守護の女神と醜い少年~ただし、彼はヒーローである~

老亀

第1話 醜悪なこの顔と心で、君に手を引かれる

 ―――――今日こそ変われるって、何度願ったかわからない。


 新宮しんぐう鉄心てっしん、16歳。どこにでもいる高校生、ではない。それは悪い意味で、だ。


 高校はくだらない揉め事で辞める羽目になった。薄々そうなるだろうなと、思っていた鉄心の人生は、絶賛転落中である。今の所、転がり落ちる坂道で止まる気配はない。

 すべて、この醜い顔が悪い。持ち主である鉄心ですら、鏡を見ると目をそむけたくなる。


 6歳の頃に負った火傷の跡は、顔に巨大な爪痕を残し、右目は引きつって見開かれたままだ。小学校の頃は常にいじめられ、地獄だった。悔しくて空手を始め、中学校になる頃には馬鹿にする者を叩きのめすようになったが、今度は逆に鉄心の周囲から人はいなくなった。特にそれは女子が顕著だった。


 なぜだ、と思う。教師はそれは鉄心が暴れるから、人が離れるのだと言うが、納得はいかなかった。もっと弱いものの気持ちを考えろと言われると、腹が立つ。

 鉄心は売られた喧嘩しか買ってないし、弱い者いじめなどしなかった。だが、ひどいいじめをしている連中の方が教師やクラスメイトと上手く付き合っていたりするし、そういう人間に限ってかわいい彼女がいたりするのだ。


 結局、要は、顔だろう。そう言うと、皆、世の中顔じゃないと言う。


 じゃあ、おまえが俺の顔になってみろ。ゾンビの特殊メイクをして、死ぬまで人生をやってみろ。怨念は、心の中で積もり続けている。


「くそっ」


 鏡の中でゾンビが、憎々しげに顔を歪めた。

 困ったことにこのミュータントが、新宮鉄心の顔なのだ。


 夜9時。駅前の繁華街だった。人通りの多い場所は嫌いだったが、高校を中退した未成年に、家族は冷たく家には居づらい。なぜ、不良が家に帰らなくなるのか、今更ながらに思い知らされた。彼らには居場所がないのだ。


「あ、ごめんな……」

「すんません」


 会社帰りらしきOLとぶつかる。鉄心は軽く、頭を下げる。


「ひっ、きゃ、キャァアアアアアッ!」


 悲鳴をあげ、OLが走り去っていった。繁華街がざわめく。慣れてる。放っておいてくれ。人通りが多くても、ゾンビと肩がぶつかれば、奇声の一つもあげたくなる。


 ああ、でも。どこかにこんな顔でも愛してくれる人はいないだろうか。

 いないだろう。わかってる。醜いというのは、この世界では罪なのだ。壊れた顔で十年も生きていれば、それぐらいの悟りは開く。実際、醜悪なものに対し、人間というのは恐ろしいほど残酷だ。小学生時代のいじめでも、一つ間違えば死んでいたものだって、少なくない。


