第六章:騎士決闘/06

『へへっ、貰ったぜアリサちゃん……! シーカー・オープン! イーグレット2、FOX2フォックス・ツー!!』

「……! アリサ、上からミサイル!」

「食らい付かれたか……! でもッ!!」

 ヘッドオンからのAAM‐02斉射。ブレイクした後、至近距離でのドッグファイト。そんな背中を取っては取り替えされの繰り返しの中、少し高い位置から飛び降りてくる宗悟機が遂にアリサ機の機影を捉えていた。

 宗悟がウェポンレリース・ボタンを押し込み、赤外線画像誘導の短距離射程ミサイル、AAM‐01を発射。同時にアリサ機のコクピットで鳴り響くミサイルアラートと、翔一の警告に舌を打つアリサの声。上方から撃ち下ろされ、まさに≪グレイ・ゴースト≫の胴体を真上から貫かんとするAAM‐01ミサイルに対し、アリサが取ったのは当然、迫り来るミサイルに対しての回避行動だ。

 チャフ・フレア発射。宗悟の放ったミサイルのIIRシーカーを妨害しつつ、操縦桿をグッと大きく傾けたアリサは捻り込み気味に機体を急降下させる。

「雲に突っ込む! これで誤魔化せれば……!」

「ああ、だと良いがな……!!」

 殆どスロットル全開といった速度で急降下するアリサ機が目指したのは、眼下に広がる雲海だ。謂わば水分の塊である分厚い雲の中に突っ込み……宗悟の放ったAAM‐01、そのシーカーの赤外線誘導を誤魔化してやろうという魂胆だ。

 つまり、前に翔一とのACM訓練の際……彼が≪グレイ・ゴースト≫の試作機、XSF‐2に乗っていた時に、翔一のミサイルに対し彼女がしたことと全く同じことだ。それを、今まさにアリサは実行していた。

 プルアップ(上昇しろ)と、機体のGPWS(対地接近警報装置)が殆ど全開出力に等しい速度での急降下に怖じ気づき、やかましいブザーと一緒になってしきりに警告音声をコクピットに響かせる。だがアリサはそんな警告も無視したまま雲の中に突入し、更に増速して急降下を続ける。

「五秒後に真後ろ、来る……! よし、今だアリサッ!」

「やってやるわよ――――墜ちろぉぉっ!!」

 だが、それでも背中に追い縋ってくるミサイルは振り切れない。それに対し、翔一が取った行動は……ある意味で彼にしか出来ないものだった。

 ――――未来予知。

 ヒトにはないその特殊な能力を使い、翔一はジリジリとにじり寄ってくるミサイルの迎撃に最適なタイミングを割り出し、それをアリサに伝えたのだ。

 すると、アリサはその一言だけで彼の意図を全て汲み取り――――彼が告げてからキッカリ五秒後、≪グレイ・ゴースト≫の機首を急激に一八〇度反転させた。

 真後ろを向いた今のゴーストは、それこそ後ろ向きに飛んでいるのと同じ状態だ。これぞ空間戦闘機だから為せる業、これぞESP専用機だからこそ為せる業。ディーンドライヴの重力制御をフルに発揮させた上での、力技じみた機首反転。航空力学の神様が見たら泡を吹いて卒倒しそうなぐらいに冒涜的な、この意味不明な機動こそ……彼女が最も得意とする空戦技法のひとつだった。

 そうして真後ろを向いた途端、アリサは兵装を二〇ミリのレールガトリング機関砲に合わせる。

 ――――GUN RDY。

 キャノピー真正面に浮かぶ照準用レティクルを頼りに狙いを定め、アリサは操縦桿のトリガーを引いた。

 ≪グレイ・ゴースト≫から物凄い勢いで二〇ミリ砲弾が斉射される。

 とはいえ、勿論実際に撃っているワケではない。今視界の中に映っているミサイルも、あくまで宗悟機とのデータリンクで共有する情報などから位置関係を割り出し、仮想的に映し出した合成映像に過ぎない。全ては虚像、あくまでヴァーチャルの出来事なのだ。

 しかし――――彼女の撃ち放った二〇ミリ砲弾の豪雨が、今まさにこの≪グレイ・ゴースト≫を喰らおうと迫っていたAAM‐01を撃ち貫いたことには変わりない。機首を反転させたアリサは、迫り来るミサイルを確かにガンで迎撃してみせたのだ。

 神業――――。

 そう表現する他にないだろう。普通に考えて、追ってくるミサイルをこちらが逆に撃墜するなんてのは、どんな凄腕パイロットであろうと不可能な話だ。だって、この世界には航空力学という絶対不変の戒律があるのだから。

 だが、アリサにとってその行いは至極簡単なことだった。何せこれは普通のジェット戦闘機じゃない、外宇宙からもたらされたオーヴァー・テクノロジーの塊たる空間戦闘機で。そして乗っている二人は、ヒトならざる力を有する超能力者だ。であるのならば……その二つの条件が重なっているのであれば、彼女がこんな芸当を出来ない理由はないのだ。仮にもエース・パイロットの一人に数えられている彼女、アリサ・メイヤードであるのならば。

