第13話 着ぐるみな2人
平日の夜。俺たちはまたアナザーワールドで遊んでいた。
こんちゃんは忙しい身なのか、あまりゲームをすることができない人だった。ホームに招くことができたのは土曜日に遊んでから実に四日ぶりのこと。前回はお喋りだけでゲームらしいことが全然できなかったので、今回は街やフィールドを散策することを最初に提案した。
『どうだった、こんちゃん。初めてのフィールド探索は』
俺が声を掛けた先には狐と兎が入り混じったような着ぐるみが『ぽむ、ぽむ』とメルヘンな音を立てて歩いていた。もちろん中身はあの銀狐獣人アバターのこんちゃんだ。
『楽しかったです! 異世界ではない、また1つの
着ぐるみのせいで声がくぐもっている。
彼女が身に着けている装備はゲームでおなじみの【ネタ装備】というやつだ。
鬼の総面を被った<寡黙な刃>な俺と銀色妖狐の獣人アバターのこんちゃんは周囲のプレイヤーから仲間だと思われている。つまり、こんちゃんの近くにいるプレイヤーが必然的に<寡黙な刃>であると周囲に知らせてしまうため、彼女がキャラクリをやり直すまではちょっとした変装が必要だった。
そこで用意したのがこのアナザーワールドのマスコットキャラクターであるカーバンクルの【ヴァニ】の着ぐるみである。
ふっさふっさの白い体毛に覆われたシルエット。リアルは追及していないため覗き穴の類いは一切無し。ゲームだからこそできる完全素顔ガードの究極装備。
俺が制限なしで彼女に渡せる防具の中で、頭を丸ごと隠せるものがこれしかなかったのだ。
最初は「は、恥ずかしい、かもしれません……」と渋ったこんちゃんだったが、「俺も着るから!」と説得したことで俺たちは仲良くゲームライフを満喫できているのだ。
そう、彼女だけでなく俺自身もまた、超絶可愛いマスコットキャラの一員なのである。たまにはこういうプレイも悪くはない。
『今日行った森や山はこの世界のほんの一部に過ぎない。まだまだ驚くのは早いぞ~その気になれば海の中、土の中、空の果てにまでフィールドは続いているからな』
『現実と変わらないんですね……』
『データが続く限りな――っと、こんちゃん。気を付けて』
『ク~?』
『
視線の先には街道を歩く2人組の男の姿。
今は雑談をしているようだが、先程まで俺たちの姿を観察するような鋭い視線を送ってきていたのだ。
(たぶんあれかなー)
目立つ装備でフィールドを歩いていると狙われやすい。
俺の懸念は彼らとすれ違った瞬間に現実のものとなった。
「ひゃっハアアアア! アナザーワールド楽しんでますかあああああ!?」
「俺たちがもおおおおっと面白いことを教えてあげるよぉぉぉぉぉぉお!」
突然――というか予定調和というか、やはり彼らはPKが目的だったらしい。
腰に差していた剣を握り、一直線に手近にいた俺に向かってきた。もう1人の男は斧を持ち、遅れて走る。
そうなんだろうな、とは思っていたので俺たちが驚くことはなかったが、ひゃっはーってお前……言葉通り楽しんでんなぁ~ってちょっと感心しちゃったよ。
「うっへっへ、ヴァニ狩りじゃヴァニ狩りぃいいいいい!」
「俺たちのヴァニ―ちゃーん! 逃げないでねええええ!」
本当に楽しそうだな、おい。PKをしてもお得なことなんて何もないのに……熱意がすごい。俺にはわからないプレイスタイルだ。
ちなみにヴァニーちゃんとは【ヴァニ】の着ぐるみを装着したプレイヤーの総称である。ヴァニの由来がバニーであることと、兎に似た姿からバニーガール、バニーちゃん、ヴァニーちゃんと連想ゲームが行われた結果だ。男の俺が装着していてもヴァニーくんとはならないのである。
……ま、相手には性別なんてわからないだろうけど。
「うらああああああ――っと、なんだ初心者じゃねーのか。つまんね」
『残念だったな。俺はそこそこプレイしてるゲーマーだよ』
そして――
「俺
頭も回るらしい。
「奥のヴァニーちゃんは初心者の可能性あり! 先にやれ!」
「あいよ!」
俺と剣を交えた男が叫び、斧を握った相方が脇を通り抜けそのままこんちゃんの元へ。
まんまと出し抜かれた形になってしまったが……実際は予定通りだ。
「へっへっへ、残念だったな
『……』
……は?
