決戦前夜(デート前夜)椎名の場合

 静まり返るリビングに大量のファッション誌や鉄板デートプランなどと書かれた雑誌が山積みになる中、私、椎名茉莉はその日の深夜にリビングで、それらをひたすらに読み返し明日への計画を練っていた。


 菊池さんからデートにお誘いいただいたからには、万一にも失敗は許されない。 必ず楽しんでもらえるように全力で計画をたてようと考えていたのが約6時間前の事だ。


 しかしデート経験がない私からすれば、楽しんでもらえるデートプランなど皆目見当がつかない。 だが人は同じ趣味を共有することで喜びを感じると聞く。 つまりデートとは感覚を他者と共有して親交を深める目的で行われる行事なのだろうが―――。


「感覚を共有するにしても菊池さんの好みが分からない」


 ―――そう、肝心の共有する内容が思いつかないのだ。 それに感覚を共有するだけならば、いつもの様な勉強会で事足りる。


 デートは感覚の共有と先ほど述べたが、それだけでは無論ダメだ。 感覚の共有プラス興味を持ってもらう事が大事になってくるのだろう。 しかし、そこまで分かっていても恋愛経験のない私には良いデートプランが思いつくことが出来なかった。


 そこで、それならばとデート関連の雑誌を手当たり次第に購入して参考にしてみたのだが、今度は選択肢が多すぎて絞り切れないという事態に陥っている。


「私がこんなにも判断力がないとは自分自身で思わなかった」


 溜息を吐きつつ、すっかり冷えてきってしまったコーヒーを胃に流し込む。


「あれ椎名? どうしたのこんな時間に?」


 ガチャリとドアが開いて入ってきたのは木乃美だった。 深夜にもかかわらず白衣を身に着け右手に薬草を持っている。 こんな時間まで研究(しごと)だったのだろうか?


「木乃美こそどうした」


「私は菊池君の薬の調合が一区切りついたからコーヒーでも飲もうと思って降りてきたのよ」


「薬のストックが無くなるにはまだ早くない? この間、確認したときにはまだ半月分くらいはあった気がしたけど?」


「ストックはあるけど、すこし珍しい薬草が手に入ってね早く調合したかったの」


 そう言ってぼんやりと青白い光を放つ堤草(つつみそう)を見せびらかしてきた。


 堤草は薬草の一種で主に呪術の抵抗力を上げる効果がある。 季節に関係なく取れるが光を放ち最もその効果が得られると言われているのが夏。 逆に冬にとれた堤草は効果が薄くなるが苦みが抜け食材として使用されることが多い。


「堤草がそんなに光を放ってるのは珍しいわね」


「でしょ? エルフの領地ならこの等級は、ある程度取れるけれど、これは紛れもない国内産!! というのも魔素がここ数年で一番濃いらしくて今年は状態のいい薬草が豊富らしいのよ!!」


 頬に手をあて、うっとりとした表情を作る木乃美、コイツは昔から調合や実験の事しか頭にない。 その行動力は凄まじく、士官候補生時代は珍しい素材を求め紛争地帯にまで突撃していった変態である。


 当時同じ班だった木乃美が何か行動するたびに尻ぬぐいをさせられてきた私は、割と本気で木乃美に対し殺意を覚えていた。 だが、今ではそんな相手と仕事を一緒にする仲なのだから世の中、分からないものである。

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