第27話「抜錨、鎖巻きます!」

「時間です艦長」


 『つくば』ブリッジでは中央に座るタイラーを中心に、『つくば』を運行するためのスタッフが各自の持ち場へ座っていた。


 時刻を知らせたのはこの『つくば』の舵を今まさに握るパラサ・リッツだった。


「機関始動」


「サー・機関始動!」


 呟くタイラーに対して機関管制席に座る機関長のウベルト・ビオンデッリ大尉が復唱しながら機関の始動スイッチを押す。『つくば』全体が静かに震えるとウベルトの席のモニターに回転数が表示される。それらの数値を素早く確認するとウベルトは目線をモニターに落としながら言う。


「機関正常、出力オールグリーン」


 聞いたタイラーは頷き、続く指示を出す。

「抜錨! 鎖巻け」


「抜錨、鎖巻きます!」


 答えたのは航海長のパラサだった。パラサは自身が握るレーシングカーのステアリングのような丸とH字型の中間の形をしたこの『つくば』の舵の左上のスイッチを操作し、錨を巻き上げた。本来であればここまでの間に、格納庫の隔壁を開けたままの『つくば』はそれを閉めなければならないが、今回は技術科のシドの進言により隔壁を開放したまま出港となる。


 全乗組員は所定の場所で待機、またはシートベルトを締めて対ショック姿勢を取っていた。それは船室をあてがわれたパラサの妹と母も同じであった。


「船務長、レーダー監視を密に、ここから先どんな変化も見逃すな」


「アイアイ! 監視を密とします。各監視員、警戒を密にどんな変化も見逃すな!」


 タイラーの命令に応えたアンシェラ・ベークマン大尉は同時に『つくば』全体に点在する光学センサー室で待機する船務科のクルーたちへ通信で呼びかける。即座に各センサー室から応答が返る。この時代の艦艇は無論様々なセンサーやレーダーを搭載している。だが、それらの妨害装置も発展してしまったがために、現在一番信用できるのはなんと人間による目視なのだった。そのため、この『つくば』では常時150人にも及ぶ人員たちが360度を目視で見張っているのである。


「各センサー室異常なし!」


 各センサーの配置が問題ない事を確認してアンシェラは宣言する。


「よし、両舷前進微速、『つくば』発進!」


「機関出力上昇、びそーく!」


「両舷前進びそーく!」


 タイラーの発進の合図と同時に機関長のウベルトと航海長のパラサが答える。巨大な『つくば』の船体が波を伴って前進し、接岸していた格納庫のハッチが岸と距離を開けていく。


 各センサー室から送られてくるリアルタイムの映像を見ながら、『つくば』全体が湾内から十二分に抜けた事をタイラーは確認すると、つくばの速度を上げるべく指示を出す。この巨大な『つくば』はその巨体さ故にうかつに身動ぎでもしようものなら他の船舶に多大な被害を及ぼしかねない。


「原速へ」


「機関出力上昇、げんそーく!」


「両舷前進げんそーく!」


 周囲に影響がない事を確認してタイラーは原速への号令を出す。


 原速とはその船の巡航速度、つまり燃費が一番いい速度である。通常、戦闘船の速度には微速、半速、原速、強速、戦速、最大戦速、一杯。が用いられる。この時代もこれらの表記が用いられた。この『つくば型』の海上における原速は12ノット(約22.2km/h)。この巨体を持ってしてこの速度は驚異的とも言える。


 しばらくし、水平線から陸がまったく消えたことを確認したタイラーは無線越しに格納庫へ呼びかける。


「シド技術長頃合いだろう。荷物を捨ててくれ」


『了解!』


 格納庫で待機していたシドは自身のリスコンから顔を上げると、「じゃ、頼むわ!」と、DX-001の4番機に乗って待機していたクロウへ声をかけた。


「まあ、僕ら航空隊は自分の機体の中で待機なので別にいいですけどね」


 声を外部へのスピーカー出力にしながらクロウはDX-001をハンガーから分離させゆっくりと歩くと、クロウの指さすコンテナをマニュピュレータで掴む。機体に乗る前にシドから合図したらこれらのコンテナを海へ放り出すように指示されていたのだ。


