第3話 紫電の〈ミア〉
◆
俺たちが港から街に上陸したのは、日もとっぷりと暮れてからだった。
「誰にも見られてない……よな?」
ひと気の無い夜の港を慎重に見渡す。
リヴァイアサンが人間の街付近に出現したことがバレたら、大パニックは間違いない。
港には木造の漁船や貨物船が停泊し、倉庫が立ち並んでいる。
まばらに設置された街灯が、暗闇をぼんやりと照らしていた。
「人間の街は久々だけど、まぁいつの時代も大して変わらないねー」
人型に〈擬装〉したリヴィアも、港を興味深そうに観察していた。
「とにかく、人のいそうな方に向かうか」
「じゃあ、あたしはカードに戻ろうかな。眠くなっちゃった」
リヴィアが伸びをしながらあくびをする。
「その方が良さそうだ」
リヴィアに手をかざし『戻れ』と念じると、彼女の身体が光りに包まれてカードに戻る。
俺はそのカードを大事に懐にしまった。
潮の香りの混ざった風が濡れた身体を冷やす。
俺は倉庫の間を抜けて、大通りらしき方向へ歩いていった。
この街――まだ名前も知らない街は、意外と大きな街だったらしい。
大通りには古風な服を来た市民や、鎧を纏った冒険者、ローブ姿に杖を持った魔術師風のヤツなどで賑わっていた。
冒険者風の一団が、荷車に大きな動物の亡骸を載せて前を通過していった。
周りの人々はそれに口笛を吹いたり手を打ったりと称賛を送っている。
「うわー。ガチのマジに異世界だよ……」
俺が路地裏から街の様子を眺めていると、後ろから誰かにぶつかられて前につんのめった。
「うおっ!」
たたらを踏んで振り返ると、目付きの悪い痩せ男がヘラヘラとした笑顔を浮かべていた。
「わーりぃ、わりぃ。ちょっと酔っ払っててよ」
そのまま、ふらふらとした――しかし、妙に速いスピードで雑踏の中に紛れていく。
「……?」
何か嫌な予感のした俺は、懐に手を入れ――
「無い! しまった! スラれた……!」
懐にしまっていた【リヴァイアサン】のカードがなくなっていた。
「くそっ! 待て、お前……!!」
雑踏を掻き分けて駆け出す。
スリの男は、俺が追いかけ始めたのを見ると、酔っぱらいのフリをやめて全力疾走に切り替えた。
さすがに異世界のスリ。脚が速い。
しかし、俺も運動に自信のない方じゃ無い。その距離は徐々に縮まりつつあった。
「こんなときに寝てんなよ、リヴィア……!」
カード化した状態でリヴィア側から何か出来る事があるかは分からない。
とりあえず、一か八か【リヴァイアサン】と声に出しても変化がないことから、やはり手元にカードが無いと〈召喚術〉は使えないのだろう。
俺とスリはすでに大通りを駆け抜け、街の外れの寂れた路地に差し掛かっていた。
スリの後に付いて角を曲がる。
「ったく、しつけー野郎だな」
曲がった先に、スリの男が仁王立ちで待ち構えていた。その手には【リヴァイアサン】のカードを持っている。
俺は咄嗟に〈観察〉のスキルを使った。
現れた照準をスリに合わせる。
【?? Lv:5
HP:38/38
マナ:0/0
AP:16/21
ジョブ:無し
スキル:窃盗 21 隠れ身 15
装備品:布の服】
なるほど、名前の方は知らないと表示されないのかもしれない。
窃盗のスキルは21……。まぁ、俺にスッたのがバレるようじゃその程度だろう。
「何だ、こいつぁ?」
「変な格好してやがんな」
路地の暗がりにたむろしていた、いかにもガラの悪そうな男たちが立ち上がる。
全部で四人。大方、スリの仲間だろう。
嫌だなぁ……。中学生の時、ゲーセンでカツアゲされた記憶が蘇る。
「か、返してくれないか。大事なものなんだ」
俺がカードを指さして言うと、男たちはゲラゲラと笑い始めた。
「この紙切れがか? たいそう大事に懐に入れてるから、金目のものかと思ったぜ。おい、お前らやっちまおうぜ。財布くらい持ってんだろ」
男たちが俺をジリジリと取り囲み始めた。
「ちょ、ちょっと待っ――ぐはっ!」
背後から近づいていた男の蹴りが背中にめり込んで、俺は無様に路地裏に転がった。
自分のHPが【22/24】に減った事が脳内に勝手に伝わってくる。
もしかして、やっぱりHPが0になったら死ぬのか?
「くそ……! カードに触れることだけでも出来れば……!」
痛みの中で見上げるが、カードを持ったスリの男との距離はまだ離れている。
こんな時、普通の魔術師だったら魔法で蹴散らしたり出来るんだろうな。
ってーか、剣士とかだったら普通に戦えるわけだし。
……あれ? 召喚師って、もしかして弱い?
