第10話 採取クエスト、開始



 深緑の森の奥地。降り注いでいた月灯りは徐々にその明るさを消し、それとは反比例して目の前の薬草の花には零れんばかりの燐光を閉じ込めている。

 

仄かな光の粒が周囲に散らされ、神聖な美しさを誇る。俺は亜空間倉庫インベントリから保存容器を取り出し、採取を開始した。


 ダグによれば『夜が白み始める時』が一番の最高品質を誇るという。確かに辺りがうっすらと明るくなり始めてから、花に満ちている燐光が光の粒となって零れ落ち始めていた。これが全て落ち切るのがおそらく太陽が中天に昇る時なのだろう。

 俺は手早く薬草を周りの土ごとスコップで掘り起こし、保存容器へと移す。このやり方は王都ギルドで学んだ。土ごと持ってくる方が安定するのだという。確かに摘んでしまうよりかはいいだろう。普通の植物採取のクエストだってこうして土ごと、と言われる事が多い。



「ふう・・・これで最後だな」



 全ての薬草を採取し、穴が空いた地面を少しならす。そしてそこに側の泉から水を汲んで撒く。これは王都ギルド長が『できたらやって欲しい』と言っていた事だ。まぁそれくらい大した手間ではないし、地面に穴開けたしな。これでまた次のシーズンに薬草がちゃんと生えるといいんだが。


 さて、これで採取は完了だ。亜空間倉庫インベントリにしまい、村への帰路に経つ。徐々に明けていく空がラベンダー色から青へと変わってきていた。




     □ ■ □




 『片翼のシングルホーク亭』に戻り、朝飯。今日はギリギリ間に合った。焼きたての分厚いトーストにバターが染み込んで旨い。このバターも村で朝絞った牛乳から作ったばかりだという。



「あーくそ、旨い」


「だろう?この村は滋養豊かな土地だからな。そこで育つ牛や豚や羊の肉も旨いし、乳も旨い。鶏も放し飼いだから卵も旨いぞ」


「これまたあんたの腕が入るからなあ」


「そういうこった。王都じゃこんな事出来んだろ?」



 確かに朝に牛の乳絞って、それをすぐにバターにして…パン屋では鶏から朝産んだ卵を使ってパンを焼き…



「旨くない訳がねえな」


「だから住み着く奴も多いんだよ。俺もその口だな。

・・・で?どうだ?採れたんだろ?」


「ああ、3本だけな」


「見せてみろ」



 ちょいちょい、と店の奥へ招かれる。まぁいいか、かなり助言ももらったからには少しばかり見せるくらいはな。


 俺は亜空間倉庫インベントリから保存容器をひとつ取り出すと、ダグの目の前の机に置く。



「お前さん亜空間倉庫インベントリ持ちか。・・・なるほどな、王都ギルドが1人で派遣させるだけの実力はありそうだ」


「まあそれなりにな」



 しくじったか?確かにマジックバッグならまだしも、亜空間倉庫インベントリ持ちは数少ない。ダグも元冒険者だし、今はギルド協力者だ。俺の正体に気が付いても黙っていてくれるだろう。


 俺が採取してきた魔女の香草ハーブを保存容器越しに確認し、うむ、と頷いた。



「文句なく最高品質だな。これなら王都ギルドも文句ないだろ。普段の数揃えるよりも価値あるだろうな」


「そうなのか?俺は魔女の香草ハーブをこの状態で見たことないから何とも言えないが」


「おおー、キレーキレー」


「んなっ!」



 下から声がした、と思ったらヒナがぴょこん、と顔を出していた。ひょいっと保存容器を取り上げて顔をくっつけて見ている。



「おいこら返せ」


「ちょっとだけだからー」


「まぁまぁ見るだけならいいだろ」



 引っ掴もうとした俺をダグが止める。ヒナはじーっと眺めると、飽きたのか俺に返してきた。



「キレイなものをどうも」


「どういたしまして、だ」


「すごいねー、よくみつけれたね?まいとしのおにいさんたちはもっとひかりすくなかったよね」


「・・・そうだったのか?」


「うん、それのはんぶんくらいかな?まぁよがあけるまえからいかないとそういうのはとれないからね」


「お前詳しいな」


「ヒナはもりのことはくわしいですよ」



 すると、ヒナは机に置いてあった深緑の森の地図を取った。それを広げ、じーっと眺める。



「ほほう、くわしい」


「当たり前だろ、数年かけて作成したらしいからな」


「ねえねえ、ここはみた?」


「あ?」



 ヒナの手が指す場所。それほど奥地ではない。王都ギルドの調べた地図の印がない一点を指す。



「ことしはここにもさいてますよ」


「はぁ!?何だってそんな事!」


「ふふふふふ、それはないしょです」


「おいおい、勘弁してくれ」



 こんな子供のいう事を真に受ける気はない。だが、ヒナを見る限り嘘を言っている感じはない。ダグをチラリと見ると、行ってこい、というように顎をしゃくった。



「嘘じゃねえだろうな」


「ひなはうそつかないもん。もしちゃーんとあったらきょうはシグのおごりね!ダグのおみせでごうゆうします」


「・・・いいだろう、その言葉忘れるなよ」


「早く行ってみろ、『マーキング』しておけば今日の夜から採取可能だぞ」



 ダグの言葉に決断し、そのまま森へと戻った。ヒナが指した場所に当たりを付け、森の中を探索すれば確かにある。2本だが、ないよりマシだ。急いで『マーキング』を施す。

 これで5本になる。当初の半分になるが、品質が高いならそれなりに達成した事になるだろう。自分の評価というより、この薬草で作られる高級回復薬の数が出回るようになる方がよりいい。

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