第三章:騎士たちは西欧より来たりて/02
「――――よっこいせ、っと。いやあ、流石に欧州からのフェリーは疲れるねえ」
「その割に、大して時間は掛かっていなかったけれどもね。単なる気のせいだよ、宗悟」
「気分的な問題だってえの。その辺分かってくれよお、ミレーヌよお」
「ふふ……分かった上で僕が言っているとしたら、君はどうするかな?」
滑走路に着陸し、翔一たちの居るエプロンの方にまでタキシングしてきた二機目の≪グレイ・ゴースト≫。ずっと駐機されたままだったアリサ機のすぐ真横に誘導され、駐機したそのゴーストのキャノピーが開くと。ラダー(はしご)を伝ってコクピットから降りてきたパイロットの二人が、何やらそんなやり取りを交わしていた。
ゴーストで飛んで来たのだから、当然二人ともESP能力者なのだろう。後席から降りてきた片方は、綺麗なプラチナ・ブロンドの髪をしたミステリアスな雰囲気の少女だったが…………珍しいことに、前席から降りてきた方はどう見ても男だった。
パッと見での年頃は、翔一たちと大差ないように思える。背丈は……目測で一七二センチぐらいで、これも翔一とほぼほぼ変わらない。靡く茶髪は見た感じ染めではなく、元からあの色合いなのだろう。瞳の色も同色だ。
そんな外見や、相棒の少女から「宗悟」と呼ばれていた辺りから、彼が日本人か……それに近しい日系人であることが察せられる。その喋り方や横顔を見る限りでは、何となくお調子者風な……それこそ、クロウ隊の生駒に近しいような性格に思えた。
そんな彼に対して、相棒の少女の方はかなり知的というか、ミステリアスな雰囲気の持ち主だった。
ミレーヌ、と呼ばれていたか。名前の感じから察するに、恐らくフランス系だろう。先程の椿姫の話によれば、この二人はフランスのビスケー湾基地からやって来たらしいから、彼女はフランス系と見てほぼ間違いない。
そんな彼女だが、先に述べた通り髪色は綺麗な、金糸のように透き通るプラチナ・ブロンドだ。それをセミショート丈に切り揃えている。前髪は少し額を見せ気味にした感じの整え方で、真ん中辺りで分けた前髪の量は……右眼側に振っている方が少し多いぐらいか。何にせよ、そんな彼女の綺麗な金色の髪も、相棒の彼と同じく染めではない、どう見ても純粋な色のようだった。
一目で白人と分かる真っ白い肌、そして細く切れ長な形をした双眸にあるのは真っ赤な瞳。その表情も、瞳の色も。何もかもを一歩引いた位置から俯瞰し、見透かしているかのようで。そんな表情や佇まいが、彼女の漂わせるミステリアスな雰囲気を形作っているのかも知れない。
「……っと、冗談はこのくらいにしておこうか。宗悟、彼らが興味津々に僕らを見ているよ」
「ん? ……おーっと、早速噂のエースにご対面か。へへへ、幸先が良いや」
そんな二人のことを翔一たちが三人揃って、少し遠巻きな位置から眺めていれば。先に少女の方がこちらの視線に気が付き、続きパイロットの彼の方も気付くと……二人揃って、翔一たちの方に近寄ってきた。
「赤い薔薇のエンブレム……間違いねえ。おたくが焔の姫君、赤い薔薇のエース・パイロット……メイヤード少尉だろ?」
「そういうアンタは、例の『風の妖精』かしら」
「アリサ、彼らのことを知っているのか?」
アリサ機の尾翼に刻まれたパーソナル・エンブレムを見て、近寄ってきた彼に言われ。アリサも同じように彼らの≪グレイ・ゴースト≫をチラリと見てから、不敵な笑みで言葉を返していると。その傍らで、翔一がきょとんとした顔で彼女に問いかける。
するとアリサは「まあね」と彼の方に視線を流し、頷いてから。近づいてきたこの二人がどういう者たちなのかを、簡潔に説明してくれた。
「ビスケー湾基地のエース・パイロット、通称『風の妖精』。……なんか引っ掛かると思ってたけど、あのエンブレムを見て思い出したわ。風と白い翼のエンブレム。間違いない、コイツらがそうよ」
