第七章:十センチ差のすれ違い/03

 そうした夕飯を暖かな内に終えた後、流石に後片付けぐらいはさせてくれと強引に押し切った翔一が食器の片付けを終え、リビングの方に戻っていくと。すると……ソファに座るアリサが目の前にあるテーブルに何かを広げ、それを黙々と弄くっている光景が彼の眼に飛び込んで来た。

「アリサ、それは?」

「ん」

 と、首を傾げる翔一に彼女が軽く見せてきたのは……蓮根のような、銀色の何かだった。

 それがシリンダー弾倉、リヴォルヴァー拳銃の部品の一部であることに翔一が気が付くのには、ほんの数妙のタイムラグがあった。翔一はやっとこさアリサが何をしているのかに気付くと、何とも言えないような真顔になる。

 つい数時間前まで一般人であった彼がそんな顔をするのも、無理ないことと言えよう。何せ今、アリサは――――自前のリヴォルヴァー拳銃、コルト・アナコンダの分解整備をしていたのだから。

「別に撃っちゃいないけど、ちょっと気になってね」

「そ、そうか……」

 アリサ曰く、そういうことらしい。

 実際、彼女は銃身周りなんかには手を付けていなかった。今まさにアリサが言った通り、一発も撃っていないのだから敢えて気にする必要はない。アリサは銃身を外さないままにシリンダー弾倉周り一式を取り外し、グリップ・パネルやら諸々も取り外してしまい。引鉄周りの機構を全て分解する形で、主に撃発機構の整備をしている最中だった。

 まあ、やることといったら摩耗具合の点検やら、後は潤滑剤となるガンオイルの注油やらぐらいだ。手早くオイルの注油などを済ませ、また元通りに組み上げて。再び組み付けたシリンダー弾倉に六発の四四マグナムの実包を放り込むと、シリンダーを閉じて。そうすれば、傍らに置いてあった……かなり使い込んだ雰囲気の、

革のショルダーホルスターに差し直す。

 そんな彼女の――――換気の為に開け放った窓から吹き込む、淡い夜風に髪を小さく揺らす彼女の横顔は、やはり綺麗の一言で。翔一はどうしてもそんな彼女の横顔に目こそ奪われていたが、しかし弄っている物が弄っている物だけに……どうにも、翔一は物凄い真顔にならざるを得ない。

 別に、リビングで銃の整備をしていることに文句を言うつもりはないし、それに彼女とリヴォルヴァー拳銃とが似合わないというワケではない。寧ろ似合いすぎているのだ。あの巨大な白銀のリヴォルヴァー拳銃と、彼女とが。

 それこそ……昼間に学院の屋上で抱いた印象と同じように、ダーティハリーのようにだ。その辺の下手な男より高い背丈や、綺麗な容姿も相まって、アリサ・メイヤードとコルト・アナコンダは似合いすぎるぐらいに似合っている。

 だからこそ、だ。翔一が何とも言えない微妙な顔をしてしまうのは。

 自分と変わらないこの歳で、巨大なマグナム拳銃があそこまで似合うほどの雰囲気を纏えるだなんて……一体全体、彼女にどれほど壮絶な過去があったのだろうか。

 それを思うと、どうしても翔一はこんな顔を浮かべざるを得なくなる。それを下手に訊いてしまうのもまた、彼女に対し失礼だとも思うが故に……しかし彼女の背中にのし掛かっている、それこそ自分には想像も出来ないほどのモノが何かを考えてしまうが故に、翔一はただただこんな顔を浮かべてしまうのだ。

「……なによ、アタシの顔に何か付いてる?」

「いや……悪い、何でもないよ」

 チラリとこちらに視線を這わせるアリサから目を逸らすようにして、翔一はそっとはぐらかす。

 ――――アリサ・メイヤードの背中には、途方もない何かがのし掛かっている。

 だが、今の翔一がそれを知ることはない。今の彼はまだ、アリサの本当の部分を知るには……まだ少しだけ、早すぎるのだ。

「それよりも、アリサ。風呂が沸けたんだ、入ってくるといい」

「アタシが先で良いわけ?」

「レディ・ファーストだよ。あんなに美味しい料理をご馳走になったんだ、これぐらいはね」

「……そう? だったらお言葉に甘えて、先に頂いちゃおうかしら」

 そう思い、翔一は先刻アリサに感じた重い何か……彼女の背負っている重圧のことは、ひとまず忘れることにした。アリサ・メイヤードのことを深く知るには、まだまだ自分は彼女のことを知らなさすぎる……と、そう思ったから。

 ――――いつか、彼女が話してくれるまでは。

 それまでは、何も訊かないでおいてやるのが一番だ。翔一はそう思いつつ、今のところは敢えて何も気にしないことにしていた。

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