第四章:第501機動遊撃飛行隊、その名はイーグレット/01

 第四章:第501機動遊撃飛行隊、その名はイーグレット



 ――――イーグレット隊。

 確かに要は、新たにこの基地で編成する部隊の名がそうであると告げた。だが、これはアリサが使っていたコールサインのはずだ。一体、なんでまたそれを部隊名に……?

「ああ、名前に大した意味はない。アリサくんを飛行隊長とする兼ね合いから、コールサインをそのまま部隊名に頂いただけのことだ」

 翔一が疑問に思っていると、すると壇上の要はまるでそれを見透かしたかのように、続けてそう告げる。

 ……待てよ? 今確か、要はアリサを飛行隊長にすると言っていなかったか…………?

「ちょ、ちょっと待って! 司令、今アタシを飛行隊長にって……!?」

 要の言葉に翔一がそうやって引っ掛かりを覚えるより数瞬早く、彼の隣ではアリサが驚いた顔で叫び、思わず椅子から立ち上がってしまっていた。ガタリと音を立てた椅子が倒れる寸前だった辺り、よほどの驚き方だったのだろう。

 そんなアリサの反応も予想の範疇だったらしく、急に立ち上がった彼女に要は特に驚く様子も見せないまま「そうだ」と頷き返す。

「俺としては、アリサくんが一番の適任者だと思うのだが。何か問題でもあるのか?」

「……光栄な話だけれど、でもアタシじゃあ役不足よ。飛行隊長の立場になら、変な話……ううん、間違いなくアタシよりも翔一の方がよっぽど向いてるわ。翔一ならアタシよりも冷静に判断出来るし、部隊の頭に据えるなら一番よ」

「待ってくれアリサ、僕抜きでいきなり話を! そんな、僕じゃあ無理に決まっているだろう……!?」

 まさか自分の名前が出るだなんて思いもしなかった翔一が、ひどく狼狽した様子で隣のアリサの方を見上げるが。しかし彼女は「客観的に見ても、アンタの方が良いとアタシは思うのよ」と呟き、チラリと一瞬だけ横目の視線を彼に流しただけで……また、壇上に立つ要の方に視線を戻してしまう。

「ふむ、確かにアリサくんの言うことも尤もだ」

 そうやってアリサに異議を唱えられた要が小さく唸ると、アリサは「だったら……!」と、このまま翔一に飛行隊長の座を譲ると言いたげな顔になったが。しかし続き要が告げた一言は「とはいえ、俺としてはやはり君に飛行隊長をやって貰いたい」という、アリサにとってはあまり望ましくない答えだった。

「…………聞かせてください、司令。翔一じゃあなく、なんでまたアタシなんかを飛行隊長に……?」

「なあに、簡単な話だ。君の強引にでも周りを引っ張って行く、その気の強さはだ。即ちそのまま、高いリーダーシップに繋がる。更に付け加えると、パイロットとしての技量や実戦経験も君は誰より抜きん出ている。それ以外にも、その他諸々の面から考慮して……イーグレット隊の飛行隊長には君が一番だと、俺はそう判断したんだ」

「…………私からも、要司令の判断は妥当だと思われます、とだけ答えさせてください」

 要が穏やかな笑顔で告げた、何故アリサを飛行隊長に据えるかという説明。それに横から付け加える形でレーアが……相変わらず抑揚のない、感情というものが欠片も感じられない平坦な声音で呟く。

 それに続き、話を聞いていた生駒が「まあ良いんじゃねーの? 確かにアリサちゃんが一番妥当だわな」と同調するような言葉を、いつも通りの軽薄な声のトーンで独り言めいて放ち。更に榎本も「良いんじゃないかな。俺も正しい判断だと思う」と、腕組みをしながら続けて呟いた。

 ちなみに、そんな榎本の横に座るソニアだが。彼女は真顔のままで一言も発しておらず、特に感慨もない様子だった。無関心というのか……別に他の飛行隊の話だから、誰が隊長になろうと究極はどうでもいいといった様子だ。ソニアらしいといえば、そうらしい反応だ。

「もし君が、それでも辞退するというのなら……俺は君の意志を尊重するが。どうだろうか、アリサくん?」

 改めて確認するみたく要にそう問われるが、流石にこれだけ懇切丁寧に説明された後では、アリサにはもう辞退するという選択肢は残されていなかった。それに経験の豊富さという意味では、確かに納得出来る部分もあったから――――アリサは少しの間を置いた後で「……分かったわ」と、自分の飛行隊長への任命を了承した。

 そうすれば、要はニッコリと満足げな笑顔を見せる。その後で要はこうも言ってみせた。

「ああ、ちなみに副隊長だが……こちらは翔一くんに任せようと思っている」

「なっ……!?」

 当然のような調子でサラリと要が言ったものだから、言葉の意味が理解出来ずに反応が一瞬だけ遅れたが。しかし自分が何を言われたのかを理解すると、翔一はやはり隣のアリサと同じように――――驚きのあまり、ガタリと大きな音を立てて思わず席から立ち上がってしまう。

「理由は……まあ、さっきアリサくんが全部説明してくれたワケだが」

 席から立った格好のまま、言葉すら失っているという風にその場に立ち尽くしている翔一へと、要がやはりその反応も織り込み済みだという具合に、彼に対して続けてそう告げる。

「確かに翔一くんは、正式任官されてまだ日が浅い。経験不足であることは事実だが……しかし、飛行隊長というワケでもなし。補佐役としてなら、多少の経験不足でも構わないだろう。寧ろアリサくんの補佐役として、君の冷静さが欲しい。だから君に副隊長を任せようと思うのだが、どうだろうか?」

「…………そういうことなら、アリサさえ良ければ……僕は構いません」

 翔一は言って、確認するような視線を傍らのアリサに投げ掛けてみれば、すると同じように横目の視線をこちらに合わせてきたアリサは、それで構わないと言うように、黙ったまま彼に小さく頷き返す。

 とすれば、それを見た要がニッコリとした笑顔を浮かべ。「そういうことで、本日よりイーグレット隊は正式編成となる。宗悟くんにミレーヌくんのことも、皆改めてよろしく頼む」と言って、場を締め括りに掛かった。

「また、イーグレット隊の編成と飛行隊長への任命に伴い、アリサくんは今日付で大尉に特別昇進となる。……今までの実績を考えてみれば、寧ろ未だに少尉止まりだったことがおかしいぐらいだからな。階級章やらは後で改めて渡そう。

 …………とにもかくにも、イーグレット隊は今日から始動だ。まだ他にも数名、他の基地から転属してくる者も居るが……暫くの間は、この四人でイーグレット隊ということになる。少しばかり特殊な立ち位置になってしまうが、これまでと変わらぬ活躍を期待しているよ」

「よろしく頼むぜ、お二人さん」

「ふふっ、面白そうな二人だね宗悟。やっぱり僕の見立てに間違いはなかったみたいだ」

 締め括った要の言葉の後でそれぞれの反応を見せる、風見宗悟にミレーヌ・フランクール。とにもかくにも、この二人を加え入れた四人で――――翔一たちが所属することになる新たな飛行隊、第501機動遊撃飛行隊『イーグレット』が試験的に編成されることとなったのだった。

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