「風の妖精……」
アリサに言われて、やって来た二機目の方を見てみると。確かに彼らの≪グレイ・ゴースト≫の尾翼と、そして機首の側面にはアリサ機と同じように、しかし彼女のものとはまるで違うパーソナル・エンブレムが刻まれていた。
――――風と、広げた白い翼を模ったパーソナル・エンブレム。
機体に刻まれたそのエンブレムは、確かに『風の妖精』の異名に相応しいものだった。とても綺麗で、洗練されていて……何者にも囚われない、そんな印象を抱かせるエンブレムだ。アリサの刺々しい赤い薔薇を模ったものとはまるで違う印象を与える、そんなエンブレムが二人の機体には刻まれていた。
翔一が彼らの機体を遠く眺めていると、金髪の少女の方が茶髪の彼の前に一歩出てきて。初対面の翔一たち三人に対し、改まってこう名乗ってみせる。
「ふふっ、改めて名乗らせて貰うよ。僕はミレーヌ・フランクール、階級は中尉だ。それでこっちが――――」
「おうよ、俺は
金髪の少女――――ミレーヌ・フランクールはやはりミステリアスな、飄々として掴み所のない語気とクールな表情で名乗り。続いて彼……
「アタシは……って、どう考えてもアンタたちは知ってるか、アタシのこと」
「あたぼうよ。マイアミ基地の赤い薔薇、焔の姫君の武勇伝は、俺たちの居た欧州にまでしっかり届いてたからな」
「…………そう」
ニッと笑む宗悟にそう言われたアリサが、スッと彼から小さく目を逸らしつつ、その表情を僅かにだが曇らせたのを……隣に立つ翔一は見逃さなかった。
恐らく、マイアミ基地の辺りが彼女の中で引っ掛かったのだろう。彼女が以前に所属していたその基地の名は、過去の哀しい記憶を――――ソフィア・ランチェスターにまつわる哀しい記憶を、否応なしに思い起こさせるものだから…………。
それを聡く悟っていた翔一は、しかし敢えて彼女に対して言葉を掛けることはしなかった。下手に掘り返してしまう方が、彼女の傷を余計に抉ってしまうことになると。そう思ったからこそ、翔一は敢えて隣のアリサに何も言わぬまま、チラリと横に向けていた視線を目の前の二人――――宗悟とミレーヌの方に向け直していた。
「んでもって、おたくが例のヤベえ奴ってワケかい」
「……ええと、それって僕のことか?」
宗悟に言われて困惑する翔一に「あたぼうよ」と彼は頷き返し、続き翔一に対してこんなことを言う。
「極東方面の司令基地、曲者ばっかを集めた曰く付きの『H‐Rアイランド』に、とんでもない新入りのESPパイロットが現れた……って、俺たちの居たビスケー湾基地じゃあ噂になってたんだぜ?」
「……冗談だろ?」
「残念ながら、冗談ではないんだよ。渦中の君にとっては、何というかお気の毒な話だけどね」
と、唖然とする翔一に対し、今度はミレーヌが横から言葉を挟んでくる。
「曲者揃いのH‐Rアイランドが捕まえてきた、超強力な能力者。ただでさえ強い力を持っているその彼が、無断出撃の初陣で大戦果を挙げ……その末、絶対に誰も乗せないことで有名だった焔の姫君……ああ、メイヤード少尉のことだけれどね。そんな身持ちの堅い彼女の相棒にまで収まったとあれば、統合軍内で噂になって当然さ。
…………ああ、ちなみにここから先は僕の推測だけれど。僕らの居たビスケー湾であれだけ噂になっていたんだから、少なくとも欧州中。まあ普通に考えて、統合軍中でかなりの噂になってるんじゃあないかな、君のことは」
くっくっくっ、と皮肉げに小さく笑む彼女の言葉を耳にして、翔一はもう言葉すら出ないといった感じだった。
「ミレーヌ、ちょいと脅かしすぎだぜ?」
「そうかい? ……まあ、かもね。安心してくれ、半分は僕の冗談だ。噂といっても、そこまでのモノじゃあないよ。ただ単に『凄いヤツが現れた』ぐらいなものさ。彼女の……メイヤード少尉の相棒になれたということは、君が想像している以上に凄いことだからね」
「あ、ああ…………」