「見たかよあれ、おもしれー」

「特殊メイクとかじゃねぇの?」

「素顔だろ、ゾンビだよゾンビ。俺があの顔だったら自殺するね」


 ほら。残酷な世界から、使者のご到着だ。


「うるせぇな、死ねよバカどもが」


 聞こえるか聞こえないかの、悪態を鉄心は吐き出した。


「おい、聞こえてんぞゾンビ野郎」


 二十歳前の、男が3人。鉄心の前に立ちふさがった。




「うぐぐ……」


「おまえらもう少し頑張れよ」


 薄暗い夜の公園。

 鉄心に絡んできた3人の男はうめき声をあげて転がっていた。


 鉄心も、空手にはそこそこ自信がある。6回戦のボクサーに勝ったこともあった。格闘技の素人なら、3人相手でも勝てる。


「つまんねぇ」


 懐からサインペンを取り出し、とりあえずそいつらのひたい額に『金』『銀』『完』と書いていく。


「ヨシくん! どうしたの!?」


 不意に、女が駆け寄ってきた。彼女持ちなのだろう。そいつだけマジック、油性にしておけばよかったと後悔する。


「トシくん!」

「ナナくん!」


 さらに二名様追加。

 やはり世の中、性格悪いやつほど、モテるんだろうか。


「アンタがやったのね!」

「朋美! 早く警察呼んで警察!」


 女たちの目に、敵意が灯る。


「なに言ってんだ、喧嘩売ってきたのはそいつら……」

「もしもし!? 警察ですか!? 大変なんです……」


 弁解など、聞こえない。まずい雰囲気だった。このままだと、一方的に罪を着せられかねない。


 鉄心は背を向け、走り出した。


「あーっ! 逃げた!」

「そこの人、捕まえて下さーい! 暴漢です!」


 公園の入口で、誰かとぶつかった。跳ね飛ばしてしまうかと思ったが、逆に鉄心がたたらを踏む羽目になった。


「すんません、急いでるんで!」

「……」


 ぶつかった相手に謝り、夜の街を駆けた。


 ああ、クソッ。いいなぁ、俺もああいう風に愛されてぇなぁ。

 可愛い彼女とか欲しかったなぁ。


 誰にも言えないが、少女漫画とか好きだった。

 あそこに出てくるような、正々堂々と誰かを愛せるような、男になりたかった。


「俺なんかに、好きになられたら迷惑だろうけどなァ!」


 自虐の笑みを浮かべて、ひたすら鉄心は逃げた。少しだけ、泣きたかった。




 どこをどう走ったのか。いつの間にか、繁華街の人混みに、鉄心は溶けていた。

 疲れ切った深夜の街が流れている。気だるげなサラリーマンが早足なのは、帰るべき温かい家があるからだろう。


 いっそ死んでやろうか。

 鉄心はわらう。

 家族からも見捨てられている自分だ。これから先、どれだけ努力しても愛されることなど無いだろう。なら、すっぱりと終わらせてしまったほうがいいかもしれない。

 いや、10年前に火傷を負った日に、自分は死んでいたのだ。それがだらだらと未練たらしく、生きていたのが悪い。だからひどいいじめとかを受けたりしたのだ。


「死んでやるか」


 なんとなく、納得した。それでいい。これから先、転がって落ちていくだけの人生を歩むぐらいなら、潔く終わらせたほうがマシだ。

 誰も振り向かない、群衆の中で運命を決める。

 俺が死ぬことで、クソ親父とクソババアと、クソ兄貴が少しでも嫌な気分になってくれれば幸いだ。

 派手に飛び降りてやれ。誰か巻き込んだらごめんなさい。


 それは唐突な、衝撃だった。強大な巨人の手に、背中を叩かれたような強さだった。


 はええよ。ふっとばされながら、ぼやく。


 自殺を実行する前とは、この死神は早漏すぎやしないか。


 二転、三転して、鉄心は地面に叩きつけられた。衝撃で、呼吸ができない。

 悲鳴。怒号。気だるげだった夜の街を、人々の混乱が埋め尽くす。


 動けずに倒れたままの鉄心は、何人かに踏まれた。背中ならまだいいが、手を踏まれるのは辛かった。骨が折れたかもしれない。

 嗤う。死のうと思っていたのに、怪我を心配するのか。


「――――ッ!」


 けものの、雄叫びが聞こえた。もはやそれは声ではなく、音そのものが衝撃波を起こすほどのものだった。


 顔をあげた。そこには、化け物がいた。全身が炎に包まれた、獅子。ただし象ぐらいの大きさがある。それが電柱をなぎ倒し、ビルに噛みつき壊している。冗談のような生き物だった。


 東京には、化け物が出る。半年前から、ハザードと呼ばれる怪物たちが出現するようになっていた。警察はもちろん、特殊部隊も歯が立たないのだという。街で突如現れては、好き勝手現れるモンスター。生で見るのは初めてだった。