「後ろのやつをkillしたら次はお前だ。2人掛りでたっぷりぃとなぶりゴロしてやるぜ」
『……お前たちは勘違いをしている』
「あ?」
『彼女は初心者だが……“弱い”とは一言も言ってないぞ? 俺は』
「ああん?」
剣男が顔を歪めた次の瞬間、俺たちの横を轟音が通り過ぎていく。
それは斧男の残骸だった。このゲームはそこそこグロテスクであり、内臓などの中身は表現されないがAR版同様の流血表現やVR限定の欠損が反映される。
飛んでいったのは斧男の上半身だった。下半身はこんちゃんの手前で膝をつき端から消えかかっている。
「嘘、だろ……?」
俺もさっきまではそう思っていたよ。
だけど、こんちゃん――彼女はゲームセンスというか戦闘能力が滅茶苦茶高く、戦い慣れしていたのだ。プレイヤーのレベルが装備等の制限解除の役割しか担っていないアナザーワールドにおいて、強くなるコツは装備を揃えるかプレイヤー本人が強くなるしかない。『ク~やりました~シスくーん』と両腕を振っている彼女の弁では、蹴り技に長けた家族から様々な技を教わっており、それをゲームに活かしているらしいが……正直、戦闘に関しては初心者のレベルではなくなっている。
こいつらの他にも俺たちを襲ってきたプレイヤーは3組ほどいたのだが、その全てを彼女は返り討ちにしていた。ヴァニの着ぐるみの白い毛が赤い血で染まっていく様はとても猟奇的で酷い絵面だった。
……変な二つ名を付けられる前にキャラメイクさせよう。
そんなことを頭の隅に置きながら、俺は剣男と向き合った。
『それと1つ忠告したいことがある、俺のことを兄と呼んでいいのは
「な、なにを言って――あ! お前まさか、あの有名なシスコ――」
最後まで言葉は続かなかった。
忍刀装備で最も早い【技】――【血潮】。
相手の頸動脈を狙い、こちらの初動が認知されなかった場合はダメージに大幅な補正が付く暗殺術。アサシン系統の【スキル】にポイントを振っている俺が繰り出せば、ほとんどのプレイヤーは即死する。
強すぎる【技】だが、もちろん弱点はある。
狙った位置から少しでもずれれば【技】は失敗扱い。傷が浅ければダメージも微々たるもので、対人戦で向かい合っている時では初動も見切られるためほぼ発動しない。今回は相手が油断していたためできた荒業であり、あくまでも暗殺に特化した攻撃だ。
「がっ――はっ――」
崩れ落ちる剣男。
そのポリゴンの残滓を眺めながら【技】が成功したことを確認する。
とりあえず腕は落ちていないようで安心したかな。AR版とVR版では勝手がかなり違うから不安だったんだ。次に出場するのはVR版の大会だろうし、調整は少しづつ行っていきたい。
問題は、その大会がチーム戦ってところなんだよなぁ。ボッチには辛い応募要項だ。
『お疲れさまです、シスくん』
『お疲れさん』
駆け寄ってきたこんちゃんとハイタッチ。もう四回目になるのでスキンシップも自然だ。
『シスくんシスくん。聞いてもいいですか?』
『ん? 何か気になることでもあったか?』
『シスくんって、シスくん
『あぁん? あーそれは……』
<寡黙な刃>ではなく
答えはイエスなんだが……その場合“あの話”をしないといけなくなってしまう。そんな大した話ではないのだが……あまり喋りたくないな。
『さて、なんのことやら……』
『何か隠してます?』
『……』
『シスくんが困ってます……気になってしまいます』
『ははは』
そこから無理に聞こうとしないのが彼女らしさなのだろう。
『そのうちな、そのうち』
会話を中断して街へと足を向ける。最後は【料理】に関する話をして今日のゲームを終わるとしよう。
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