半分は、ということはもう半分は冗談抜きの真実ということになるじゃあないか。
翔一は自分が思っていた以上に、自分が軍内部で噂になっていたことに困惑し、頭痛を堪えるように指で軽く眉間を抑えた後で。その後で改めて宗悟たちの方に向き直ると、ひとまず自分も彼らに対して名乗り返すことにした。
「僕は桐山翔一。階級……は、一応もう少尉になっているんだったか。風見少尉にフランクール中尉、よろしくお願いするよ」
「そう肩肘張らなくても良いってえの。俺のコトは気軽に宗悟なり何なり、好きに呼んでくれて構わねえからよ」
「僕のことは、ミレーヌとでも呼んでくれれば構わないよ。確かに階級はひとつ上かも知れないけれど、生憎と堅苦しいのは好みじゃあないんだ。それに、ファミリーネームで呼ばれるのも、何だかむず痒くてね」
「だったら――――宗悟にミレーヌ、改めてよろしく」
堅苦しくならず、砕けた風で構わないという二人に倣い、翔一はそう言うと、ミレーヌたちと軽い握手を交わし合う。
「んでもって、私が立神椿姫だよん。宗悟くんにミレーヌちゃん……で良いかな? 改めてよろしくねー」
「おおう、おたくが噂のプロフェッサー・タテガミかい。俺たちのゴーストの生みの親っつう、ドラえもん並みにすげえ大天才の。逢えて光栄だぜ」
「あっははー……ドラえもん扱いかー……まあ悪くないけれど」
「ふふっ、宗悟が失礼したね。彼はいつもこんな調子だ、許してやって欲しい……。僕も逢えて光栄だよ、プロフェッサー」
「うんうん、ミレーヌちゃんもよろしくねぇ」
にゃははー、と相変わらず無邪気な、八重歯をチラリと見せる子供のような笑顔を浮かべる椿姫とも、宗悟とミレーヌはそれぞれ初対面の初会話を終えると。そうしている間にも、彼らの乗ってきたゴーストと……そして翔一たちが背にしていたアリサ機の周りに、何やら整備兵たちが群がり始めていた。
「おうおう、新入りのお二人さんよ! 悪りいんだがオメーらのゴースト、退かすのチョイと手伝ってくんな! 疲れてるところ悪いが、人手が足んねえんだ! 終わったら基地ン中案内してやっから、ちょっと手伝ってくれ!」
とすれば、遠くから南の――――
相変わらずのオレンジ色のツナギに身を包んだ彼が、遠くからこっちに向かって大股で歩いて来るのをチラリと見て、宗悟とミレーヌはそれぞれ「おおう、アレが噂のH‐Rアイランド名物、整備班の鬼軍曹って奴か」「かなり腕利きのメカマンだって聞いているよ。彼も彼で面白そうだ。この島が曲者揃いの基地だってのは、どうやら事実みたいだね」という風に、南に対してのそれぞれの反応を見せていた。
「っつーワケで、俺たちは色々とまだやることがあっからよ。どのみちまた会うことになっから、また後でな」
「そういうことだよ。名残惜しいところだけれど、僕らはこれにて一旦失礼させて貰う」
その後で宗悟とミレーヌはそう言って、翔一たち三人の傍から離れていった。
「……なんていうか、嵐のような二人だな」
遠ざかっていく、そんな二人の背中を見送りながら。その場に立ち尽くす翔一がポツリ、と独り言のように呟く。
「にゃははー、まさに『風の妖精』の名前通りだねぇ。楽しい子たちだと思うよー? きっと、翔ちゃんたちとも相性は良いと思うな」
「なあに、面白い連中じゃあないの。アタシは気に入ったわよ、あの二人のこと」
すると、そんな翔一の呟きに対し椿姫が笑って。続けてアリサもニヤリとして言うから、彼女の隣に立つ翔一もそっと表情を綻ばせながら「……まあ、かもしれないな」と小さく頷いた。
――――遠ざかっていく二人分の背中、風見宗悟にミレーヌ・フランクール。
まさに風のような二人だ。一癖も二癖もあるコンビだが……翔一はそんな二人の着任を、今は素直に歓迎したい気持ちだった。
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