 因みに他の航空隊員は全員DX-001のコックピット内で操縦訓練の最中だった。営倉で拘束されていたユキも今は1番機の中で訓練に励んでいる。


 掴んだコンテナは四方を溶接で固定されている。コンテナって浮くのかなとクロウは思いながら一つ目を海へと投下する。コンテナは浮いた、半分ほどを海に浮かせながら艦の後ろへと漂っていく。


「シド先輩。これって不法投棄とかになりませんかね?」


『ああん?』


 言われたシドはまあそう言われればそうかもしれない。とも思うが、このコンテナをこのままここに置いておくわけにもいかないのでクロウに促した。


『細かい事は気にするな。もう一個流しちまったんだ。今更言ったところで拾えない! もう一個も流しちまえ!!』


「はいはい、了解っと」


 言われたクロウは、今度は大きく振りかぶって思いっきりコンテナを海上に放った。コンテナは海上で二回三回とバウンドし流れていった。


『あーあ、ありゃ衝撃で死んだな』


 呟いたシドは足早に格納庫の壁へと近づくと、開いたままだった格納庫の隔壁を閉鎖した。


 シドは呟いたつもりだっただろうが、センサー越しに聞いていたクロウにははっきりとシドのセリフが聞き取れた。


「死んだって、シド先輩! あのコンテナに何が入って居たんですか!?」


 小さく舌打ちするとシドは「ち、聞こえてたか」と言いながらクロウのDX-001に向きながら言う。


『敵兵だよ敵兵! 大体40人位入ってた。ま、運が良ければ生きてるだろ、全部溶接しちまったから先に窒息で死んでたかも知れないがな。そんなシュレーディンガーの猫みたいな事、俺は知らん!!』


 言われて、クロウは「うわー」と声を出した。


「知らずに殺人幇助しちゃった……」


『ばっかやろう! 軍人である以上いつかは殺しをするんだ! 遅かれ早かれな! あいつらはこの艦の連中を殺すためにああやって荷物に紛れていやがった。お前はあいつらにルピナスや、ルウや、航空隊の連中がぶっ殺されてもいいってのか!?』


 シドに叱責されてその通りだとクロウは思う。自分はまだここに来て日は浅いが、仲間が殺される所など見たくはない。


「わかりました。でも今度から中身を捨てる前に確認します。中身が人だったらせめて丁寧に捨てたいですしね」


『お、おう。ま、いいや。ブリッジ聞こえるか、こちら格納庫。お客様にはお帰り願った。隔壁閉鎖よし!』


 シド達のやり取りを、実はシドが無線を切り忘れていたためにブリッジ全員が聞き、そして一部はモニター越しに目撃していた。『もお、なにやってるのよあのバカたち』と思いながら、パラサは片手で額に手を当てた。


 パラサの操舵席の隣の火器管制席で戦術長のルウがくすくすと笑っている。だが、パラサはおかげで吹っ切れたと思う。あの自分が呼び寄せる要因となった敵兵は、言うなれば、リッツ家にがんじがらめにされたパラサ自身の陰だ。それをクロウは投げ捨ててくれた。その兵士たちの哀れ過ぎる最後に思うところもないではないが、自分たちは戦争をしているのだと自分を叱咤激励する。


「派手さに欠けるな。クロウ少尉、次は流した後ライフルで撃ち抜きたまえ」


『げ、艦長趣味悪いっすね』


「彼らの誰かでも生き残ってこの艦に復讐せんとも限らんだろう?」


『ああ、そういうこともあるんですね、とりあえずバルカンで撃っておいていいですか?』


『馬鹿クロウ! 隔壁開けようとするんじゃねえ! せっかく閉じたのに!!』


 やり取りに、タイラーは「はっはっはっは! それくらいで丁度いい」と笑っている。タイラーが声を上げて笑うなど、少なくともブリッジにいるクルーは見たことがない。


 パラサは不意に今までタイラーに感じた憑き物のような雰囲気が和らいでいると感じた。その原因までは彼女には伺い知れない。だが、タイラーは一度彼女の前で怒りの涙を見せている。あの時以来努めて機械的に何処か人間性を捨てようとタイラーがしていたのを感じていた。それが、今笑みを見せるタイラーは人間の温かみを強く感じるのだ。


