<いっぱいの内緒>

 この時期の朝は六時を過ぎれば明るいが、今日はぼんやりと白い。外ではいつの間にか雨が降りだしたようで、キッチンの向こうに見えるベランダの窓からも、うっすらと景色に線が入っているのがわかる。

 まだ賑やかな二人は寝ているせいもあって静かだ。


 そして私の腕にぴったり抱き着いたまま、さながらコアラのようになってしまった米村も静かである。

 額を押しあてじっとしている。


 そんな様子を気にしながらも、これからおにぎりを作る。ハーフエプロンの紐を腰で結んで気合も十分。おにぎりを作るだけではあるのだが。

 物静かなタイプであるうどんさんは、キッチンの端っこに座っておにぎり作りの様子を眺めたり、ベランダの方を向いて遠くを見たりしている。


 ボウルで触れるくらいに冷ましたご飯と向かい合う。

 大丈夫だ、米村と練習したのだから。手の感覚を思い出す。


 塩を軽く手に振って、ご飯粒をふんわりと揉むように包む。苦しくないように優しく、それでいてもっちり感を手で感じられるように。

 体育座りの米村をイメージすれば、自然と形も三角形のようになる。

 いい感じだ。一つ目を完成させて皿に置く。


「米村、見てみて、うまくできた」おにぎりを指さす。


 腕にくっついた米村は、横を向いておにぎりをじっと見る。頷く。

 次に私と目を合わせると、ちょっとだけ腕を登ってから、また額を押しつけて顔を隠してしまった。

 どうやら認めてもらえたようではある。


 それから、おにぎりを一つ作るたびに米村に見てもらい、米村が腕を登る。段々と腕を伝い肩へと登る。四個目となる最後のおにぎりを作り終えたころには、米村は私の首へとたどり着いていた。

 私の首を抱いて額を押しあてている。米村にとっては巨木のような感じかもしれない。米村がぴったりとくっつくので、たまに自分の打った脈で米村が微かに揺れるのがわかる。

 不思議に思いながらも、手を洗う。

 皿にラップをかけようとしたときだった。


「よくできましたね」ぽつり、米村は褒めてくれた。


 手を止める。

 部屋はあまりに静かで、濡れたアスファルトを車が滑るように通り過ぎる音がきこえる。うどんさんはキッチンの端に座りベランダの方を見ながら足を揺らしている。今の声も雨音だと思ったのだろうか、それとも。


「米村のおかげだよ」視線は皿に向けたまま、ラップをかける。


 小さく、米村が笑った。ぐりぐり、額を押しつける力が強くなる。さらさらの髪が私の首を撫でる。


「おいで」首元に手を差し出す。


 米村は手のひらに乗り、体育座りになる。目の前に寄せて見つめる。米村はまた小さく笑った。

 今度は私の額と米村の額を合わせる。

 ちょっと伸びた前髪が米村にかかる。ちょっとくすぐったそうに首を振る。米村の髪も揺れて、ほのかに甘い香りがする。


 しんとした部屋、ラップの内側はおにぎりの湯気で曇っていた。

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