心の為に

声が聞こえる。ボクを呼ぶ声だ。

きっとあの2人だ。あの2人は、他の人間とは違う。


タスケテ


ボクはそう叫んだが、聞こえていないようだった。

もう一度大きな声で叫んだ。


タスケテ!


喉が張り裂けそうな程大きな声を出している筈だが、2人はボクの言葉に耳を傾けない。


憎い、憎い!


持ってはいけないはずの感情が、心の奥底からふつふつと湧き上がってくる。

ボクを助けてくれないなら、2人は他の人間と同じ。なら、要らない。

でも、あの2人なら...


シオンとテオはすぐに機械人形に追いつくが、機械人形は顔を向けることさえしなかった。


「おい!鉄くず!聞こえてるか!」


「止まって!」


シオンとテオの言葉は、機械人形の耳には届かない。


「テオ!」


「任せておけ。」


テオは機械人形の前に出ると、機械人形と向き合った。


「機械と力比べか...面白い!」


テオは勢い良く、機械人形の胴体に向けて頭突きをする。機械人形は衝撃により1歩後退したが、すぐに体勢を立て直してテオを押し返す。


「ぐっ...」


力に自慢のあるテオも、底無しの力を持つ機械人形には勝てなかった。4本の足で踏ん張るが、簡単に押し返されてしまう。


「離れて!」


テオが離れると、シオンが足元に展開していた花を象った翠緑に輝く魔法陣が光りを放ち始めた。

しかし、テオが魔法陣の端を踏み割った為、魔法が発動する事は無かった。


「テオ!何してるの!」


「周りをよく見ろ。」


シオンは周囲を見渡すと、思わず息を呑んでしまった。


「自動機関銃...」


街の至る場所から自動機関銃の銃口が、シオンに向けられていた。もし、シオンが魔法を発動していたら、今頃は蜂の巣になっていたかもしれない。


「ありがとう、テオ...」


「どうする?一旦退くか?」


「...そうだね。」


シオンとテオは、1度機械人形から離れた。暫くして自動機関銃の姿が見えなくなったので、機械人形の追跡を始めた。


「どこに行ったんだ?」


機械人形の臭いを辿ろうにも、街の臭いと混ざって追う事が出来ない。何か方法が無いかと考えていると、背後で機械人形の足音がした。


「何だ。直ったんだ。」


シオンが振り向くと、そこには機械人形が立っており、シオンをじっと見つめていた。


「...誰だ?」


テオは機械人形を睨みつけた。しかし、機械人形が動じる事は無い。


「コイツは別の機械人形だな。」


「やぁ。楽しんでいって。」


「あの機械人形はどこに行った?」


「誰の事かな?もしワタシ達の仲間を探してるなら、その仲間の番号を教えてくれない?」


「番号?」


「ワタシ達を判別する番号。人間で言う名前。」


シオンとテオは機械人形に名乗りも、名前を聞きもしていなかった。


「分からないのかな?じゃあ、無理だと思う。じゃあね。」


機械人形が去ろうとすると、シオンがテオから飛び降りて機械人形の前に立ち塞がった。


「わっ!危ないよ?」


「案内人をしていた機械人形。エラーが出て、ラボに行くって言ってた。」


「ああ、あの不良品の事だね。」


「不良品?」


「そう、不良品だよ。機械人形の心は、人に近付く事を禁止している。だけど、あの不良品は人になろうとする。だから、エラーが出たら毎回リセットするんだよ。もう何回目だろうね。」