 おもしれぇな。何故か笑えた。

 痛む体と絶望を引きずって、立ち上がった。飛び降りだの首吊りだの、普通の死に方は、嫌だった。同じ死ぬなら、伝説に残るようなやり方がいい。


「ソッチのほうが、かっこいいってもんだろう」


 地面から、木が生えてくる。いくつも、いくつも。それはたちまち木で出来た人になり、化け物と同じように暴れ始めた。


 足を、踏み込む。全霊の力で鉄心は、木人ぼくじんに殴りかかった。衝撃と、骨に響く痛み。木人はけろりとしている。

 じろり。無表情な、顔のない木の人形がこちらを見つめた気がした。


 木人が、腕を振り回す。駄々っ子のような殴打が、鉄心の体を吹き飛ばした。


 吹き飛ばされる。冗談じゃない。プロのボクサーだって、そうそう大人を吹き飛ばせるものじゃない。

 地面にキスをしながら、手をついて立とうとした。痛み。木人に殴られ、とっさにガードした腕は、真中から折れていた。開放骨折で、前腕骨が肌を突き破り外に出てしまっている。


「ケッ」


 嗤った。首を吊ったり電車に飛び込んだりするよりは、マシな死に方になったか。


 木人たちが集まってくる。顔のない、顔。そして顔。覚悟を決めていたはずだが、やはり怖い。そういえばまだ、一連の化け物騒ぎで死者は出ていなかったか。


 来るなよ。来るだろうか。来てほしいような、来てほしくないような。


 動かない体で座り込んで、空を見上げた。しかし現実っていうのは、いつでもクソみたいだ。ボロくずになって化け物に囲まれてる方が、心安らぐのはどういうことだ。


 ふいに、閃光がはしった。木人が、両断されて崩れ落ちる。3つの影が、夜の街に降る。


 ああ、来ちまった……。


 この街には神様がいる。

 突然東京で暴れ始めた化け物に、人類から外敵を守ることを目的として設立されたはずの特殊部隊は役に立たず、政府も有効な対処を打てないまま軍隊の物量を投入すべきか議論されていた時に、彼女たちは降り立った。


『ラ・デエース』


 そう名乗った彼女たちは、魔法のような超常の力を操り、街で暴れる化け物たちを次々と倒していった。懐疑的だった人も居たが、ラ・デエースが人々を守り、街を守り続けるうちに、やがて誰もが納得し始めた。

 あれは、守護の女神なのだ、と。


 正直、鉄心は冷えた目でそれを見ていた。魔法少女もどきが、神様か、と、わらっていた。


「間に合った! 運命フォルテューヌ! 奴のカードは!?」剣と銃を握った、金髪の少女。鉄心を、化け物たちからかばうように立っている。ハリウッドのセレブが着るかのような、赤いドレスを身にまとっている。「下がってて! 蹴散らすから!」


 金髪の少女は、振り返って鉄心に笑いかける。安心していいからと、なだめるように。


「あ……はい」


 鉄心は、なぜか言われた通りに下がっていた。


「よろしい」


 少女が、にこりと笑う。そして剣を片手に、走り出し、次々と木人を斬り捨てた。ひらひらと、ドレスと、剣が舞う。

 動きも、上等な、劇団の殺陣たてを見ているかのようだ。


「その子はクラブの2だよ、 太陽ソレイユ! あの……大丈夫ですか?」

「へ」


 我ながら間抜けな声だと、鉄心は思った。占い師のような着物をまとった同い年ぐらいの少女が、鉄心の折れた腕に触れている。流れ出る血が、彼女の手についた。


 汚いだろ。さわらないでくれ。言おうとした言葉が、出ない。


「怪我してすぐなら大丈夫ですから。動かないでください。トゥハナー」


 握られた、腕。フォルテューヌと呼ばれた彼女が撫でると、まるで逆再生が行われているかのように、骨折が癒えていく。


「あ……」

「はい、これで治りましたよ」


 にっこり。半分、顔がこわれている鉄心に対して、なんの邪気もなく、本当に、助かってよかったねとでも言うふうに、彼女は笑った。


 それとは別の、笑い声。振り返る。鉄心の後ろで、また別の女神が立っていた。古代エジプトの女王様が来ていそうな、白い衣装を身にまとう。あどけない少女の顔つきであるに関わらず彼女は、肉食獣のような笑みを浮かべていた。


