第九章:ファルコンクロウ/01

 第九章:ファルコンクロウ



 ――――それから、更に暫く経った頃のことだ。

「ほら、さっさと行くわよ」

 六限目の終了を告げるチャイムの鐘の音が鳴り響き、手短なホームルームが終わるや否や。翔一は後ろの席に座っていたアリサにぐいっと引っ張られ、一息つく間もなく二年A組の教室から連れ出されていく。

 こんな二人のやり取りも、すっかり日常の一部に溶け込んでいた。

 誰とも言葉を交わすことなく、まるで一匹狼のようだと揶揄されていた翔一。そんな彼が、美人にも程がある外国からの転入生……アリサ・メイヤードとこんな風に親しげというか、放課後が訪れるなり毎日のように何処かに引っ張られていくのが珍しくて、最初の頃こそクラスメイトや他の連中は奇異の視線を翔一に向けていたが。しかし流石にこうも毎日毎日続いていると、これはもうそういうものだと認識してくれたのか。今ではもう、アリサが翔一を引っ張って行っても誰も気にしなくなっていた。

 まあ、ありがたい話ではある。他人からの視線だとか、そういうものを一切気にしなさそうなアリサはともかくとして……翔一からしてみれば、そんな風に奇異の視線を向けられることは、当然だがあまり良い気分ではない。だから、そういうものだと皆が認識してくれたのなら……多少の誤解はあっても、そのままで構わないと翔一は思っていた。

「そう急かさないでくれよ、言われなくたって行くから」

「タイム・イズ・マネー、時は金なりよ。ほら、ちゃっちゃか歩く」

「慌てすぎたって、何にもならないと思うけれどな」

「普段はそうでも、今日は別よ。今日はこのアタシが、直々にアンタの面倒を見ることになってるんだから。それに、アンタも飛べる時間は一秒でも長い方が良いでしょう?」

「……ま、それもそうか」

「ほら、急ぐわよ。こんなトコにいつまでも残ってたって、何にもならないんだから」

 そんなやり取りを交わしつつ、翔一はアリサに連れられて廊下を早足気味に歩き、階段もサッと降りて。そうすれば行く先は……やはり保健室だ。

 一階の隅の方、ヒトがあまり寄りつきそうにない一帯にある引き戸をガラリと開き、保健室の中へ。とすれば「やあ、待っていたよ二人とも」と言う霧子に出迎えられるから、彼女が顎で指し示す方に二人で歩いて行く。

 霧子が示した場所、床板の一部――――に擬装した隠しハッチを開け、地下通路への階段を降り。直通のリニアモーターカーに乗り込み、翔一とアリサは遠く海岸の彼方にある蓬莱島へと向かう。

「…………」

 物凄い早さで地下深くのトンネルを走り抜けていくリニアに揺られながら、翔一は隣り合って座る彼女の方をチラリと横目に見て。腕組みをしながら顔を俯き気味にさせ、静かに瞼を閉じているアリサの横顔をそっと眺めつつ……内心では、ふとこんなことを考えていた。

(……何だかんだと、面倒見は良い性格なのかもな)

 言葉の端にイチイチ棘が多い感じのするアリサだが、最近は……というより、翔一の統合軍入りが決まると同時に同居生活を始めてから、彼女は

ずっとこんな調子だ。最初の頃の、それこそ触れればこちらが怪我をしかねないほどに尖っていた彼女は何処へやら。今では翔一が蓬莱島に行く機会があると、彼女はいつもいつも一緒に付いて来てくれている。

 家に住まわせて貰っているだとか、その辺りのことも彼女の中にはあるのだろうが……でも、今まさに彼が心の内で思った通り。何だかんだ言いつつも面倒見の良いタイプなのだろう、彼女は。

 言葉や表面上こそ刺々しい……それこそパーソナル・エンブレムの通り、真っ赤な薔薇のように美しくも棘のある彼女だが。そんな彼女の根っこのところにある優しさというか、そういう部分も段々と見えてきた気がした。アリサ・メイヤードの、棘に隠された真なる部分が、ほんの少しだけ。

 勿論、何かにつけて彼女に構って貰って、翔一としても悪い気はしない。寧ろ嬉しいぐらいだ。アリサの方は彼のことをどう思っているのか、その点は置いておくにしても……彼からしてみれば、アリサは色んな意味で特別な相手なのだから。

(それにしても…………)

 そうして彼女の横顔を眺めながら、翔一はふと思い出す。少し前に椿姫から言われた、あの言葉を。

 ――――二人でひとつの双翼、ってことじゃあないかな?

(僕は……本当に、アリサにとってそんな存在になれるんだろうか)

 分からない。超能力者としてのあれこれはともかくとしても、空の上で……本当に自分が彼女と肩を、いいや翼を並べるに値するだけの存在になれるのかどうか。それが分からなくて、自信もあまりなくて。翔一は時折、意味もなく不安になることがある。

 だって、彼女は曲がりなりにもエースに数えられている内の一人だ。確かに自分は空を飛びたいと思った。彼女と同じ空を飛んでいたいと思った。でも……果たして、本当にそんなことが出来るのだろうか。

 自分で決めたことだ、後悔はしていない。それに覚悟もある。だが、それでも……時々、不安になってしまうのだ。果たして本当に、自分は彼女の片翼になれるのだろうかと。椿姫が言っていた……アリサが失くしてしまった片翼の代わりに、自分は本当になってやれるのだろうかと。

 覚悟はある。正体不明の異星体と戦う覚悟も、空間戦闘機のパイロットとして空の上で死ぬ覚悟も。他ならぬ彼女の為に……隣で静かに眼を瞑る彼女の為に、この生命いのちを差し出す覚悟は、確かにあの時……椿姫と話していた時に、固めていたのだ。

 それでも、時々こうして不安になる。自分は果たして本当に、彼女の為に何かしてやることが出来るのだろうかと…………。

「…………」

 超高速のリニアモーターカーが、文字通り滑るようにして暗い地下トンネルを走り抜けていく。目的地たるH‐Rアイランド……蓬莱島は、もう目の前だった。

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