「それは...どういう意味?」


「人間にも分かりやすく言えば、記憶を消す事と同じことをするだけだよ。」


「...ラボは何処?」


シオンは聞いても意味が無いことを、機械人形に聞いた。権限が無いと言われ、教えられないことなど分かっているはずなのに。

だが、意外なことに、機械人形は何も言わなかったが、指を指した。


「...ありがとう。」


シオンも初めは驚いていたが、テオに背中を押され、テオの背中に乗った。去り際に礼を言うと、機械人形は手を振ってシオンとテオを見送った。


「どうか、ワタシの仲間を...」


機械人形はシオンとテオの姿か見えなくなると、頭を下げた。


テオは機械人形が指を指していた方へ走っているが、ラボのようなものは見つからない。


「ラボって何だよ!」


「しらない。魔術工房みたいな場所じゃない?」


「魔術工房?全然違うだろ。」


「そうなのかな?じゃあ、あれも違うかな。」


シオンの視線の先には、他の建物と良く似ているが、鉄ではなく木で作られていた。


「行ってみるか。」


「行かないよりはいいかもね。」


シオンはテオから降りると、木で作られた家に向かうと、木の扉をゆっくりと引いた。

家の中は暗く、薄らと物が見える程度だった。


「先に行くよ。」


シオンが足を踏み入れると、眩しい程の光が家の中を包み込んだ。


「っ!!」


シオンは驚いて飛び上がっていた。その様子を見ていたテオは、シオンの後ろで笑っていた。


「クハハ!先に行って驚く奴がいるか?」


「う、うるさい!まぶしいし...」


光が収まると、シオンは不満を言いながら奥へ進んでいった。部屋をひとつひとつ見て回ったが、どれも普通の部屋だった。

しかし、最後の部屋だけは違った。

普通の家に突然現れた広い部屋は、シオンとテオには到底理解の出来ない機械が置かれていた。

その部屋の中央には、機械で作られた椅子が置いてあり、そこには機械人形が座っていた。


「...遅かったかな。」


シオンは機械人形に近付いた。俯いた顔に手を当てる。だが、機械人形は動かない。


「ねぇ、起きて。迎えに来たよ。一緒に街の外へ行かない?ずっとは居られないけど、貴方が知らない事を教えられるかもしれない。だから、起きて外へ行こう...」


「シオン...諦めろ。」


「.....」


シオンがじっと見つめていると、機械人形の指先がほんの少しだけ動いた。

シオンが動いた指先に触れると、機械人形は反対側の手でシオンの手を握った。


「やぁ、人間ですね。ボクはこの街を案内する機械人形。よろしく。」


機械人形は、初めに出会った時と同じように、心のこもっていない挨拶をした。


「...私の事を忘れたの?」


「初めて会いますが...以前にお会いしたことがありますか?」


「...この写真機に見覚えはある?」


シオンは荷物の中から、写真機の入った箱を取り出して、機械人形に見せた。

しかし、機械人形は人間のように首を傾げ、知らないと言った。


「...そう。」


「コイツは何も覚えていない。もう放っておけ。」


「でも...」


「お前の目的は何だ?ここでその機械人形が動くのを待ってても良いのか?」


「それは...」


「自分で分かっているなら、もう行くぞ。」


シオンはテオに説得されると、機械人形に頭を下げて、部屋を出ていこうとした。


「待ってください。」


機械人形がシオンを呼び止めた。


「2人は、ボクの、大切な、友人です。申し訳ありません。度重なる初期化に伴った不具合です。」


機械人形は、途切れ途切れの言葉を紡いだ。それが不具合か、シオンとテオと合った記憶かは分からない。しかし、シオンはそれがとても嬉しかった。


「...貴方の名前は?」


「ボクは案内人形の零二型です。」


「じゃあ貴方はゼロ。そう呼ばせてもらうけど、良いよね。」


「はい。」


機械人形は小さく頷いた。そして、シオンが機械人形に近づき、太腿に取り付けていたナイフシースからナイフを抜いた。


「破壊行為は禁止されています。これは警告です。」


「壊さない。でもすぐ終わるから我慢して。」


シオンは機械人形の腕にナイフの先を当て、文字を刻み始めた。


「これは...」


「貴方の名前。忘れないでね。」


シオンはナイフを収めると、ゼロの顔を見た。


「貴方の無表情な顔、私は嫌いじゃないよ。」


「ありがとうございます。」


「...これ、直せたら使って。もし、忘れるようなことがあっても、写真があれば思い出せるでしょ?これからは、忘れちゃ駄目だよ。じゃあね。」


シオンは壊れた写真機をゼロに渡すと、ゼロはじっと写真機を見ていた。


「...ありがとうございます。去る前に、2人の名前を教えてくれませんか?」


「私はシオン。旅をする魔女って覚えておいて。」


「俺は魔獣のテオだ。」


「シオンとテオ...覚えはありませんが、これからは忘れません。」


「...じゃあね。」


シオンはゼロに別れを告げると、ゼロは手を振った。

シオンとテオは家を出ると、街の外に出る門に向けて歩いていた。


「ねぇ、テオ。ゼロの事だけど、私達が初めての友達じゃないよね。」


「どうしてそう思う。」


「何回も記憶を消してるのに、何人も案内してきたって事は覚えてるでしょ?」


「確かにそうだな。」


「消しても消せないほど、忘れたくない記憶なのかもね。」


「なら、奴もかなり辛いだろうな。」


シオンとテオはゼロの気持ちを考えて歩いていると、いつの間にか門まで来てしまっていた。


「どれほど辛いのかな。」


「さぁな、俺達には分からない。」


シオンは来た道を見つめながら、黙り込んでしまった。そして、テオの顔を見て、名前を呼んだ。


「...テオ。」


「止めておけ。あのラボに手を出す気だろ?」


「どうしても?」


シオンはテオに甘えるように問いかけると、テオは大きな溜息をついた。


「どうなっても責任は取れないからな。」


「大丈夫。そんな気がするから。」


シオンとテオは来た道を戻り、ラボへ向かった。


人がいない街では、機械人形だけが人間のように平和に暮らしていたように見えていました。

ただ、その暮らしは、ラボによって強制された暮らしでした。


しかし、ある1人の魔女と、1匹の魔獣によって、大事件が引き起こされました。


街を管理していたラボが破壊され、全ての機械人形に『自由』が与えられました。


機械人形達は、その魔女と魔獣を英雄と崇め、ボクの記憶にある姿を銅像にして、噴水のあった場所に設置しました。


シオンとテオはその事を知りません。あれから街に寄ったのかも、分かりません。


ですが、もしもう一度2人に会えたなら、伝えたいことがあります。


街の外の景色は美しいですね。

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