第六章:騎士決闘/04
――――高度四二〇〇〇フィート。
頭上を仰げばダークブルーの空。下を見下ろせば、雲の群れが絨毯のように敷き詰められた真っ白い雲海。プラズマジェットエンジンの奏でる甲高い轟音以外には何も無く、何処までも静かで……何処までも穏やかな空の上。その広い空の上を、互いに距離を離して飛ぶ二機の≪グレイ・ゴースト≫。そんな彼らの様子を基地のレーダーを使って観測し、レーアが管制しつつ。両機に搭乗しているの四人に対し、要の口から最終確認じみた言葉が通信越しに告げられた。
『改めて確認しておこう。互いに高度を合わせ、ヘッドオンの状況からスタート。アリサくんと宗悟くんの機体、双方がすれ違った段階で模擬戦闘開始だ。当然だが実弾の発砲は禁ずる。翔一くん、ミレーヌくん。今一度その辺りを確認しておいてくれ』
『……イーグレット2、こちらは問題なしだよ』
「訓練モード確認、マスターアームも切れている。……イーグレット1、こっちも大丈夫です」
機体アヴィオニクスの設定状況と、火器の最終安全装置たるマスターアーム・スウィッチの状態も確認し。ミレーヌと翔一がそれぞれ問題ないと伝えると、要はうむと通信回線の向こう側で力強く頷いた。
『アリサちゃん、さっきも言ったが手加減はしないぜ』
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。精々頑張って飛んでみせなさいな」
『おっ、言うねえ。やっぱそうこなくっちゃあな』
「天下に名高い『風の妖精』の実力がどれほどのものか、じっくりと見させて貰おうじゃあないの」
『へへへっ……! 良いねえ、燃えてきた!!』
『宗悟、あまり熱くなり過ぎるのは駄目だよ?』
『わぁーってらあ、今更言われるまでもねえ』
『ふふっ……その言葉、本当だと良いけれど』
「……アリサ、君も冷静にな」
「それこそ言われるまでもないわよ、翔一。……といって、実際問題難しいトコがあるわよね。だから、アンタがアタシの手綱を上手いこと引っ張りなさい」
「…………努力はしてみせよう」
アリサと翔一、そして宗悟とミレーヌ。両機の前席パイロットは相対するもう片方と不敵な笑みを交わし合うと、そうすれば今度は自機ペアの二人でそれぞれ頷き合い、暗黙の内の意思確認をし。そうしていれば、通信からレーアの指示が二機の≪グレイ・ゴースト≫に飛んでくる。
『イーグレット1、イーグレット2、高度をそのまま維持してください。残り三〇秒で接敵します』
見ると、レーダー反応でも真正面に宗悟たちの≪グレイ・ゴースト≫を捉えている。翔一は後席計器盤のモニタに浮かぶレーダー表示にチラリと視線を落としつつ、コクピットの中で小さく息を呑む。
――――ひとたび戦闘が始まってしまえば、自分に出来ることは決して多くない。
今日までアリサと共に≪グレイ・ゴースト≫の後席で戦ってきた経験から、翔一はそれを強く実感している。
だって結局のところ、このゴーストの操縦桿を握っているのはアリサなのだ。だから自分に出来ることといえば、レーダーやセンサー類のキャッチした敵機の情報に注意深く気を払い、同時に目視でも索敵しつつ……とにかく、彼女が飛ぶことだけに集中できるように、目の前の敵に集中できるようにサポートしてやること。ただ、それだけなのだ。
とはいえ、決して翔一が無力というワケではない。無用の存在というワケでもない。一人より二人――――孤独じゃない安心感と、そして徹底的な役割分担こそが、複座機の最大の利点なのだ。
故に翔一は邪魔者でも、無力な存在でもない。故に彼は、ただ彼に出来ることをするだけなのだ。目の前で操縦桿を握っている彼女と同じように、彼女の為に。自分に出来ることを、全力でこなしていく……ただ、それだけだ。
「さて……来るわよ翔一!」
「……ああ、分かってる!」
やがてアリサと翔一の≪グレイ・ゴースト≫と、宗悟とミレーヌの≪グレイ・ゴースト≫。二機の黒翼がその大きな両翼を広げながら、音の速さを軽く超えた凄まじい速度で、互いに至近距離を真正面からすれ違う。
――――そうして両機がすれ違った瞬間、それが交戦開始の合図だ。
「よし来た……! イーグレット1、
『イーグレット2、
旋回し、反転する二機の≪グレイ・ゴースト≫。高度四二〇〇〇フィートの超高空にて、騎士たちの駆る漆黒の翼たちが遂にその剣を交えようとしていた。
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