メソロジア~オーバー・スカイ~

夢科緋辻

第1幕 ブルー・アンハッピー

00 イカロスの末路

 記憶に焼き付いているのは、鮮烈な『赤色』だった。 


 燃えるように真っ赤な長髪に、夕焼けを閉じ込めたみたいな緋色の瞳。赤という色は、この人のためだけに存在しているのではないかと錯覚してしまう程に赤色の似合う女性だった。


 きっと、『あの人』は俺の事なんて覚えてない。

 共にした時間は短いし、交わした言葉だって少ない。世間を騒がせただって、俺にとっては生きるか死るかの出来事でも、あの人にとっては日常の延長線上でしかないんだから。


 絶対に届かない存在だと思った。


 遠くて、遠くて、遠い。

 その背中は遙か彼方。地面から見上げた青空と同じくらい離れている。ギリシャ神話のイカロスが翼を手に入れてでも、空を目指した気持ちが少しだけ分かった気がした。


 憧れ。


 だけどこの感情が、無謀で、無意味で、無価値な物だという事には薄々勘付いていた。

 だって、俺は『偽物』だから。

 

 大半の人間と同じで、その他大勢の内の一人。

『偽物』は、演じる事でしか、思い込む事でしか、自分と周囲を騙す事でしか、生きていく事のできない弱者だ。出る杭は打たれるから、必死に周りに馴染もうとする社会の奴隷。大量生産されたえの部品パーツでしかない。

 

 人間は、良くも悪くも社会的な生き物だ。社会という枠組みに隷属して生きていくのならば、そこに存在する暗黙の了解——『常識ルール』を守るしかない。

 この点をどうこう言うつもりはない。

 空を自由に飛び回る一羽の鳥を羨みながら、地面をつくばる無数のムシになる事が『正しい』と言うのなら、力なき者は従うしかないだろう。


 悲しいかな。

 ここが、俺達みたいな『偽物』の限界。


 でも。

 だけど。


『本物』は違うんだよ。


 社会という枠組みに収まれない異常者。

 その他大勢に埋もれない、いや異端者。


 彼らは、道を創る。

 何も存在しないと思い込まれていた未開の地に踏み入り、神から与えられた個性や感覚で反論や中傷といった壁をぶっ壊して、次の時代の『当たり前』を生み出してしまう。


 正しいと言われる事柄を、正しいと思えないから。

 気に入らない常識を覆してしまう。


 結局。

 彼らはどこまでもだったのだろう。


 学校教育や親の躾が悪かったのではない。

 原因は、先天的な感性。

 神様から与えられた『異常者』としての素質。


 生き物としての『在り方』が、俺達とは根本的に異なっている。決して交われない程にズレているし、社会という型に嵌れない程に歪んでいる。

 彼らにしか理解できない世界があって、それが彼らの『常識』であって、その圧倒的な影響力に負けて、社会の方が彼らの『常識』に合わせるしかなくなってしまうのだ。


 社会ルールに隷属するのではなく。

 窮屈な社会ルールそのものを変えてしまう。


 文字通り、規格外。

 正真正銘の怪物。


 それが、『本物』。


 さて。

 長々と語ってきたけど、そろそろ結論に入ろうか。


 俺はさ、『本物』になりたいんだよ。


 その他大勢の一人じゃなくて。

 社会を回す歯車の一つじゃなくて。

 えのく大量生産された部品パーツじゃなくて。


 いしたきけいいちとして、この存在を世界に刻み込みたいんだ。


 だって、俺は出会ってしまったから。

 正真正銘の『本物』である『彼女あかいろ』に。


 その場所に立てる人間がいる事を知ってしまえば、もう立ち止まれなかった。


 だから、これはそういう物語。


『偽物』にしかなれないと理解しながらも、俺は愚かにも『本物』へ近づこうとした。

 空へ近づき過ぎたイカロスが、どんな末路を迎えたのか語るまでもないのに。


 届きもしないと知りながら、それでも空に手を伸ばす。

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