「よし……!」

「安心するのはまだ早い! やっぱり追って来ている……!」

「だったら、いつものアレで一気にカタを付けるわよ!」

「了解だ……! 最適な位置は」

「聞くまでもないわよ、そんなことッ!」

 確かに、アリサはミサイルを迎撃してみせた。

 だが、まだ安心していい状況じゃあない。今のミサイルを放った張本人たる宗悟機は未だ健在で、彼もまたミサイルたった一発で仕留められるなんてハナから思っていなかったのか、既にアリサ機を追撃すべく同じように雲の中に突入してきている。

 それを悟ると、翔一は冷静さを保った声のままで報告し。それにアリサはニヤリとして頷くと、スロットルを一気に開く。

 そうすれば、後ろ向きに降下していた格好のままだった彼女の≪グレイ・ゴースト≫は一気に逆方向へ加速し、そのままの格好で一瞬だけ空中で静止すると……姿勢を保ったまま、今度は真上に向かって急上昇を始めた。

 本当に、UFOじみた動きだ。こういう部分からも、空間戦闘機というものが如何に普通の人間の理解を超えた存在であるかが改めて分かるものだが……しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。こちらがUFOみたいな動きをする戦闘機というのなら、当然宗悟たちも同じことなのだ。空間戦闘機同士の戦い、それもESP専用機同士の戦いとあれば……何が起こっても不思議でないことを、既に翔一は知りすぎている。

 だからこそ、決して気を抜いたりはしない。計器盤のモニタに浮かぶレーダー表示に逐一注意を払いつつ……前席の彼女の操る黒翼に身を任せる。熱くなりやすい彼女の代わりに、冷静さを決して欠かぬように心掛けながら。

「よし、雲を出た! このタイミングなら……!」

「仕掛けるわよ、翔一ッ!」

 そうして急上昇し、分厚い雲の層を突き抜けて。ギラつく太陽とまた顔を合わせると、アリサは先程と同じように機首を急激に後方へと反転。また後ろ向きに飛ぶみたいに奇妙な姿勢を機体に取らせながら、眼下の雲海をギッと凝視した。

 兵装選択はガンのままだ。もしこちらの読み通りであれば、あと数秒もしない内に宗悟機も雲海を突き抜けてくるだろう。そして待ち構えていたアリサ機の姿を視界に捉えた頃には、盛大なお出迎えでノックアウト……といったところだ。

 この待ち伏せ戦法、以前に翔一も彼女にやられている。あの時はたまたま回避することが出来たが……しかし、普通なら不可能だったと今でも思う。雲を突き抜けたと思ったら、すぐ目の前で敵が手ぐすね引いて待ち構えていました、だなんて……マトモな神経の人間なら絶対に反応が間に合わない。余程の幸運がない限り、避けることなんて到底不可能なのだ。

「よし来た……!」

 そうして待ち構えて数秒後、やはり読み通りの位置から雲を突き抜けてきた宗悟機が目の前に現れる。完全にヘッドオン、逃しようのない最高のタイミング。

 ――――GUN RDY。

『うわっと!?』

「これで――――チェック・メイトよッ!!」

 宗悟機が見えた瞬間、彼の素で驚く声を聞きながら……ニィッと獰猛に笑んだアリサが操縦桿のトリガーを引く。

 どうやったって避けられないタイミング、どうやったって当たる位置から仕掛けた必殺の一撃だ。これは避けられない…………!

 ――――だが。

『まあ、予想の範疇だ……!』

 宗悟の顔からは余裕の色が抜けておらず、呟いた独り言からも諦めの気配は一切感じられず。不敵に笑んだ彼が取った行動は……あまりに予想外で、そしてあまりに不可解なものだった。

『風よ――――!!』

 彼がそう叫んだ瞬間――――宗悟の≪グレイ・ゴースト≫が何の前触れもなく、突然ふわりと上方に平行移動したのだ。まるで、風に吹かれた・・・・・・木の葉のように・・・・・・・

 そうすれば、ふわりと舞い上がった彼の機体にアリサ機が放った機関砲弾が当たることはなく。掠りもしないまま、宗悟機はそのままふわりふわりと不可解な動きでの移動を続け……そうしてアリサ機の上をひらりと飛び越し、逆に彼女の後ろに付こうとする。

「なっ……!?」

「チッ、しまった! アイツは『風の妖精』……! アタシとしたことが、アイツはエアロキネシス使い! ウィンドマスターだってことを忘れてた……!!」

 そんな宗悟機の――――重力制御装置・ディーンドライヴの存在を頭に入れていても尚、不可解にして奇妙奇天烈極まりない動きに翔一がひどく狼狽する中。しかしアリサだけは彼の取ったその機動の意味を、その理由わけを悟ると。彼女は操縦桿を握り締めたまま、悔しそうに大きく舌を打っていた。

 ――――エアロキネシス。

 間違いなく、宗悟が使ったのはそれだ。彼の強力な力で風を操作し……ああして機体を浮かせてみせたのだろう。

 そう、これこそ彼が『風の妖精』と異名をとっている何よりもの理由。風を知り尽くし、風を最大限に利用する唯一無二の戦い方こそが……彼を、風見宗悟をエースたらしめている要因なのだ。

『さあて――――お遊びはこの辺にしとこうや、お嬢さん』

 容易くアリサ機の背後に付いてみせた宗悟が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

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