「おい人間。殴りかかってたな、木人アルブルに。威勢がいいのはいいが、おとなしく引っ込んでたほうが怪我をしなくて済むぞ」

「いや……」

「邪魔だ」突如、彼女に鉄心は襟首を掴まれた。そのまま放り投げられる。とんでもない力だったが、叩きつけられると思っていた体は、最後はふんわりとした落下になって、ビルの二階のベランダに、降ろされた「見物ならそこでしてろ」


 呆然としていた。すべてが、非現実の色で染められていた。


女帝ランペラトリス、一気に決めたいの。用意はいい?」

「はっ、誰に言っている太陽ソレイユ。もう仕込みは終わっている」


 女帝が、指を鳴らした。瞬間、オーラで出来た無数の狼たちが、次々と炎の獅子に噛み付いていった。獅子は抵抗するも、振り払い切れず、動きが鈍っていく。


流石さすが」剣を持った、姫が笑う。彼女は一足に跳ぶ。20メートルほど、上空へ。そして剣を振り上げた「痛いだろうけど我慢してね! メテオールッ!」


 叫び。祝詞。そして振り下ろされた剣から、いくつもの光が走り、炎の獅子の、四肢を切断する。


「――――ッ!」


 轟音が響き渡る。炎の獅子が、もがき暴れる。


「帰ろうよ、ね? 怖くないから」


 運命フォルテューヌが、優しく語りかけながら、獅子の身体に触れた。すると触れた場所から光が生まれ、それが化け物の前進を覆う。

 獅子は暴れるのをやめ、体が小さくなっていき、やがて小さなトランプになる。


「お帰り」


 安心したように笑って、運命フォルテューヌはそのトランプを抱きしめた。


 決着がついた。すべてが圧倒的で、アニメのようだった。


「よーし、大勝利ッ! イエーイ!」剣の姫がはしゃぎながら、他の二人とハイタッチしている「それからそこの人間!」

「え、俺?」


 いきなり、名指しされた。まさか話しかけられるとは思わなかった。


「自殺は、駄目だぞ」


 少し不機嫌な声色で、姫が告げる。


「ッ……」


 それだけで心臓を掴まれたような気分になった。


「ほらほら、フォルテューヌ笑って笑って記念撮影……。ってこのすまほのかめらってどう使うの」

「そこ、音量です。ちょ、やめて太陽ソレイユ! スカートの中撮っちゃ駄目ですって!」

「だってぇ、笑顔が硬いんだもん」


 女神たちははしゃいでいる。さっきの戦いも、自身の全能も、まるで大したことなど無いかのように。


 なにが、神様だ、と思っていた。だが鉄心はなぜか納得した。

 彼女たちは、神様だ。鉄心の醜い顔に、なんの反応も示さなかった。そして、すべての言葉が気負いもてらいもなく、天真で爛漫だ。


「帰るぞ太陽ソレイユ。腹が減った。今夜の晩飯はなんだ?」

「ハンバーガーよ、女帝ランペラトリス

「またそれか。野菜は入れないでくれよ」


 ああ、美しいな。彼女たちのすべては、絵画のようだ。


 そして、もう片方で理解する。彼女たちは鉄心の醜さに触れないのと同時に、こちらもまったく見ては居ない。視界に、入っていない。向けられた感情は、まるで部屋に入ってきたバッタを、殺さずつまんで外に出すような優しさだった。


 すべてが。そう、すべてが。

 このクソにまみれた現実の中で、彼女たちの周囲には神域が出来ている。なぜ、人が彼女たちを神と呼ぶのか、わかった気がした。

「う……あ……」


 強烈な感情が鉄心の中に生まれた。


 『彼女たちと同じ場所に立ちたい』


 彼女たちの、視界に入りたい。その神域の中で呼吸をしたい。

 憧れた。その純粋さと、美しさに。

 醜い、人の中でもとりわけ醜い自分が。

 