「オラッ!」
今度は別の男のブーツのつま先がみぞおちに叩き込まれた。
再びHPが削れる。
「ぐうっ……!」
こみ上げた胃液が嫌な味となって口の中に広がる。
ぼやけた視界の中で、ナイフを持った男が近づいてくるのが見えた。
刃物で斬られれば、俺のHPは素手とは比にならない数値を失うだろう。
というか、HPうんぬんの前に普通に死ぬって。
ああ。あっけない。俺の冒険はここで終わりか。
「リヴィア……」
呟いた。
すると、その瞬間。
「ぎゃあっ!」
ナイフを持った男が突然昏倒した。
「がっ!?」「ぐえっ!」
立て続けに二人、同じように気絶して倒れ込む。
俺の背後から声が響いた。
「無駄に脚が速いから、追いつくのが大変だったわ」
「え……?」
地面に手をついて振り返ると、そこには一人の女の子が立っていた。
年の頃は十六くらいだろうか。
鮮やかなエメラルドグリーンの髪。麻のチュニックに革のベストを着ている。
ミニスカートから伸びた脚が眩しい。
腰のベルトからいくつものポーチをぶら下げた様子は、まるで狩人のようだ。
丸腰のその腕は弓を引き絞るように広げられ、両手の間には雷のスパークのようなものが浮かんでいた。
「そのツラ……。まさか、てめぇは〈紫電のミア〉!?」
男の一人はそう叫ぶと、「相手がわりいぜ……!」と慌てて路地の闇に消えていった。
もう一人も「おい、待てよ!」と逃げた男を追いかけるように消えていく。
最後の一人となったスリがジリジリと後ずさり、
「へへ……。こいつぁ参ったね」
パッと逃げ出そうとした背中を〈紫電のミア〉が放った電撃の矢に撃ち抜かれて気絶した。
「……魔法……?」
何だかわからないが助かったらしい。
痛むみぞおちを押さえながら、ふらふらと立ち上がる。
「その変わった格好を見たところ、この国の人じゃ無いみたいだけど……。この街は見た目ほど治安よくないから、気をつけないとだめよ」
意志の強そうな澄んだ声だ。
ミアはふらつく俺を通り過ぎると、倒れ込むスリの男のそばに落ちていた【リヴァイアサン】のカードを拾い上げた。
「盗まれたのはこれ? ただのカードみたいだけど――」
カードの表示を見て、ミアの表情が凍りついた。
「あなた……。これ、本物……?」
声が震えている。青ざめた顔で俺を見た。
「…………」
俺が答えを返しあぐねていると、ミアは力を抜くように息を吐いて肩をすくめた。
「まさかね。フェイクカードに決まってるわ」
そう言って俺の方へカードを差し出した。
「……バレたか。ありがとう」
俺は極力自然になるよう注意しながら嘘をついて、カードを受け取った。
同時に〈観察〉を実行する。
【ミア Lv:28
HP:186/186
マナ:267/282
AP:48/48
ジョブ:雷術師
スキル:雷魔術 65 高速詠唱 52 セルフチャージ 49 弓術 48 体術 40
装備品:狩人の服】
強い。
俺とは比べ物にならないレベルだ。
すると、ミアは不意に静電気が走ったように僅かに顔をしかめた。
「っ……。初対面で〈観察〉なんて、中々いい度胸してるじゃない」
〈観察〉がバレた!?
「あっ……そ、その……使い方が分からなくて……!」
不足の事態に俺が動揺していると、ミアが呆れたようにため息を付いた。
「覚えたて? ま、いいわ。一つ教えといてあげると、〈観察〉のスキルは自分と相手の色々な条件で、〈観察〉したことが相手に伝わったり、〈観察〉そのものが成功しないのよ」
「なる……ほど。ありがとう」
ミアは俺の全身を見回しながら言葉を続けた。
「さっきのフェイクカードを見る限り、召喚師なのね。珍しいわ。名前は? この街へは、何をしに?」
にこやかに言っているが、眼差しはするどい。
何だか、入国管理官に尋問される不法入国者の気分だ。
俺は切り抜けるための言い訳を考えるために、頭をフル回転させた。
「俺は、コウジ。えーと……ちょっと放浪の旅をしていてね。それより、本当に助かったよ。君は……?」
俺のはぐらかすための質問に、ミアは微笑を浮かべて答えた。
「私は、ミア。この街で〈冒険者〉をしてるわ」
「冒険者?」
「そう。あなたの母国には無かったの? 簡単に説明すると――」
ミアは簡単に〈冒険者〉について教えてくれた。
ギルドから依頼を受け、アイテムを集めたりモンスターを討伐したりして報酬をもらう。
解りやすいシステムだ。ただ、〈冒険者ランク〉などの仕組みは説明が長くなるということで教えてはもらえなかった。
「興味があるなら、明日にでも冒険者ギルドに行くといいわ。まぁ、ジョブが召喚師だとあいにく出来る仕事は少ないかもしれないけど……」
マジかよ。やっぱり、召喚師って不遇職なんじゃ……。
「あ、でもほら! 召喚師でも薬草取ったりくらいは出来るからさ!」
ミアが慌ててなんのフォローにもなっていない一言を付け足す。
「ま、とにかくさ! 興味があったらギルド来てみなよ! これ見せれば話が早いから!」
ミアはそう言うと、腰のポーチからメモ紙とペンを取り出して、サラサラと自分の署名と『冒険者を紹介する』旨を書いて俺に渡した。
「じゃ、頑張ってね。この街、規模の割に宿屋少ないから、早めに行かないと部屋なくなっちゃうかもよ」
そう言って手を振り立ち去ろうとするミア。
「ああ。ありがとう……って、ああっ!」
重大なことに気がついた俺の声にミアが驚いて立ち止まる。
「な、なに? どしたの……?」
俺が真剣な眼差しで見つめると、ミアは頬を軽く染めて目をそらした。
「ちょっと……そんなに見ないでよ。なんか恥ずかしいじゃない……」
「ミア……」
「コージ……?」
伏し目がちにこちらを見るミアと見つめ合う。
「ミア……。金を貸してもらえんだろうか。一文無しなんだ……」
「……は??」
直後、ミアの電撃が俺の身体を貫いた。
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