<夜明けのおにぎり>
米村の水浴びが終わっても、まだ時間は午前五時半。ベランダの方では小鳥が鳴く。外は明るくなってきた。
米村をタオルの上で転がし余分な水分をとる。
「決めた。今朝もおにぎりに挑戦しようと思う。形とかの正しさは求めていないけど、私にだってこだわりはあるんだ」
「えっと、それは隕石に近いです?」
「もー」、米村にタオルをふんわりかぶせて、体を指先でこしょこしょとくすぐる。米村は堪えきれずに笑いだし、タオルの向こうでもぞもぞしながら指を押し返す。
米村はからかって言ったのではないかもしれないけれど、私のこだわりは隕石に似せることではないんだ。
米村は水分をとったあと、いつもの白いワンピースに着替えを始める。その間に米を研いで炊飯器にセット。
「どうする? 今日も入るかな」
「今日はエネルギーがいっぱいって感じなので、大丈夫なのです」
「うん」スイッチをオン。
炊き上がるまでコーヒーを飲もうと思い、ケトルでお湯を沸かし始める。
少しぼんやりしていると、着替え終えた米村が、キッチンの上から私のシャツの裾を引っ張る。
「米村、思ったのですけど、米村を握って練習するのがいいかもしれません」
どういうことだろう。首を傾げて米村を見る。
「なぜなら米村はお米の妖精なので」
「なるほど……米村はお米の妖精だから、お米で、おにぎり?」
「そうかなと、思うのですけど」
「そうなの?」
「そうです」
なぜか押しが強い。妖精だから知っている何かがあるのか、感のようなものなのか。
世間擦れしてくると押しの強いものには何かと警戒してしまうものだが、米村はもっちりしているから押されても大丈夫。
「そういうものか」左手を差し出す。
米村は手のひらに乗り、こちらに向いて体育座りをした。もっちり。小さいお尻が手のひらに乗る。
「三角形に近いと思います」米村は自信たっぷりに言う。
横から見ると、たしかに三角形のように見える。
しかしどう握ったものか。私がうまくおにぎりを握れないのは、これがわからないからかもしれない。
「さあ準備はできています。米村を握ってください」
「それじゃあ」米村の背中の方からそっと右手で包む。背もたれみたいに。
「そうです、そうです。でも米村はもうちょっと強い方がいいと思います」
「こうかな」握るというよりは揉むように、下の左手も動かす。
「そのまま、続けてください」
なるほど。おにぎりとはこう握るのか。おにぎりを握るというのは、私が想像していたのとはちょっと違うんだな。
そのときケトルでお湯が沸く。
「お湯できたからちょっと休憩ね」揉むのを止める。
「はい」返事をして微笑む。
しかし、手から降りる様子がない。首を傾げて米村を見ると、米村も首を傾げた。
途中でおにぎりを放り出してはいけないので、私は右手と太ももだけでコーヒーの瓶の蓋を開け、スプーンでカップに粉を入れ、お湯を注ぎ、かき混ぜた。
はっきりわかったことがある。おにぎりを握りながら、他のことはしない方がいい。
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