「譲りませんよ?」


 パラサがタイラーを見ているのに気づいたルウがほほを膨らませていた。


「バカね、私もこれ以上バカは手いっぱいよ」


 言われてルウは目を丸くする。昨日の営倉での出来事を思い出して。


「ああ、そういえば『カップル成立』おめでとうございます!」


「ちょっ!!」

 手元が狂いそうになったのをパラサは慌てて戻す。これだけの巨艦が急に舵を切ったら大惨事だ。


「ルウ、あんたねぇ!」


「相談してくれなかったお返しです!」

 とルウはパラサに向かって舌を出して見せた。そんな二人の背中をタイラーは笑みながら見ていた。


「機関長、飛ぶぞ。反重力エンジンはどうか?」


「機関良好。いつでもどうぞ」


「操舵、よし。いつでも大丈夫です」


 返事を聞いてタイラーは全艦に重力警戒警報を発令。即座に通信長のニコラ・マッケイン少尉が全艦放送で通達する。


『全乗組員へ通達。本艦はこれより航空巡航へ移行する。対ショック準備!!』


 放送から少し開けてタイラーは再び命令を出した。


「機関長、反重力エンジン始動微速!」


「反重力エンジン出力上昇、びそーく! 反重力形成膜確認。航海長お願いします!」


「了解、『つくば』離水!!」


 合図と共に、パラサは操舵桿をゆっくりと手前に引いた。


 つくばの巨大な船体がその動きに合わせてせり上がっていく。船首が上へと上がっていくのだ。これだけの大質量の船体である。『つくば』は通常の方法で空を飛べる道理は無かった。だから、この時代のこの『つくば』には用意されていた。飛べるための道理が。


「おお、凄い! こんな大きなものが本当に浮き始めた!!」


 DX-001の自分専用である4号機をハンガーラックに戻し、固定し終えていたクロウはDX-001のモニターを艦の外部光学センサー室の一つのリアルタイム映像に繋げて歓声を上げていた。


『まじかよ、クロウ! お前の所から見えるのかよ! 俺も入って見ていいか!?』


 声を聞きつけて4号機のハンガーラックに飛び乗って来たシドにクロウは言う。


「今コックピットハッチを開けるんでちょっとだけ離れてて下さい。このハッチ意外と開く勢い速いんでその位置だと吹っ飛ばされるかもしれません!」


 かく言うクロウも、このDX-001に今日初めて乗るときにハンガーラックから吹っ飛ばされそうになった口だ。ヴィンツ軍曹が可哀そうに直撃して吹っ飛ばされていた。


 耐衝撃性能を備えるパイロットスーツのおかげで無事だったが、第四世代人類とはいえ、生身で重機の直撃を受ければ無事ではあるまい。


 クロウに支給されたパイロットスーツは宇宙服をスマートにしたような構造を持っていた、首元にはヘルメットとパイロットスーツを接続する構造があり、首の動きに干渉しないようになっているが、パイロットスーツとヘルメット内の気密は確保されているそうだった。その構造上、このパイロットスーツは装着した後スイッチで中の空気を抜く構造になっていた。


 今日の朝、航空隊のブリーフィングルームに併設された男子更衣室で初めてこのパイロットスーツを身に着けた時、クロウは自身の姿見の鏡に映る姿と、同じくパイロットスーツを着込むケルッコとヴィンツの姿を見て、クロウの時代のダイバースーツかタイトなライダースーツを連想していた。ヘルメットの構造はクロウの知るバイクのフルフェイスヘルメットよりもバイザーの面積が多い。顔全体がバイザー越しに見えた。


 その着心地とデザインに満足していたクロウは、男子更衣室を出て、同じく女子更衣室からブリーフィングルームに出て来た女子パイロットスーツ姿を見て激しく後悔した。男子のデザインがライダースーツに衝撃干渉の為のプロテクターを付けたようなそれであれば、当然女子もそのような恰好なのだ。その姿は嫌でもボディーラインを強調した。


 特に無意識に目で追ってしまったのはトニアの姿である。彼女は着やせするタイプなのか、いや、実際にはクロウが意識して見ないようにしていたのだが、誰が見ても豊満な胸を持っていた。そのラインを強調された胸をクロウは無意識に見てしまっていた。


 ガン見である。無論他意は無いとクロウは言いたい。


 他の航空隊員に死ぬほどからかわれたが、それによって被害を受けたのはむしろクロウより見られていたトニアだった。


 思い出してクロウは申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、モニター越しにシドの動きはちゃんと追っていた。今、ツナギ姿のシドはこのDX-001の凶悪過ぎるハッチ開放の直撃を受ければ大けがである。


