの開発途中で【食事】に対する規制が行われたらしい。味や
『勘違い……』
『「さっきゲーム内で食べたから現実では食べなくていいや」ってなる。満腹感も得られるから余計そう考えちゃうのさ』
『大変です……! 死んじゃいます!』
『そう。だから最初から規制された。しかも現実ではお腹が鳴っているのに食欲はない――なんていう気持ち悪い感覚まで与えちゃうんだ』
脳と身体の齟齬が及ぼす人体への悪影響。
ゲーム内で【食事】をとることで食欲をなくし、ダイエットに活用する可能性。
餓死。
様々な問題を引き起こす可能性があるゲーム内の【食事】という行為は文字通り“味気無いもの”にすることで解決された。所詮は消費アイテムの一種ということである。
『ク~もったいないですね。こんなに美味しそうなのに……』
『自分のステータスを一時的に強化したいだけなら味が無かろうが関係ないからね。ただ――』
『?』
『禁止じゃなくて規制ってところがポイント。ユーザーには一週間に一回だけゲーム内の【料理】を実際に味わっていい権利がある。時間制限付きだけどなんでも食べていいのさ』
『なんでも……』
『アシストキャラやAIアシストキャラが【料理】の味見をしてるから不味い物を食わされる――なんて心配もない。たまに失敗談もあるから気は抜けないけどな』
『失敗談?』
『あるAIアシストキャラが「美味しい」って評価した料理があったんだけど、それを食べたプレイヤーが突然火を噴いたんだ。あまりにも辛すぎて』
『辛いと火を噴くんですか?』
目を丸くして驚く彼女に『ゲームだからな』という最も説得力のある魔法の言葉を送る。納得せざるを得ないといった感じでこんちゃんは頷いた。
『AIキャラが激辛好きだったことをそのとき初めて知ったんだと。しかも【発汗】っていうHPが徐々に減っていく状態異常が付加されるほど強力なやつ』
『大変だったんですね……』
そう言いながら、こんちゃんがポテトスティックを摘まむ。
俺は彼女が口元へ運ぶ瞬間を見計らい、
『ちなみにその料理が、今こんちゃんが摘まんだやつね』
『ク!?』
ぴたっと動きが止まってしまった。
着ぐるみ姿で冷や汗を浮かべる様子も可愛いが、中身はいったいどうな表情をしているのだろうか。悪戯を仕掛けるならもう少し後にすればよかったかな、と俺は少し後悔した。
『はは、忘れたの? 今日は味がしない日だよ』
『クゥゥゥ、シスくんは意地悪です』
悔しそうな鳴き声がヴァニーちゃんから漏れ出たため、俺はすぐに『悪い悪い』と苦笑しながら謝った。
余談だが店に出されているのはすでに辛さが抑えられており、火を噴くほどのものでは無くなっている。激辛好きに受けそうな【料理】ではあったのだが、食べた後に状態異常を直すための専用ポーションを飲まないといけない、という課題が立ちはだかったのだ。
良薬は口に苦し。
その言葉通りこのゲームの回復ポーションは苦くて不味い。味がわかる状態で飲むと最悪だ。火を噴いた彼は口直しとばかりにポーションを一気に飲み干してしまったせいで、さらにもだえ苦しむというダブルパンチを受けたのだ。
今でもよく「もう絶対激辛料理は店には出さない!」と口癖のように呟いているよ。
『……でも、やっぱり少し残念ですね』
唐突にこんちゃんが視線を落とした。
『え、もしかして辛いの好きだった? 今度は味を楽しめる設定にしてから来ようか?』
『そういうことではなくて! それに次は――』
彼女は何かを言いかけ、すぐに肩を落としてしまった。なにか伝えたいけど伝えられないことがあるのかもしれない。
――俺みたいに。
『……シスくんと一緒にご飯食べたかったです』
『そういうことか……』
【料理】ギルドの店内はユーザー間のコミュニケーションの場としての存在が強い。友達との楽しい食事を想像していた場合は物足りないと感じてしまうのも仕方ない。
それにしても一緒にご飯が食べたいなんて可愛い人だな……てか、これチャンスじゃないか?
『提案……なんですけど』
思わず口調が丁寧になってしまう。
改まった俺にこんちゃんも不思議そうに『ク?』と首を傾げている。
『今も昔もネトゲ友達と食事をする方法というのは決まっておりまして――』
『なにをするんですか……!?』
前のめりになったこんちゃんに思わず気圧されてしまうが、俺はどこか期待するように見つめ返し、
『それは――』
そのイベントの名を彼女に伝えるのだった。
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