 恋と言うにはあまりにも恐れ多くておこがましくて、しかしどうしようもなく強い憧れだった。


「ま、待ってくれ!」


 撤収しようとした女神たちに叫ぶ。しかし彼女たちは、軽く手を振って、空を飛んだ。


 ああ、そうか。神様だもんな。空ぐらい飛べるよな。


 でも、ついていきたい。あなたたちと同じ空気を、せめて吸いたい。そして出来たら、自分を視界に入れて欲しい。

 ストーカーって、こうして生まれるんだろうか。我ながら気色悪い感情と思いながらも、衝動を止められなかった。


 走った。ひたすら。彼女たちが去った空を。その影が米粒のように小さくなって、やがて見えなくなっても、その方角をめがけて鉄心はひたすら走った。心臓が悲鳴をあげても、肺が出血したように痛んでも。やがて苦しさが去り、奇妙な心地よさを感じるほどになりながらも、足だけは止めなかった。


 やがて、大きな川に出た。渡れそうな橋は近くにない。鉄心の全身から、力が抜け、土手にへたりこんだ。


「相手してくれるわけないだろ、俺みたいなやつを……」


 泣いていた。なぜだかわからないが、悲しくて悔しくてしょうがなかった。

 どうして彼女たちを見てしまったのだろう。癒やしてもらった腕が、うずく。この場で同じように腕をへし折ったら、また来てくれたりしないだろうか。

 会いたい。話したい。触れたい。神様への罰当たりな欲望が、止まらない。


 もし彼女たちを知らなければ、こんな切ない想いなどしなくて済んだのに。明日から、どうやって生きていけばいいのだろう。この強烈な衝動を、押し殺して生きるのは、絶望に等しい。

 やはり、死ぬか。川に飛び込んで。


「でも……溺死は苦しいって言うしなぁ……」


 河原の原っぱに寝そべった。白む空、今日も新しい今日が来る。それが鬱陶しくて忌々しい。


 無為と絶望の日々をただ繰り返すだけなら、やはり死んでしまったほうがすっきりする。


「池袋から、福生市の多摩川まで40キロ超を3時間半か。ダメージ抱えたままにしちゃ、よく走った」大きな独り言が聞こえた。最初、それが自分に向けられたものだと鉄心は思わなかった「おい、新宮鉄心だな、おまえ」


「あ……?」


 眼鏡をかけた、スーツ姿の男だった。それだけだと真面目なサラリーマンという印象になるはずだが、実際は不良インテリと呼ぶほうがふさわしいような風貌だった。濁った魚のような目が、そう思わせるのかもしれない。あるいは、細身ながらもよく鍛え込まれたその肉体を、スーツが隠しきれていないせいか。


「泣いてんのかよ、ひどいツラだ。それにそのヤケドあと。追っかけてもラ・デエースには相手されそうもないな」


 胡散臭さを、胡散臭いままにして、男は薄く笑った。


「なんだよオッサン。喧嘩売ってんのか」

「まるで野良犬だな。誰彼構わずそうやって噛み付いてんのか、新宮鉄心」


 殴ってやろうか。鉄心がそう思って見据えたスーツの男に、隙は見えなかった。

 強い。殴りかかって、返り討ちにあう自分の姿が想像できる。


「消えろよ、オッサン」

「まぁ、待てよ。今からうさんくせぇ話をするぞ。いいか、ヒーローになる気はないか。いま暴れている連中を、ぶちのめせるやつを探している。どうだ、やってみる気はあるか?」


 ヒーロー……。


「はいはいはい! やるやるやるっ!」

「だろうな……出来れば俺もそのまま断って欲しいぐらいなんだが……は?」

「嘘、俺、ヒーローになれんの!? やった、ヤッター!! ヒャッハっ!」


「……馬鹿だろ、おまえ」


 男の、呆れたような声は、風に乗って消えた。

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