 シドが十分に距離を取った事を確認してクロウはハッチを開いた。


「おっと、ほんとだ。こいつは危ないな」


「後で改良出来ないですかね?」


「そのうち見ておいてやるよ」


 言いながらシドはクロウの座る座席へとよじ登り、腰に付けた安全ベルトをクロウの座席のアームへ固定した。


「これでよしっと、これで『つくば』が勢いよく飛んでも飛んでいくことはあるまい。それにしてもこいつの中は本当に球なんだな」


「モニターが見にくいんで、一旦コックピット閉めますよ?」


「おお、見えた見えた。へえ、視界はこんな感じか、面白いな」


 それにしても、とクロウはシドと会話を続ける。


「シド先輩はDX-001に乗ったこと無かったんですね」


「ああ、デックスのコックピット周りとその操作系統はルピナスと艦長が主に弄ってたからな。こいつを動かす評価試験の時はいつもルピナスが動かしてたぞ?」


 へえ、とクロウは言いながら、DX-001の愛称がデックスと言う事実を今知った。


「DX-001の愛称も今知りましたよ。デックス。まんまっすね」


「それ、艦長とルピナスの前で言うなよ? なんかカッコいいの考えてるらしい。技術科の内輪でそう言っているだけだ」


 だが、とクロウは思う。そういった愛称はそのように広まっていくのだと。それにしてもルピナスがデックスのこのコックピットに座ってるのを想像する。


「足、ペダルに届くんですかね?」


「お、お前。それマリアンの前で絶対言うなよ? あいつルピナスと5cmしか違わねえんだぞ」


 言われて、クロウは航空隊の人一倍小さい女性隊員を思い浮かべていた。ああ確かにそれくらいかもしれない。


「心配しなくても、あいつらでも操縦できるように調整機能が付いてるよ。それよりほら、『つくば』の艦の下、見えるか、わっかになって海が凹んでるだろ?」


「ああ、ほんとだ、さっきブリッジで言ってた反重力なんたらってこれの事ですね」


 モニターしているつくばの真下では、波もなく真円に海がくぼんで見えた。


「そうそう、ああやって艦からの斥力。要すれば押す力を発生させているんだ、で、完全に海水面から離れたら、今度は斥力じゃなくて反重力の方を強くしていって飛ぶって感じだ。その時、この艦の質量は限りなく0に近づく。つっても実際には質量あるんだけどさ」


 クロウにはその知識も勿論インストールされていたが、原理的な事は流石に理解が追い付かない。知識としてインストールされている情報を読み解くための情報が『足らない』のだ。


「ま、1パイロットには関係なさそうな話っすね。デックスにこの機能が載ったら考えないといけないですけど」


「ちょっとまて、クロウ。そいつは盲点かも知れねぇ。ルピナスが聞いたら飛んで喜ぶぞ?」


 急に深刻な顔をしてシドが言う。


「反重力エンジンってのはその構造上小型化が難しいんだ。でも、ルピナスなら言えば出来るかも知れねぇ」


「例えばなんですけど、それが出来たらどうなるんです?」


「デックスのもっとすっごいのが出来る!」


「すげええええええ!!」


『ちょっとアンタら、さっきからわざとブリッジに声聞かせてる訳じゃないわよね!?』


 急にパラサの怒声がコックピット内に響き渡った。シドのリスコンからである。


「やっべ、通信切るの忘れれたわ。パラサガチギレだわ」


「うっわ、僕関係ないじゃないっすか! 巻き込むの止めてくれませんか?」


『言っておくが、自分以外のクルーを専用のDX-001に乗せたクロウ少尉の方が罪は重い。シド軍曹の通信はミスで片付くが、シド軍曹のコックピットに乗ろうとした行為と、クロウ少尉のコックピットに実際に乗せた行為は懲罰ものだ』


 次いで、タイラーの声が、コックピットに響いた。


「「マジかよ」」


 シドとクロウの声がコックピットに同時に響いた。


「ちょ、シド先輩。マジ降りて貰っていいですか!?」


「わ、バカ! デックス急に動かすんじゃねえ! 俺は安全帯でしか体が固定されてねえんだぞ! それに今更同じだ!!」


 騒ぐ若者たちを他所に『つくば』はその高度をゆっくりと上げていった。

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