第四十五話 勝利しからずんば死。


「ひ…筆頭どのはなぜ、一本を決めにいかんのじゃ?」


 諏訪の疑問ももっともで、松浪は気絶した大地を見下ろしたまま、その場に凝然と立ち尽くしている。


 観衆がざわめき、いっせいに不審の目を向けはじめた、そのとき――


 ぐらり。

 松浪の肩が揺れて、よろよろと後ずさった。

 膝から崩れ落ち、無様に尻もちをつく。


「ああっ!!」


 観衆がどよめいた。

 松浪が退がったあとには朱色の太い線が描かれている。

 血痕であった。

 よく見ると左足の足の甲からわずかに木片の先が見えている。

 松浪は片付けそびれた木刀の破片を踏み抜いてしまったのだ。


「ふ…不覚……!」


 松浪はうめくようにひとりごちると、激痛に顔をしかめて左の足裏から木片を抜いた。

 どっと音をたてて鮮血が噴き出る。




「筆頭どの!」


 思わず諏訪が叫んだ。

 松浪は手で制すると――


「わめくなっ!」


 と怒鳴りつける。

 松浪は意志の力で立ちあがった。

 脳裏に父・松浪龍明の言葉が甦る。


 ――勝利しからずんば死を願え!


 それは幼きころより叩き込まれてきた松浪家の家訓であった。



   第四十六話につづく


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る