第17話 古の魔女



 ダグに見送られ、街道を目指して出発。馬車で隣村へ送ると言われたが、辞退した。皆には日々の生活もあるんだし、そもそも行きも隣村から歩いて来たんだ。俺の足なら2時間も歩けば着く。


 長閑な田舎道を歩き、丘の上の木が見えてきた。


 その木の下に、誰かがいるのが見える。俺に気づくと手を振っている小さな姿。



「おーい」


「・・・何してんだこんな所で」


「いやん、おまちしてましたよ♡」


「へいへい」


「まってー、おいてかないでー!」



 通り過ぎようとしたらスライディングしてきた。危ないだろうが全く。足にまとわりつくのが邪魔なので持ち上げると、にへへと笑った。



「おつかれさまでした」


「そうだな、色々あったよ」


「ひなはおみやげをもたせようとおもって、ここでまってたんですよ」


「土産だぁ?」



 降ろしてやると、いったいどこから取り出したのか大きな紙袋。どうぞ!と向けてきたのでもらってやる事にした。中を見ると、お茶のティーバッグがたくさんある。それと薬が入っている小さな壷。



「これは?」


「シグ、ハーブティーさがしてたでしょ?」


「これ、どこから持ってきたんだ?探したけど雑貨屋には置いてなかったろ」


「それは、ひなのおてせいハーブティーなの。できたぶんだけざっかやさんにおろしてるからうれちゃうんだよね」


「そうだったのか、道理で」


「まじょのそだてたハーブいりなので、イライラしたこころもリラックスします」


「!?」



 自分から『魔女』と名乗るヒナ。俺は驚いて見つめると、子供らしからぬ艶やかな笑みを見せた。



「・・・系譜は、『白』、か?」


「しりたいなら、シグもひみつをおしえないとね?」


「俺の秘密?」


「シグムント・『ウル』・スカルディオ」


「っ、!?」



 ヒナは歌うように俺の『本当の』名前を口にした。


 俺は王都ギルドでもその名前を口にしたことは無い。もう過去に捨てた名前。何故、それを。



「なんでそれを知っている」


「ひなはなんでもしってますよ」


「・・・そうか、くそ、魔女だからか」


「ながいきしてますんでね」


「・・・そうだ、それが俺の名前だ。だが今は違う。俺は王都ギルド所属のクラスS冒険者の『シグムント・スカルディオ』だ」



 そう、『ウル』の名前は継承権と共に捨てた。故国を離れ、王族としての義務や誇りは全て置いてきた。それが義兄上の望みだったから。反乱は本意ではなかった。全て大人達に仕組まれて、踊らされた。そして滅びの道を辿った。国も、民も、全て消えて無くなった。『スカルディオ』の名前も、人々の記憶から消えた。


 あれから何年、いや何十年、それ以上の時間を生きてきた。呪われた体と共に。



「お前は全て知っているんだな」


「あれはエルヴァリータのごきげんとりでおきたことなんだよね。まじょはたがいにかんしょうしないのがやくそくなので、ひなはみていただけだけど」


「っ、『緋』の、魔女」


「シグのおにいちゃんが、エルヴァリータにほれちゃって。それでたのしませようとしたけっか、ああなりました」


「・・・なんだよそりゃ!」



 なんだそりゃ。俺は義兄上の暴走に巻き込まれただけだってのか!?もしかしてこの呪いは『緋』の魔女に関係してるのか!?



「おい、教えてくれ。俺の体にかかってる呪いはなんなんだ」


「えーと、それはね、ざんねんなことにシグのおにいちゃんがしたまじゅつと、シグのおかあさんがしたまじゅつがへんにからまってそうなってるの」


「・・・は?」



 ヒナによれば、義兄上が俺にかけた魔術と、母上が俺を守ろうと魔術を使った結果、変に混ざってこうなったと。



「か、解呪できないのか!?」


「え、それむり」


「はぁ!?」


「そのまじゅつ、エルヴァリータのけいとうだから、とくにはエルヴァリータじゃないとあぶないかなー。ひなやってあげてもいいけど、たぶんシグけしとぶかくりつたかいけどいい?」


「いい訳あるかぁぁぁぁぁ!」



 全く、全然役に立たねえ魔女だな!…しかし、『緋』の魔女の名前をばんばん口にしているがいいのか?確か格上の魔女の名前を口にするにはかなりの覚悟がいると聞いた事がある。だからこそ、人間は魔女の名前を口にはしない。



「ヒナ、お前『緋』の魔女の名前を口にして大丈夫なのか」


「ん?シグはじぶんのことよりひなのことをしんぱいしてくれちゃうの?みかけによらず、やさしい」


「捻り潰すぞ」



 ガシッと頭をわし掴む。小さい子供の頭なら俺の片手で充分収まるサイズ。指に力を込めればあわわわわ、と慌てる。小動物め。

 だが、次の一言で俺は人生で一番のショックを受ける事になる。



「まあひなは『くろ』のまじょなので、エルヴァリータのなまえをいってもへいきだよ」


「───────お前、今、なんて」



 手から力が抜ける。そんな俺を見て笑ったヒナは、じゃあまたねー、と声をかけて手を振った。まだ固まっている俺に対し、王族の姫君のような優雅な礼をしてみせた。



「我が名は『黒』の魔女ラゼル。

『緋』の魔術に染まりし数奇なる運命を辿る人の子よ、また機会があればその時に」



 小さな子供の姿を取る、古の魔女。


 この時俺は止まっていた自分の時間が動き出すような、そんな音を聞いたような気がした。


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