第22話「現行犯だ。営倉にぶち込んでおけ!」

 ふう、疲れた。と、声を出しながら、クロウは自室にシドと同室のこの時代におけるクロウの自室のベッドに仰向けに倒れこんだ。


 あの後、航空隊員達に連れられて、クロウは初めてこの艦の医務室へと行った。


 ルピナスも一緒に付いてきてくれ、「じぃじ! クロにぃの頭のケガを見てやって欲しいのだ! ユキねぇが噛んだ!!」と医務室を開けるなり大声で中の人物を呼んだ。『じぃじ』と呼ばれ医務室にいたのはジェームスと名乗る老医師だった。


 彼は既に血の止まっているクロウの頭のケガを診察してくれ、「わはは、歯形がくっきりだが、明日になれば傷口も残らん。まったくこの艦の医者は楽でいい」と言いながらクロウの肩をポンポンと叩いた。その老人は今朝の全体集会の時、唯一パラサへと報告した『大人の男性』だった。好々爺だとクロウは感じた。ルピナスとのやり取りを見てもジェームスはその通りの人物に見えた。


 そのまま航空隊員とルピナスたちと別れ、クロウは自室へと戻って来ていた。捕まった宇宙人のように両脇に抱えられて、ユキがずるずると足を引きずられながら運ばれていくのが印象的だった。


 クロウは、今までの事を思い返し、この艦に来て日数にしてまだ2日しか経っていないという事実に驚いていた。

 

 恐ろしく充実した時間がクロウにずっとこの艦で生活していたかのような錯覚を覚えさせていた。不意に来客を知らせるチャイムが室内に響いた。誰かが訪ねて来たのだろう。クロウはベッドから跳ね起きると部屋のドアのロックを外す。


「はーい、どちらさっぐうううううう!?」


 どちら様ですか、と続くはずのクロウのセリフは最後まで口に出される事はなかった。訪問者がクロウの鳩尾に強烈な一撃を入れ、そのままベッドに押し倒したからだ。部屋の入口のドアはオートロックのため、そのまま閉まりあろうことか施錠されてしまった。


「うへへへ、マウントポジショーン!」


 クロウに馬乗りになっているのはユキだ。しかも、なんとその姿はベビードールと一般的に呼ばれる下着姿だった。


「やーっと二人きりになれたね、クロウ君。さあ子作りしようか、しっぽりと! 激しく! 今すぐに!」


 この段階になって、クロウはようやく自分の状況に理解した。


「や、ちょっ! ユキさんこれレイプですよ!!」


「ふふん、いやよいやよも好きのうちって言うよね! じゅるりっ、おっとよだれが」


 クロウの両手は既にユキの両足の膝によって封じられていた。完全に格闘技の寝技のそれである。ユキは両手をフリーにわきわきと動かしている。


「げっへっへ、逃げられると思ったら大間違いだよぉ、クロウ君今夜は寝かさないZE!」


「お前、バカだバカだと思ってたが本気でバカじゃねぇのか?」


 と、ユキが決め台詞なのかゲスの極みの笑みでクロウに今まさに迫ろうという時である。不意にシドの声が室内に響き、ユキの体重がクロウの上から消えた。次の瞬間にはユキがシドによってヘッドロックを決められていた。シドの190㎝を超える長身から150㎝程度の小さな体のユキに対するヘッドロックである。ユキの足は完全に床から離れていた。


「おい、ここはクロウの部屋と同時に誰の部屋か言ってみろ女郎蜘蛛野郎」


「げ、げぇ、シド。あんたさっき艦長室のほうに歩いていったんじゃ!? まさか、ブラフ!?」


 どうやらユキはシドの行動を監視してこの蛮行に及んだようだ。完全に計画犯罪である。


「あの程度の尾行気づかない訳ないだろ。バカなのかお前、いや前からバカなのは知っていたぜ。だが、女人禁制の男子の営内に押し込んで、逆レイプまがいの事をしでかすほどバカだとは思っていなかったぜ。悪かったな見くびってて。結果的に尾行に気づかれてその犯行すら気取られるんだからお前以上のバカはいねぇ!」


 ぐりぐりと、言いながらシドはヘッドロックの圧力を強めていく。


「あががが、死ぬ。逝く、いっちゃうぅうううう…」


 だらりと、力なくユキはシドの腕からぶら下がった。


「せ、先輩。助かりましたけど、何も殺さなくても…」


「気絶してるだけだよ、流石に殺しはしねぇ」


 言いながら、シドはまるでゴミのようにユキを放るとゴミのようにつま先で蹴った。

「ぐえっ」

「ほらな?」


 ユキに対するシドの扱いに、クロウは若干の同情を覚えたが、よく考えたら被害者は間違いなく自分であり、シドこそこの場でクロウの味方なのだった。一拍おいて再び部屋の来客チャイムが鳴った。シドはドアの隣の端末に手を触れる。


「だれだ?」


『ミーチャ・リジン中尉だ。悪い。うちのバカユキがそこにいないか? 見失ったがヤツの標的クロウはここだ。確実にここに来る』


「ああ、ちょうどよかった。今まさに現行犯で抑えたところだ」

 言いながらシドはドアを開けた。


「すまない、手間をかけた。クロウも無事か? よかった。見失った時には絶対『やられた』と思ったぞ」

 言いながら、入ってくるミーチャの『やる』という単語は『殺る』でもなく『犯る』というニュアンスであることをクロウは聞き逃さなかった。


「現行犯だ。営倉にぶち込んでおけ!」


「了解だ、流石に保安科の監視下に入ればこのバカも動けないだろう」

 言うなり、転がるユキをミーチャは思いっきり蹴り飛ばすと、ユキが完全に意識を失っているのを確認してその片足を掴んで引きずって部屋を去っていった。


 その際下着姿のユキのあられもない姿が露わとなるが、その場にそれを気に掛ける者は居なかった。むしろユキは白目を剥いていたため色気も何もあったものではない。


「何だったんだ?」


「気にするな、ただのレイプ魔だ。犬に噛まれそうになった程度に思っておけ。だけどな、クロウ次から来客があったときは、俺がやったみたいに誰が来たのか確認してからドアをあけろ。ユキなら開けるな。どうしても開けなきゃならない用事の時はその腰の拳銃を構えろ。撃ち方は今からVRで教えてやる」


 言いながら、シドはクロウに部屋に備え付けてあるリクライニングシートを指さした。クロウには断る言葉すら残っていなかった。


 余談であるが、この時営倉に入れられたユキの蛮行は士官用居住区から保安科の詰め所までミーチャがユキを引きずっていった事により多数の目撃者から艦内に知れ渡ることとなり、事もあろうに艦長であるタイラーの耳にまで詳細に伝わってしまった。タイラーは再発防止のためユキに反省文の提出を求めたが、それをどう勘違いしたのかユキは自分とクロウを主人公にした、前後編、原稿用紙にして5000枚を超える官能小説を後日提出した。結果ユキはタイラーによって大変な目にあわされる事になるが、ともあれそれ以降クロウの貞操の安全はしばらく保たれる事となったのである。

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